三章 蛇蝎の襲来(4)
街を覆っていたシールドが破壊されるや、上空の次空艦から大量のなにかが降ってくる。
蜘蛛や蠍や蜈蚣といった悍ましい姿をした巨大な蟲たちに加え、蜥蜴や蛇なんかの爬虫類もいやがる。『蛇蝎の魔王』の眷属だ。魔獣ならぬ魔蟲って感じだな。
まずいぞ。まだ住民の避難が完了していない。あんな夥しい数が降ってきたら確実に被害が出る。
「リーゼ! レランジェ! 可能な限り撃ち落とすぞ!」
「わかった。燃やせばいいのね」
「レランジェに命令しないでください、ゴミ虫様」
俺は魔剣砲を、リーゼは黒炎を、レランジェは魔導電磁放射砲を空に向かってぶっ放す。加えてモッキュ族のミサイルと、誘波がやってくれたっぽい風が雨のごとく降り注ぐ魔蟲どもを蹴散らしていく。
だが――
「くそっ、物量が違いすぎる!?」
街と言ってもちょっとした小国ほどの広さがある地下都市だ。それを全てカバーすることなんてできやしない。カバーできた部分にしても撃ち漏らしが出る。
結果、少なくない数の眷属が街へと降り立ってしまった。
早速街を見境なく破壊し始める魔蟲の群れに、各地から悲鳴と怒号が響き渡る。即座にモッキュ族の兵士たちが対応するため出陣。数分前まで穏やかだった地下都市が一気に戦場になっちまった。
「よし、俺たちも加勢を――」
「見てレージ! レージがいっぱい!」
「は?」
意味不明なことを言ったリーゼが指差した方を見ると、族長の邸があった方角から大量の『俺』が様々な武器を持って押し寄せていた。
一瞬、我が目を疑ったよ。
でも、すぐに思い出す。
「ああ、アーティが言ってた〈幻想人形兵〉か。なんか俺のクローンを作られたみたいで変な気分だな」
俺の〈幻想人形兵〉たちが魔蟲と戦い始める。アレらは中学の時の俺がベースだが、悠里と競い合っていた頃だから技がかなり洗練されているな。魔蟲相手でも充分に戦えているよ。
と、そんな善戦している俺の〈幻想人形兵〉をレランジェがじーっと見て――
「……やはり一匹欲しいですね」
「やめろよお前俺の幻になにする気だ!?」
「アハハ! レージがたくさんいて面白い! 全部燃やしていいの?」
「ダメです!?」
なにが悲しくて味方に戦力を減らされねばならんのだ。
と、その時――
「もぐゥウウウウウウウウウ!?」
悲鳴が聞こえた。いや、うん、たぶん悲鳴だ。
見れば、逃げ遅れたモッキュ族の親子が巨大ノミに襲われそうになってやがる。
考えるより先に体が動いた。
「その親子から離れろ虫けらが!」
俺は生成していた日本刀で巨大ノミの腕を斬り落とすと、即座に槍に変換して頭を突き潰した。紫色の気持ち悪い液体を噴き出して倒れる巨大ノミ。グロいな。こっちにセレスがいなくて本当によかったと思う。
「この辺はもう危ない! 早く避難するんだ!」
「あ、ありがとうございますもぐ!」
母親と思われるモグラ人間がペコリと頭を下げ、子供を連れてそそくさとこの場を立ち去って行った。族長の邸の周辺が緊急避難先になっている。あらかじめ住人には通達しているが、避難訓練している暇はなかった。
まだ逃げ遅れている人はいそうだ。
「住民の避難と救助を最優先とする。手分けして助けて回るぞ」
俺たちが一旦散開しようとしたその時、背後からとんでもない爆発音が轟いた。
「なんだ!?」
爆弾でも落とされたのかと思ったが、違う。
爆発した場所は、モッキュ族のミサイル発射基地だ。
「……やられた」
そこではあの超巨大ムカデが大暴れしていたんだ。他の魔蟲とは一線を画す存在。そして感じる魔力の圧。あいつも幹部級の眷属だろう。
ミサイルを潰されたら対空戦力が激減してしまう。俺たちが戦っている相手は腐っても魔王軍。世界を滅ぼす連中だ。ただ闇雲に破壊して回るような馬鹿じゃないってことか。
ん? なんか超巨大ムカデが触覚を動かしてこっちを向いたぞ?
「この魔力……見つけたぞ! 敵軍の総大将!」
轟くようなバリトンで言葉を発し、その馬鹿でかい胴体が街を跨ぐようにして俺たちへと突進してきやがった。
「く、来るぞ! 二人とも構えろ!」
戦闘態勢を取る俺たちだったが、超巨大ムカデが俺たちの下に辿り着くことはなかった。
刹那。
地上から飛び上がった何者かが奴の顎下を思いっ切り強打したんだ。
ドゴォオオオオン!! と街を圧し潰して倒れる超巨大ムカデ。
すると、近くのビルの屋上に人影が着地した。
「このデカブツ的に俺様の獲物だ! 手ェ出すんじゃねえぞ、零児!」
「グレアム!?」
まあ、あんなことやってのけるのはこいつくらいだよな。グレアムは愉しそうに舌なめずりすると、両手のトンファーを握り締めて倒れた超巨大ムカデへと特攻して行ったよ。できればもっと早くに引き受けてほしかったね。
と――
「どうやら厄介安定です、ゴミ虫様」
「アハ、囲まれたわね」
レランジェの抑揚のない声とリーゼの弾んだ声が耳に届く。
超巨大ムカデに注意を向けていた間に、魔蟲どもが俺たちに集っていたようだ。そりゃそうだろうな。奴らの狙いは俺とリーゼなんだから。街の破壊はついでに過ぎない。
数は百、いや二百ってところか。その程度ならどうとでもなりそうだが――
「シャッシャッシャ! てめえらが『千の剣の魔王』と『黒き劫火の魔王』だな!」
群れの中から現れた、長い舌をチロリと出した蛇目の男だけは別格だ。
「俺ぁ『蛇蝎』の魔王軍の四害蟲が一人――グロイディウス様だ! てめえらの首、この俺がいただいてやるぜ!」