三章 蛇蝎の襲来(5)
前後左右どこを見たって虫虫虫。すっかり囲まれちまったよ。
「そいつらの首を取れ! そして我らが魔王様に捧げろ!」
グロイディウスと名乗った蛇男の指示で魔蟲どもが一斉に躍りかかってくる。こんな雑魚なら何匹いたところで俺たちの相手にならないが、幹部級が一人いる以上は動きを制限されるわけにはいかない。
「リーゼ、焼き払え!」
「アハ、燃やしていいのね!」
リーゼの足下から黒い炎の魔法陣が広がる。間欠泉のように噴き上がった黒炎が指向性を持って飛び込んできた魔蟲だけを焼き尽くしていく。
「シャッハ! 怖ぇ怖ぇ! これが『黒き劫火』か!」
グロイディウスは後ろに飛んで黒炎を回避したようだが、呑気に感想言ってるとは余裕があるのか俺たちを舐めてやがるのか。
俺は立ち昇る黒炎を突っ切ってグロイディウスを日本刀で斬りつけた。
「お前だけに手古摺ってはいられねえんだ! 悪いが押し通らせてもらうぞ!」
「いいや、魔王様の手を煩わせるまでもない。俺と遊んでもらうぜ!」
グロイディウスは腕で日本刀の刃を受け止めた。硬い鱗がびっしりと並んだ腕だ。生半可な武器じゃ傷一つつけられそうにないぞ。
「シャハッ」
学ランを不良っぽく改造したような服の袖から一匹の蛇が俺に飛びかかってくる。俺は軽くバックステップをして蛇の頭を日本刀で斬り落としたが、目の前に迫っていたグロイディウスの拳をまともに受けて後方へ吹き飛んだ。
「痛ぇなこの野郎」
なんとか体勢を整えて着地。ダメージは軽い。元々後ろに飛んでたからな。
俺に距離を取らせたグロイディウスは、袖から複数匹の蛇をうじゃうじゃと地に放っている。蛇たちは二匹で互いの尾を噛んで輪っかを作ると、高速で回転しながら宙へと浮かび上がった。
「なんだ? 蛇の輪?」
輪っかの中心に魔力が集中していく。
「お下がりください、マスター」
レランジェが前に飛び出して魔導電磁放射砲を放つと同時に、蛇の輪からも毒々しい魔力光線が射出される。威力は魔導電磁放射砲の方が高く、いくつかの蛇の輪を魔力光線ごと吹き飛ばしたが――
「避けろ!」
蛇の輪はまだ何個も残っている。それらから放たれた魔力光線は地面をドロドロに溶かし、あっという間にそこいらを毒沼化させちまったよ。
「……地上をあんなにしたのはお前か?」
「俺だけじゃねえがな!」
なんの因果か、この世界は『蛇蝎』の魔王軍に一度滅ぼされている。再び攻めて来られた今、この地下世界まで地上のようにはさせちゃいけない。
「おらおら、どうした? 避けてばっかじゃつまんねえぜ! シャッシャッシャ!」
毒の魔力光線が立て続けに連射されるが、俺たちも別に防戦一方ってわけじゃないぞ。俺もリーゼもレランジェも、光線を避けながら着実に蛇の輪の数を減らしていく。
「シャ、ちょこまかとうぜえな!」
グロイディウスと目が合った。瞬間、俺は全身にビクリとした怖気が走った。
足が止まる。手が震える。動かない。あいつの能力か?
「これは……?」
「蛇に睨まれりゃ竦んじまうのは当然だぜ!」
光線が硬直した俺に飛ぶ。どうにかギリギリで大楯を生成して防いだが、奴の毒はそれすらも溶かしやがった。
「ぐあっ!?」
僅かだが、光線を浴びた俺は思わず膝をついてしまった。掠ったのは脇腹だ。体が焼けるように熱い。なんかやばいものが全身に回っていくのを感じる。
「レージ!? お前、許さない!」
リーゼが黒炎の奔流をグロイディウスにぶつける。グロイディウスは大量の蛇を壁にして防ぎ、その間に横へと退避。
「チッ、厄介な炎だな!」
グロイディウスがリーゼを睨むが、俺の時のように動きを止めることは叶わなかった。なるほど、アレは相手を一瞬怯ませる魔眼的なものか。リーゼはビビるとかなさそうだもんな。
「マスター、援護安定です」
全ての蛇の輪を撃ち落としたレランジェがグロイディウスに迫る。が、その間に割り込むように大量のGが飛んできた。
Gが触覚少女の姿に変わり、レランジェを蹴り飛ばす。
「ふひひ、お前の相手はウチがしてやるよ!」
「……出ましたね、害虫が」
あいつは……俺たちに宣戦布告してきやがった幹部の一人だ。
「余計な真似すんじゃねえぞ、ブラトデア!?」
「いやぁ、余計な真似じゃないし。グロイディウスだけじゃ荷が重いだろう?」
リーゼの黒炎を避けながら文句を言うグロイディウスに、ゴキブリ女――ブラトデアは妖しく笑って返す。
「あと、そろそろババアの『巣』が完成するよ。頃合いを見て撤退がおススメかな。ふひひ」
「巣、だと?」
不穏な言葉に俺は天井を見上げる。するとなにかがミサイルのように飛んでいき、近くの建物へ激突した。
あの見覚えのある作業着は――
「今飛んでったのは、グレアムか!?」
飛んできた方向には超巨大ムカデの尾が見えた。グレアムを追撃するわけでなく、壁に穴を掘って撤退を始めているよ。
なんだ?
なにが起こる?
「?」
ふと、体に違和感を覚えた。毒が回ったとかそんなんじゃない。
見ると、いつの間にか細い糸が俺を雁字搦めにしてやがったんだ。俺だけじゃない、周囲にも無数に張り巡らされてやがる。
「蜘蛛の糸? なんか嫌な予感がする。リーゼ、燃や――なっ!?」
「んぅうう!? んぅううう!?」
リーゼは、まるで蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のように糸で全身を簀巻きにされていた。レランジェも同様だ。
一本一本はそこまで頑丈な糸じゃなさそうなのに、どういうことだ? なぜか力が入らない。
「その糸は絡めた相手の力を吸い上げる。毒蜘蛛ババアが好む陰湿な手さ」
俺たちを見下しながらブラトデアが教えてくれた。毒蜘蛛ババアってのはもしや、〈魔王たちの会合〉に出席していた蜘蛛女か。
絡められている時間が長ければ長いほど不利になる。
「だったら、全部吸われる前に断ち切るまでだ!」
「シャシャシャ、残念だがそんな暇はなさそうだぜ。俺たちにとっても時間切れってやつだ」
愉快そうに嗤うグロイディウスが天を仰ぐ。釣られて俺も見上げると、空中に浮かんだ人影が凄まじい魔力を蠍の尾の先端に集中させていた。
「『蛇蝎の魔王』……」
魔力砲の第二射が、来る!
「あばよ、魔王様の攻撃に堪えられたらまた遊んでやるぜ!」
「ふひひ、ばいばいーい♪」
グロイディウスが素早く飛び去り、ブラトデアが無数のGになって散開する。今回はさっきのようにシールドで防げない。それどころか、俺たちはみんな蜘蛛の巣に捕まって身動きすら取れない状況だ。
万事休す。
やばいな、詰んだ。
「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
藍色の輝きが降り注ぎ――
そして、俺の目の前は真っ白に染まった。