四章 反撃の狼煙(2)
それから俺たちは二時間ほどかけて地面を掘り進んだ。
一号より大きいと言っても、流石に四人で乗るのはギリギリだった。狭い車内に鮨詰め状態。新手の拷問かよ。特にモグラ兵長、お前がでかい。
だがそこはなんとか堪えてモッキュ族の旧市街の外縁へと辿り着いた。この辺りは農業を行っていたようで、畑道を真っ直ぐ進んだ先に見える旧市街は……新都市と比べて十分の一程度しかない広さっぽいな。建物も古く寂れていて、文明的にも一つか二つ劣っているように見える。
それに――
「……やっぱ、そう都合よくはいかないよな」
蟲どもだ。
旧市街の至る所に巨大な魔蟲が這い回ってやがる。魔王はいないようだが、こいつらの掃除は急務だろう。
「面白くなってきたね。〈夢回廊〉を開くかい?」
助手席に座る俺の頭に乗っかるように身を乗り出したゼクンドゥムがそう提案する。だが、アーティはモグラ戦車君二号の速度を落とすことなく首を横に振った。
「あー、今はやめた方がいい。援軍を呼んだところで満身創痍のまま戦えば無駄に被害を出すだけだ」
「なら、せめてリーゼたちを呼ぶのはどうだ?」
「あー、我々は旧都市を無事に奪還せねばならない。殲滅力がありすぎても逆に困る」
リーゼは黒炎のコントロールができるようになっているとはいえ、まあ確かに暴れすぎないか心配だよな。グレアム辺りも平気でその辺の建物とか破壊しそうだし。旧市街全体が軍事基地になっているなら、うっかり爆弾とか起爆させちまって消滅なんてしたら意味がない。
「あー、まずはある程度、重要拠点を押さえるまでは我々だけで制圧する。こちらには魔王が二人もいるのだ。できないとは言わせないぞ」
「キヒッ、いいよ。たまにはボクも運動しないと鈍っちゃうしね」
「……やるしかないか」
諦めて覚悟を決める。拠点さえ押さえれば、あとはそこで〈夢回廊〉を開いて増援を呼び、魔蟲どもを一掃すればいい。
「あー、そういうわけだ。モグラ兵長、どこに行けばいい?」
「ならば奥にある倉庫街を目指すもぐ。武器保管庫もそこにあるもぐ」
旧市街に突入する。モグラ戦車君二号に気づいた魔蟲どもがわらわらと群がってくる。
俺はハッチを開けて戦車の外へ出た。走りながらだとバランスを取るのが難しいが、まあなんとかなるさ。
右手に日本刀を生成し、街のあちこちから猛然と迫り来る巨大サソリや巨大クモに狙いを定める。だが〈魔剣砲〉は使わない。車上だと狙いがブレるし、無駄に魔力を使うし、余計な破壊をしてしまう。
だから――
〈魔武具生成〉――ロングソード。空中生成。遠隔操作。
魔蟲どもの頭部に刺さるように無数の両刃長剣を生成。さらにそれらを一斉に操作して振り回し、近くの魔蟲の足や頭を斬り飛ばす。
「キヒヒ、なるほどね。〈千の剣〉とはよく名づけたものだよ」
ハッチからひょこりと顔を出したゼクンドゥムが愉快そうに笑っていた。
「サボってないでお前も手伝えよ。俺だけだと討ち漏らすだろ」
「そのつもりだよ」
白い布をはためかせて俺の前に出たゼクンドゥムは、両手を大きく広げてみせた。
「さあ、ボクの〝悪夢〟を見せてあげる!」
そういえば、こいつがまともに戦っているところは見たことがないな。どんな技を繰り出すのかと俺は慎重に観察していたが、特になにも起こらない。
「いや、なにやってんだ?」
「ボクを見たってしょうがないでしょ。ほら、周りに注目しなよ」
言われ、俺は群がってくる魔蟲どもに目を向ける。バラバラに見えて統率の取れていた魔蟲の群れは、どういうわけかお互いに攻撃して争い始めたぞ。
「なんだ? 仲間割れか?」
「彼らは〈白昼夢〉を見てるんだ。自分の隣にいた仲間が生まれながらに天敵、もしくは捕食対象だったりする『設定』にしてある」
「えげつないな!?」
俺たちも一度誘波が黒幕だっていう『設定』で潰し合いをさせられそうになったことがあるけど、端から見ると改めてやばさが伝わるな。
「もちろん、ボク自身が攻撃することだってできるよ」
ぽわっとゼクンドゥムの指先にそれぞれ白い小さな光球が出現した。射出されたような勢いで飛んでいく光球は、まだ無事だった魔蟲に触れると、一瞬で全身が白く染まってそのままボロボロと崩れて消えちまった。
「〈栄華之夢〉――どんなに華やかに栄えたとしても、いつかは夢のように儚く散っていくのさ。物でも、命でも」
「な、なにをしたんだ?」
「キヒッ、簡単に言えば『現実』を『夢』にして覚まさせてあげたのさ。夢から覚めればこの世界には留まれない。つまり消滅するってことだね」
「……よくわからんが、とりあえずお前を敵に回したくないってことは嫌ほど伝わった」
俺の理解通りなら、そんなの文字通りの一撃必殺じゃないか。まあ、ある程度の実力があれば抵抗はできるんだろうけど、雑魚戦では無敵だな。
「ほらほら、お兄さんも手が止まってるよ。ボクにばかり仕事させないでよね」
「いや、俺いらない気がするんだが」
なんならこいつ一人で旧市街を制圧できる気がする。言うて俺も働きますけどね。全部任せられるほど俺はまだゼクンドゥムを信用しちゃいないんだ。
そんなこんなで魔蟲を蹴散らしつつ、旧市街の中心部に差し掛かったところで――魔蟲とは違う強大な魔力が出現した。
何者かが前方に立ちはだかっている。
「あいつは……」
長い舌を出した蛇の目を持つ男。周囲に無数の毒蛇を従わせている奴は、真っ直ぐ突っ込んでいくモグラ戦車君二号を見据えて好戦的な笑みを浮かべた。
「シャハハハ! まさか本当に生きてやがったとはな! 今度こそ俺がてめえの息の根を止めてやるよ!」
『蛇蝎』の魔王軍幹部『四害蟲』の一人――グロイディウスだった。