四章 反撃の狼煙(6)
でかい。
第一印象から変わらず思っているその巨体だが、こうして対峙しちまうとより一層威圧を感じてしまうな。
モグラリアント九世。
モッキュ族の長にして最強の戦士。魔王に挑むべく研がれてきた爪が、魔王である俺にどこまで通用するのか。
これは試合だが、やるからには勝つぞ。モグラリアントも当然そのつもりだし、仮にも俺は監査局とモッキュ族の連合軍における旗印だ。無様は見せられないからな。
なんかさっきから体がだるいし、さっさと終わらせよう。
「準備はいいぞ。いつでも来いよ」
こっちからは仕掛けない。先手はモッキュ族の勇者に譲ってやるさ。
「胸を借りるもぐ!」
ガシャコン、と。
モグラリアントは長い爪で器用に最新鋭のガトリング砲を構えた。
「は?」
ズズズガガガ! と演習場の地面を抉り弾きながら無数の弾丸が俺に襲いかかってくる。
「待て待て待て聞いてない!? その爪と巨体で殴りかかってくるんじゃないの!?」
飛び道具なんてアリかよ! 俺も魔剣砲があるから他人のこと言えませんけども!
〈魔武具生成〉――ライオット・シールド。
気持ち大き目に。魔力を注いで強度も高める。それでも弾丸を受けた衝撃は気を抜くと吹っ飛ばされそうだ。モッキュ族の技術力。やっぱ侮れないな。
「盾の後ろで縮こまってるだけじゃ試合にならないもぐよ!」
一際強い衝撃が生成したライオット・シールドを天へと打ち上げた。ガトリングをぶっ放しながら近づいたモグラリアントが巨爪を振るったんだ。
俺は舌打ちして横に転がる。すかさず背後へと回り込み、飛び上がり、生成した棍でモグラリアントの後頭部を殴りつけた。
もふっとした手応えだった。
ふっさふさの毛が衝撃を吸収しちまうんだ。棍で殴った程度じゃダメージは通らないぞ。
「手加減……いや、様子見もぐか? 悠長にしていると遠慮なく潰すもぐよ!」
モグラリアントが身を捻る。その回転力を乗せたガトリング砲が俺の頭上に迫る。まずい、飛び上がってるから身動きが! 生成も間に合わん!
「がっ!?」
地面に叩きつけられ、同じ高さまでバウンドした俺に――来るぞ。あの時ブラトデアを吹き飛ばした拳が!
咄嗟に俺は顔を庇うように腕をクロスさせたが、とてつもない衝撃に何百メートルも弾き飛ばされちまった。
「魔王がこの程度で倒れるとは思わないもぐ!」
土埃が視界を奪う中、ガトリング砲の追撃が来る。チクショウ、魔王になってなかったら最初の一撃で死んでたぞ俺! ちょっとは遠慮しやがれってんだ!
俺は再び盾を生成する。だがそいつは弾丸を防ぐためじゃない。飛び乗って遠隔操作をすることでサーフィンみたいに空中を舞えるんだ。機動力が格段に上がったおかげで弾丸は掠りもしない。
俺自身も、周りの環境も、なにもかもが変わった。『ただの白峰零児』の頃の戦闘スタイルじゃ、もう通用しないってことだ。
「魔王らしく、大技かましてやるよ!」
右手に日本刀を生成し、切っ先をモグラリアントに向ける。魔力を注ぎ、具象化し、無数の刀剣が一条の光線となって勢いよく射出される。
「魔剣砲!」
もちろん、これに関しては本気を出せない。じゃないと地形を抉り消す威力になっちまうからな。
「もぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ!!」
ガトリングで応戦していたモグラリアントだったが、押し切られると見て砲を捨て、四つ足で横に飛んだ。そうするしかないもんな。防ぎ切るのは戦車に乗ってても無理だぞ。
俺はモグラリアントが逃げた先に遠隔で生成。無数の棍を竹が急成長するように地面から生やしてその巨体を打ち上げる。
「もぐっ!?」
「さっきのお返しだ!」
〈魔武具生成〉――ピコピコハンマー(特大)。空中生成。遠隔操作。
殺傷力のないプラスチック製の赤い円筒が宙に浮いたモグラリアントを打ちつける。ピコッ! とマヌケな音が鳴り響くが、その弾力はあくまでも魔武具。モグラリアントの体を砲弾のように弾いて地面へと叩きつけた。モグラ人間型の穴が開いたよ。
いくらもふもふしていてても、これは流石に効いただろうね。
「もういいだろ。試合は終わりだ」
俺も空中サーフィンをやめて地面に降り立つが……あれ? おかしいな。モグラリアントさん出て来ないぞ。や、やりすぎちまったか?
