間章(3)
『蛇蝎の魔王』フィア・ザ・スコルピは、次空艦を変形させた魔王城の最上階にあるテラスから制圧した地下都市を眺めていた。
かつて滅ぼした世界の生き残りが築き上げた都市、いや、国。
フィア・ザ・スコルピはこの世界で生まれたわけではないため大して記憶には残っていないが、魔王が徹底的に蹂躙してなお力強く生命を息吹かせている姿には感動を覚えてしまう。
同時に、己はまだまだ魔王としてヒヨッコなのだろうと実感する。
「モッキュ族だったかぁ、あのモグラどもは。なかなかいい場所に街を作ったじゃねえかぁ」
地上は毒沼と瘴気が満ち、この都市へのルートも限定されている。さらに期せずして豊富な労働力も手に入った。拠点とするのにこれほど適した場所はないだろう。
眼下を見下ろす。そこでは生き残ったモグラ人間たちが魔王城へと連行されていた。
「モグラども。生かしてやってんだからよぉ、せいぜいオレ様のために働いてくれよぉ」
クツクツと嗤ってフィアは踵を返す。
だだっ広い玉座の間では幹部の四害蟲が片膝をついて頭を垂れていた。大ムカデのセンティピードだけはどこが膝なのかわからないが、別にそんな堅苦しい態度を取らなくても気になどしない。とはいえ、やめろとも言うつもりはない。
「ご報告しますわ、魔王様」
玉座に腰を下ろすと、代表して蜘蛛女のラトロデクツスが頭を下げたまま口を開いた。
「地下都市全土の制圧が完了。生き残っていたモグラ約三万匹を奴隷として魔王城へと召集しております」
三万。それほどの数が生き残っていたとは予想外だ。避難が迅速だったとは思えない。なによりフィアの魔力砲はそこまで甘い威力ではないつもりだ。
「チッ、『鐵』のガラクタ野郎と戦り合った消耗かぁ。オレ様が本調子なら都市が都市の形なんて保てやしねぇしよぉ」
「シャッシャッシャ、手加減してたんじゃねえのかよ魔王様」
「おいおい、グロイディウス。このオレが手加減なんてヌリぃことした覚えがあんのかぁ?」
「ふひっ、ないない! 魔王様はいつも全力で相手を潰そうとするし!」
魔王の御前で無遠慮に笑うグロイディウスとブラトデア。ラトロデクツスは不敬だと二人を睨むが、フィアとしてはこのくらいの方が気楽でいい。
「で? そのモグラの中にオレをぶっ殺してやろうっつう気概のある奴はいんのかぁ?」
片肘をついて問いかける。戦意があるならこの場に連れて来て望み通り殺し合ってやるつもりだったが――
「彼らはただの一般市民のようですぞ。魔王様を恨んでいるようではありますが、この期に及んで噛みつこうとする戦士はおりませぬ」
センティピードがでかい頭を振って否定した。
「三万もいて一匹の勇者もいねぇってかぁ。襲撃時に応戦していたモグラの戦士共はどこに消えちまったんだぁ?」
「あれれ? 魔王様が魔力砲で跡形もなく消し飛ばしたじゃん。『千の剣』や『黒き劫火』と一緒にさ」
「はい、私もこの八眼でしかと確認しました」
「あぁ?」
ブラトデアとラトロデクツスの言葉に違和感を覚えたフィアは顔を顰める。
「てめぇらぁ、本気で言ってやがんのかぁ?」
「本気もなにも事実だぜ、シャシャシャ」
「あの威力で本調子でないとは流石魔王様ですぞ」
グロイディウスもセンティピードも同じ認識をしている。違うのはフィアだけ。四害蟲全員が『この世界での戦争は終わった』と思っている。
終わってなんかいない。
「おいおい、おいおいおい! なんだぁそりゃあ! てめぇら、起きながらにして夢でも見てたんじゃねえのかぁ!」
「ま、魔王様……?」
自分で言った『夢』という言葉でフィアはハッとする。
「あー、そうかぁ。そういうことかぁ。なんか妙だと思ったら『現夢』のクソガキが茶々入れやがったってことかよぉ」
魔力砲の手応えが薄かったのも、あの時見た白い光も、四害蟲たちの様子も。全部はあのガキの仕業だと考えれば納得できる。〈魔王たちの会合〉でも奴は『千の剣』に加担するようなポジションだった。
「『千の剣』も『黒き劫火』も生きてやがる。いや、それだけじゃねぇ。奴らの仲間もモグラの戦士も漏れなく全部だと思った方がいいなぁ」
あの程度の魔力砲一発で消し飛ぶほどの雑魚なら『呪怨』がわざわざこんなゲームを仕掛ける意味もない。
「そ、それは本当ですか、魔王様?」
「てめぇらが見たのは文字通り『夢』だぁ。『現夢の魔王』に見せられた偽りの現実だぁ。やられたなぁ」
玉座から立ち上がり、フィアは四害蟲たちに命令する。
「体勢を整えろマヌケども! 今度襲撃されんのは、オレたちだぁ!」