四章 反撃の狼煙(4)
グロイディウスなど比較にならない魔力の圧を放つフィア・ザ・スコルピは、俺とゼクンドゥムを交互に見てニチャリと腹の立つ笑みを浮かべていた。
「よう、直接会うのは〈魔王たちの会合〉ぶりだなぁ。魔力砲一発でくたばるような雑魚じゃなくて安心したぜぇ」
頭上にもたげた蠍の尻尾を威圧するように揺らすフィア・ザ・スコルピ。俺は棍を構えて半歩後ろに下がる。
「なんでいきなり街を襲った……って質問は訊くだけ無駄か」
「当たり前だろぉ。オレぁ魔王なんだぜぇ? それにいきなりじゃねぇよ。ちゃんと宣戦布告しただろぉ?」
ゴキブリ女のアレは確かに宣戦布告だったが、ノックしたけど返事する前に部屋に入ってくるようなもんだ。
「『千の剣』さんよぉ、こっちも質問いいかぁ? 仮にも〝魔帝〟の力を持ってるてめぇが『黒き劫火』セカンドだけじゃなく、そいつとも組むってことでいいんだなぁ?」
腕を組んだフィア・ザ・スコルピは視線だけでゼクンドゥムを睨む。ゼクンドゥムは成り行きを見守るつもりなのか、相変わらず不気味な笑みだけ貼りつけていた。
「ああ、そうだ。こっちは魔王三人の同盟と思っていい。もしお前が大人しくゲームを下りるなら、ぶん殴るだけで済ませてやるが?」
因縁のあるモッキュ族は徹底的に叩き潰したいだろうけど、無駄な争いはできれば避けたいんだ。流石になんの犠牲もなく魔王軍に打ち勝てるとは思えないからな。
「……キヒッ、やっぱり甘いなぁお兄さん」
「プッ」
ぽつりと呟いたゼクンドゥムに釣られるようにフィア・ザ・スコルピが噴き出した。
「ギャハハハハハハ! そうかそうかぁ! ぶん殴るだけで済ます! どういうギャグだぁそいつはぁ? これだから人間から成ったばかりの魔王はお優しくて敵わねぇ!」
口汚く爆笑された。普通の魔王と俺とじゃずいぶんと価値観が違いすぎるらしい。ギャグ、ね。まあ、本気で通ると思って言ったわけじゃないから冗談と言えば冗談か。
「破壊、殺戮、蹂躙。それらを楽しめなきゃ魔王である意味がねぇ。だが抵抗されねぇのもつまらん。てめぇがオレを憎め切れてねぇのなら、殺したくなるくらい怒らせてやるのも一興だぁ」
「待て、なにをするつもりだ!?」
狂気の光を瞳に宿したフィア・ザ・スコルピに嫌な予感を覚える。
「捕虜……いや、この場合は人質かぁ。あのモグラどもとはオトモダチなんだろぉ? 奴隷に堕として労働力にするつもりだったが、気が変わった。一匹ずつじっくりと嬲って殺してやるよぉ。女子供からなぁ!」
「――ッ!?」
ギャグで返された、とは思わない。こいつは本当にやる。俺を怒らせるためだけになんの罪もないモッキュ族を虫けらのように殺すだろうな。
そんな挑発に乗ってやるもんか。
「……モッキュ族は関係ない。関係ないから、どれだけ殺されようが知ったことじゃないな」
「ハン、強がんなよぉ。本心じゃねぇことくらいわかるぜぇ?」
無意識に拳を握っちまっていたらしい。顔にも出てたかもな。ポーカーフェイスは苦手なんだよ。
「そうかよ。じゃあ、今ここでお前をぶちのめせばいいだけの話だ」
地面を蹴る。一瞬でフィア・ザ・スコルピへと切迫し、振り上げた棍を脳天勝ち割るつもりで振り下ろす。
「慌てんなぁ。それもいいがぁ、こんなシケた場所で決戦っつうのも粋じゃねぇ」
尻尾の先端の針で受け止められた。ビクともしやがらねぇ。そのままフィア・ザ・スコルピは身を捻って尻尾を振り回し、俺を元の位置まで後退させる。
「この廃都はくれてやる。オレは城で待っててやるから、せいぜい体勢を整えて攻めて来やがれぇ。全面戦争と行こうじゃねぇかぁ!」
旧市街は放棄してくれるってことか。こっちとしても願ったりだ。ネクロスもそうだったが、魔王は破壊者である前に戦闘狂なんだよな。
「人質には手を出すなよ?」
「約束はできねぇなぁ」
「てめえ……」
空中で剣を生成し死角からフィア・ザ・スコルピの首を狙う。が、奴は見てもいないのに指二本で挟み止めやがった。
「安心しろぉ。抵抗すれば人質を殺すっつう無粋は言わねぇ。人質を盾にするような魔王は三流だぁ。自分が弱ぇと認めてる証拠だからよぉ」