と、なにやら足下から地鳴りのような音が聞こえた。
「やべっ」
そう思った時には一瞬遅く、穴を掘って地面を移動していたらしいモグラリアントが俺の足下から飛び出してきやがった。穴掘るとかモグラみたいな真似を! モグラだったわ!
「まだもぐ! まだ、終わってないもぐよ! わーは魔王フィア・ザ・スコルピをどうしても倒さねばならないもぐ!」
組みつかれたが、爪の攻撃はなんとか日本刀で防いだ。そのままお互い間合いを開けず、爪と刃の打ち合いが始まる。
もう終わってもいいのに、試合だってこと忘れてるのか? それともただの負けず嫌いか?
「わーの敗北はモッキュ族の敗北。負けられないもぐ!」
「……」
いや、違うな。モグラリアントの目は本気だ。本気で、フィア・ザ・スコルピを倒さんとする目。俺を仮想のフィア・ザ・スコルピと見立てているからか、絶対に諦めない意思を感じるよ。
「事情は知ってるけど、元はと言えば俺たちが巻き込んだ戦いだぞ? 本来、あんたたちがそこまで危険な目に遭う必要なんてないんだ! そろそろやめよう? な? これ以上はマジで怪我するぞ!」
爪を捌きながら俺は説得を試みるが――
「この世界が滅ぼされたのは、何代も前の話もぐ」
モグラリアントは俺の刀と競り合いになったところで、なんか語り始めたぞ。
「伝承として語られて来た無念。わーの世代で片をつけられるなら願ったりもぐ! 本当は、やーの力なぞに頼りたくはないもぐ!」
本音を、聞いた気がした。
モグラリアントは気のいい性格だと思っていた。いや実際そうなんだろうけど、もっと一般人寄りの常識的な考えを持っている人物だと思っていた。
「捕らわれている者もわーの同胞たちだけ! わーたちの力だけで救い、魔王を倒し、この世界に恒久の平和をもたらすべきもぐ!」
ほとんど奇襲だったとはいえ、宿敵相手になにもできず一度敗北してしまった。その悔しさと怒りが、言葉の端から沸々と感じられる。
いつ再び魔王が襲って来てもいいように、モッキュ族は文明をここまで発展させた。本当ならもっとモグラ人間らしい進化をしていたのかもしれないのに。
「巻き込まれただけ? 上等もぐ! やーたちに巻き込まれたおかげで一族の悲願を達成できるかもしれないもぐ! だから遠慮はいらないし、わーたちの心配もやーがする必要ないもぐよ!」
「くっ」
日本刀を弾かれ、拳が顔面に迫る。
俺たちはきっかけに過ぎない。そういうことだ。
「……とはいえ、実際に見た魔王フィア・ザ・スコルピの力はわーたちだけじゃ対抗できそうにないもぐ。せめて奴を一発ぶん殴るまでの道を、やーたちに作ってもらいたいもぐ」
拳は、俺の鼻先数ミリ前でピタリと静止していた。
奴の太い首を寸でのところで俺の生成した刀剣が取り囲んだからだ。
「わーの拳が魔王に届くことは、やーのおかげで証明されたもぐ」
「そりゃよかった」
モグラリアントは肩の力を抜いた。俺も生成した刀剣を消し去る。引き分けってことで、収めるみたいだな。
「まったく、試合にしてはやりすぎだろ」
俺は地面にへたり込んで大きく息を吐き出した。今『蛇蝎』の魔王軍が押し寄せてきたら勝てる気がしないぞ。
「おかげで余計に疲労がぽぁ…………へ?」
喋っていると喉からなにかが込み上げ、口から溢れた。
鉄の味がする。
口に手を当てる。真っ赤な液体がこびりついていた。
「なん……だ……これ……血? まさ、か……?」
全身を焼かれるような痛みが襲う。
力が抜ける。意識が遠のく。体が藍く変色しているのが自分でもわかる。遠巻きに試合を見ていたリーゼたちが血相を変えて飛び出してくるのが見える。
まずい。やられた。正々堂々やるもんだと思っていたが、馬鹿か。相手は魔王だぞ。
フィア・ザ・スコルピが逃げる時に吐いた毒の霧を、ちょっと吸っちまってたみたいだ。