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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第七巻
261/314

三章 蛇蝎の襲来(6)

 白い夜が明けた。

 目覚めて最初に見たものは、質素な造りの石天井。簡易ベッドで横になっていた俺は、もそりと起き上がってからぐっと背伸びをした。

 窓から差し込む日差しは本物の太陽光じゃないが、地下の世界にいながらも朝を実感する。

 モッキュ族の高度な科学力で造られた人工太陽が十六時間周期で昼夜を表現しているんだ。地上の毒と瘴気をエネルギーに変換する技術を発明したことで、彼らは文明を大きく発展させるに至った。

「昨日はなにしたっけ?」

 若干寝惚けた頭で思い出す。そうだ、農作物の収穫を手伝ったんだった。人工太陽のおかげで地下でも植物の栽培が可能になっている。リンゴみたいな味のするキュウリは甘くて美味かったな。

「今日は一日工事現場でバイトか」

 さっと着替えて顔を洗う。鏡に映った()()()()の自分の顔がしゃんとしたことを確認すると、朝食のパンを咥えて家を出た。

 ニューヨークのように発展した街並みを歩くこと十数分。同じようにもさもさした人々が朝から賑わっている市場に辿り着く。今日の仕事場はここを抜けた先にあるんだ。

「おう、レーちゃんちょっと見てみろもぐ! 今日は活きのいい奴が入ったもぐ!」

「レーちゃんこの前は手伝ってくれてありがともぐ!」

「次はうちでバイトしてくれもぐ!」

「レー兄ちゃんもぐ! あそぼーもぐ!」

「あそぼーあそぼーもぐ!」

 地底湖で獲れた魚を売るオヤジや作物を卸しに来た農家の人々、元気にはしゃぐ子供たちが俺に愛想よく手を振ってくれた。俺も()()()()()()()()()を振ってその笑顔に返す。フリーターと言えば聞こえはよくないかもしれないが、『何でも屋』をしている俺は街の人たちから慕われている。

「また今度なー!」

 地上は魔王によって生物が住める環境じゃなくなってしまったが、()()()モッキュ族はこの地下世界で平和に楽しく暮らしているんだ。

 族長のモグラリアント九世様は軍隊を作っていつ来るかもわからない外敵に備えているが、平穏な毎日は何十年も続いている。犯罪なんかも滅多に発生しないから軍隊に入っても訓練するくらいしかないんだよな。

「ガハハ! 今日はよろしく頼むもぐ、レーちゃん!」

「ああ、任せてくれ」

 工事現場の親方にバシバシと背中を叩かれ、俺は資材を運んだり穴を掘ったりと日が落ちるまであくせく働いた。

 流石に重労働だった。へとへとになって家に帰ると、テキトーに飯を食ってさっさとベッドに倒れ込んだ。

 充実した一日だった。

 毎日違う仕事をするのは刺激があって楽しい。地上に比べれば狭い世界ではあるけど、俺はこの生活がとても気に入っていた。


 ――これは、現実か?


 眠りに落ちる直前、ふと、頭の中で疑問の声が上がった。


 ――俺は、誰だ?


 なにを言ってるんだ? 俺は俺。モッキュ族のレージ・シラミネだ。生まれも育ちもこの街で、ずっと一人暮らしで何でも屋をやっている。


 ――違う。俺は人間だったはずだ。生まれも育ちも地球だったはずだ。


 人間? 地球?

 リンゴみたいな味のするキュウリ。ニューヨークのように発展した街並み。そういえば、この世界にはないはずのもので俺はなにかを例えていた。


 思い出せ。これは現実じゃない。

 思い出せ。俺は、なにと戦っていた?

 思い出せ。本当のモッキュ族の街はどうなっていた?


〈魔武具生成〉――日本刀。


 頭を過る仲間たち。破壊される街。そして、藍色の魔力。

「目を覚ませぇえええええええええええええええッ!!」

 生成し握った日本刀を力の限り振り払い、俺はこの〝悪夢〟を断ち切った。


        ※※※


 ()()()が明けた。

 目覚めて最初に見たものは、紫色に濁った毒々しい空だった。

「キヒッ、驚いたよ。まさかこんなに早くボクの〝夢〟から覚めるなんてね」

 隣を見ると、白い布をだけを裸身に纏った少女が愉快そうに笑っていた。俺は咄嗟に身を起こして臨戦態勢を取る。

「ゼクンドゥム……やっぱりてめえの仕業だったのか!」

王国(レグヌム)』の第二柱執行騎士――〝夢幻人〟。そしてこの略奪ゲームに参戦している『現夢の魔王』がこいつだ。

「そんなに身構えないでほしいなぁ。一応、今回ボクたちは敵同士じゃないんだ」

「俺に『白昼夢』をかけといてよく言うよ」

「いや、アレはただの『悪夢』だよ。『白昼夢』は現実を夢の設定で覆う技だからね」

 ぶっちゃけどっちでもいい。ゼクンドゥムが俺に対してなにかやったことには変わりないんだ。俺がモッキュ族になって地下世界でフリーターしてるって、誰得の夢だよ。

 だが、とりあえず敵意はないみたいだな。

「……ここはどこだ?」

 周囲を見回す。毒沼と瘴気が満ちた死の世界が広がっているってことは、地上だな。そんでそれらを避けるように建てられている仮設テントの群れには見覚えがあるぞ。

「地上にあるお兄さんたちの拠点だよ。『蛇蝎の魔王』の魔力砲が直撃する前に、ボクの『夢回廊』でお兄さんたちを回収したのさ」

「たち? てことは俺以外も助けてくれたのか?」

「テントで休んでいるよ。ボクも戦力は欲しいからね。可能な限り全員拾ったつもりだけど……キヒヒ、漏れがあったらごめんね」

 他のみんなも気がついたのか、テントからぞろぞろと人が出て来る。リーゼにレランジェに誘波、グレアムに稲葉にアーティ、モグラリアントにモグラ兵長たち。モッキュ族はわからないが、監査局側は局員含め全員いるようだ。