フィア・ザ・スコルピは言動こそチンピラだが、馬鹿じゃないしプライドも高そうだ。人質を盾にしないといったその言葉は信頼してもいいかもしれないな。
「だが、暇潰しに『使う』かもしれねぇから、なるべくオレを待たせるなよぉ?」
「あ?」
ニィと凶悪に嗤うフィア・ザ・スコルピ。人質を盾にはしないが、暇潰しに殺すかもしれないって聞こえたぞ。そうか、盾として使えないなら生かす意味なんてないんだ。
絶対、そうなる前にぶっ飛ばしてしてやる。
「盛り上がってるところ悪いけど、どう考えても今の方がこっちは有利なんだよね」
と、五つの白い球体が高速でフィア・ザ・スコルピへと飛来した。現実を夢に変えて消滅させるゼクンドゥムのチート技だ。
「魔王様!?」
グロイディウスが咄嗟に飛び込んで割って入る。
「シャガァアアアアアアアアアアアアッ!?」
悲鳴を上げ、グロイディウスの体が儚く明滅し始める。必死に抵抗しているんだろう。すぐに消えたりはしないが、時間の問題のようにも思える。
「身を挺して主を守るなんて、野蛮そうに見えて眷属の鑑だね。キヒヒ」
「おい、ゼクンドゥム」
「相手の要求を飲む必要はないよ。お兄さんの言った通り、ここで叩けば済む話なんだからさ」
この場で倒し切れる気がしなかったから提案に流されそうになっていたが、言われてみればその通りだ。グロイディウスは瀕死。フィア・ザ・スコルピは一人で俺とゼクンドゥムを相手にしなければならないからな。
「ったく、水を差すんじゃねぇよ『現夢の魔王』」
フィア・ザ・スコルピは尻尾の先端で狙いをつけて魔力を収束し――パシン!!
自分の頬を平手でしばいた。
「は?」
いきなり、どうしたんだ?
なにをしたんだ?
「危なぇ危なぇ。油断ならねぇ術使おうとすんじゃねぇよぉ」
「まあ、流石に『白昼夢』は効かないか」
俺にはいつ仕掛けたのかわからなかったが、ゼクンドゥムお得意の『白昼夢』に奴は早々に気づきやがったんだ。高位の魔王ともなればやっぱり一筋縄じゃいかない。グロイディウスの時みたいな接待プレイはできないと思った方がいい。
「四害蟲を一人倒してんだぁ。ここはそれで手ぇ打てやぁ」
「魔王様、俺は……」
消えかけながら足下に縋りついてくるグロイディウスの頭に、フィア・ザ・スコルピはどこか慈悲深さすらあるような目をしてそっと触れた。
「グロイディウス、てめぇはよくやってる。でもなぁ、『現夢』のことは教えてやったのに、情けなくまんまと倒されてちゃあもう使えねぇ」
「え?」
ザシュッ! と。
フィア・ザ・スコルピの尻尾がグロイディウスの背中に深々と突き刺さった。
「なっ!?」
目を見開いた俺の前で、消えかけていたグロイディウスの魔力が蠍の尻尾に吸われていく。部下を、喰らってやがる。
「オレの魔力に戻れ。グロイディウス」
「魔王様、そんな、俺はまだ――」
なにかを言いかけたグロイディウスだったが、その前に体が完全に分解して塵芥も残らず消滅してしまった。
ゼクンドゥムの力で消えたわけじゃなく、フィア・ザ・スコルピに吸収される形で。
「お前、仲間じゃないのか!?」
「仲間さ。オレが魔力を削って生み出したコマでもあるがなぁ。大変なんだぜぇ、幹部級の眷属を一匹生み出すってのはよぉ。もうゲーム中には増やせねぇなぁ」
棍を握る手に力が籠る。無意識に体が動いていた俺は、身を捻って回転を加えた打撃をフィア・ザ・スコルピにくらわせていた。
腕を立てて俺の一撃を防いだフィア・ザ・スコルピは、心底不思議そうな顔で――
「なぁんでキレてんだぁ? てめぇらにとっちゃ喜ばしいことだろぉ?」
「そうだな。そうなんだけど、なんかムカつくんだよ!」
「ギャハハハハハハ! とことん人間っぽい魔王だなぁ!」
棍と腕で数度打ち合い、互いにバックステップで距離を取る。すかさず武具を空中生成しようとした俺だったが、その前にフィア・ザ・スコルピが口を大きく膨らませた。
ぷしゅーと藍色の霧が吐き出される。
「これは……毒霧か!?」
一瞬で辺りに充満した藍色の霧を吸わないように俺は袖で口を塞ぐ。霧はみるみる濃くなっていき、やがてフィア・ザ・スコルピの姿を覆い隠した。
「あばよ、次は戦場で会おうぜぇ」
その言葉だけ残して、奴の気配は完全に消失した。