「助かった。ありがとう」

「おや? 意外と素直だね」

「お前が俺たちを利用するつもりなのはわかってるが、助けられたことには変わりねえからな。でも無駄に悪夢を見せたことは許さん」

「無駄じゃないさ。今のお兄さんがボクの〝夢〟を自力で破れるかテストしたんだよ。間違って他の人にかけないようわざわざ外に連れ出してね。結果は合格。魔王になる前のお兄さんだったら永遠に眠り続けただろうね。キヒッ♪」

「下手したら死んでたじゃねえか!?」

 永遠の眠りもそうだが、外ってことは毒沼と瘴気だぞ! 俺が死んだら死んだでこいつはキヒキヒ笑いそうだから怖い。

 まあ、いいや。生きてたし。それより状況を理解しねえとな。

「『王国』はお前だけか?」

「この世界に来てるのはね。カーインたちは解散して別々の世界で暗躍中さ」

「地下の街はどうなった?」

「質問ばっかりだね。まあ、しょうがないけど。言葉で聞くより見た方が早いかな」

 パチン、とゼクンドゥムは指を鳴らした。

 すると空中に白い靄のようなものが広がり、その中心になにかが映し出されたぞ。周りのみんなも混乱しつつ映像に注目しているな。

「これは……」

「〈現夢鏡〉。ボクが見たい映像を夢と現実の区別なく映す技だよ。ちなみにこれは現実ね」

 やっぱりこいつは『王国』の中でも群を抜いてチートすぎるだろ。いや、それより問題は映像だ。

 人工太陽は機能しているようだが、全体的に薄暗い。それは街のあちこちから上がっている煙が天井に充満しているせいだ。

 ニューヨークのように綺麗だった街並みは悉く破壊され、火の海に呑まれちまっている。あまりにも悲惨な光景に、モッキュ族たちからすすり泣くような声が聞こえた。

 俺も、無意識に拳を握っていた。

「この通り。モグラさんたちの街は蹂躙されて、今はすっかり魔界になっちゃってるよ」

 ニヤついたまま映像を見上げているゼクンドゥムは殴りたくなったが、それよりも見覚えのない建物が映ったことに気づく。

 まるで巨大なサソリを石化したような、刺々しく禍々しい城。あの場所は元々族長の邸があったところだ。

「魔王城なんて建てちゃって、『蛇蝎の魔王』はここを拠点にするつもりっぽいね」

「あんな城が建つほど俺は寝てたのか!?」

「せいぜい数時間だよ。あの城は次空艦が変形したものだから」

 次空艦がそのまま魔王城になるのか。そういえばネクロスの次空艦も内部の造りは城っぽかった気がする。

「で? お兄さんはどうするつもり?」

 映像はそのままに、ゼクンドゥムは首を捻って俺を見る。

「どうするだと? そんなの決まってるだろ」

「言っとくけど、『蛇蝎の魔王』は〝魔帝〟の魔力を持っていないよ。最初に『鐵の魔王』とぶつかった時に奪われたらしい」

「は?」

 なんだよ、あいつ一回負けてるのか。だから強行的に俺たちを襲撃したんだな。だっせーザコザコって笑ってやりたいが、『蛇蝎の魔王』は決して弱くない。あの魔力砲の威力を見れば明らかだ。奴に打ち勝ったっていう『鐵の魔王』も相当だな。

「だとしても関係ない。あの野郎から取り戻したいものは別にできちまったからな」

 怒り、憎しみ、悲しみ、そして悔しさ。二度も故郷を奪われたモッキュ族たち表情は、正直見ていられないくらい痛々しいよ。モグラ人間の表情だが、ここ数日過ごしてみて俺にもわかるようにはなったんだ。

 ゼクンドゥムに見せられた夢の内容は、俺がモッキュ族になっていたこと以外は間違っていない。誰もが平和に、幸せに、毎日を暮らしていたんだ。

 それを、あの野郎は一切の慈悲もなく奪いやがった。

 俺たちが巻き込んじまった責任もある。

 だから、必ず取り返す。俺の魔力なんて二の次三の次だ。

「なるほどね。それならボクも手を貸そう」

「いいのか?」

「危険度の高い魔王の排除がボクらの任務だからね。〝魔帝〟の魔力の有無は関係ないよ」

「そうじゃない。お前を信用していいのかって訊いている」

「……ふぅん」

 ゼクンドゥムは愉快げに目を細めた。睨み合うような構図になった俺たちだったが、すぐにゼクンドゥムの方が肩を竦めてみせた。

「キヒッ、後ろから刺すつもりならそもそも助けたりなんかしないさ」

「まあ、そうだよな。わかった」

 これだけの恩を貸しつけられておいて、信用できるできないで無下にするわけにもいかないだろう。

 覚悟を決めたよ。

「お前たち『王国』との共闘を受けることにする」

 きっとこの選択が、マイナスになることだけはないと信じて。


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