三章 蛇蝎の襲来(3)
「『蛇蝎の魔王』……かつてこの世界を滅ぼした魔王もぐ! だとすれば余計にわーたちは戦わなければならないもぐ!」
怒りに戦慄くモグラリアント九世が『蛇蝎』の魔王軍の幹部――ゴキブリ女のブラトデアを睥睨した。
「かかれもぐ!」
その号令でモグラ兵長たちが一斉にブラトデアへと襲いかかる。ずんぐりとした体躯にしては機敏な動きで槍を突くモグラ兵長たちだったが……ダメだな。相手の方が速い。
ブラトデアは触覚をピコピコさせながら恐ろしい速度で全ての槍をかわすと、モグラ兵長たち全員をほぼ同時に蹴り飛ばしたんだ。
「ふひひっ、ざっこぉ~♪ その程度の速さでウチを捕らえられるとでも?」
ニタァと気味悪く笑うブラトデアは、倒したモグラ兵長たちには目もくれず俺たちをじっくりと見回し――
「どうせだし、魔王か守護者の首を手土産にしちゃおっかな!」
一番近くにいたリーゼへと飛びかかった。
「お調子者は早死に安定です」
「――ッ!?」
だが、間に割って入ったゴスロリメイドによって襲撃は阻まれた。レランジェだ。名刀並みに切れそうな手刀を後ろに飛んで回避したブラトデアは、なにかを感じ取るように触覚を動かしているな。
「この魔力……ふひっ、あんたは『千の剣の魔王』の眷属かな?」
「ゴミ虫様の眷属とは不愉快ですね。レランジェのマスターはリーゼロッテ様安定です」
「『黒き劫火』の方か! ふひひ、それは手強いなぁ!」
ブラトデアが消える。それほどの速度で切迫し蹴りを放つが、レランジェは腕でその一撃をしっかり防いでいた。奴の速さに対応できるようだな。
「レランジェ、わたしが燃やそっか?」
「問題ありません、マスター。害虫駆除はメイドの仕事安定です」
腕を薙ぎ払い、変形。バチリと青白くスパークする魔導電磁放射砲の砲口をブラトデアへと向ける。
「大人しく死んでください」
「そう簡単にくたばらないのが蜚蠊なんだよ!」
近距離から撃ち放たれた電磁砲だったが、ブラトデアは焦った様子もなく悠々とかわしやがった。あの速度は見えていても厄介だぞ。
と、ブラトデアの足下から風が巻き上がった。
「あらら? 動け――」
誘波の吸引する風に捕らわれたブラトデアに、モグラリアント九世がその巨拳を叩きつけた。その豪快な一撃にブラトデアは吹き飛び、頑丈そうな白亜の壁をその身で砕く。
「あなたお一人に構っている場合ではありません」
「徹底的に屠ってやりたいもぐが、今は一刻も早く外の状況を把握しないといけないもぐ」
即席とはいえ悪くない連携だった。今のは効いただろうと思ったが、ブラトデアはなんでもないように崩れた壁の瓦礫から立ち上がったよ。
「ふひっ……まあ、流石に分が悪いかな。ウチは宣戦布告しに来ただけだから、一旦魔王様の下に戻って報告しないとね」
ブラトデアの身体が無数のGとなって三々五々に散っていく。ぶっちゃけ無茶苦茶キモイが、黙って見ているわけにはいかねえな。
「逃がすかよ!?」
日本刀でGを纏めて斬り殺すが、くそっ、流石に数が多すぎる。
「レイちゃん、今彼女を追うのは得策ではありません。外を見てください」
誘波に言われ、俺は窓の外から天を仰いだ。
「なんだアレは!?」
天井に巨大な穴がぽっかりと開いていたんだ。だが問題はそこではなく、その穴から怪獣みたいな巨大ムカデが生えてやがった。キモイ。
さらに無数の次空艦が天井を埋め尽くしていやがる。
四隅の蜘蛛の巣と、蠍の尾を持つ蛇が描かれた旗――『蛇蝎』の魔王軍。
「俺的に、盛り上がってきたじゃねェか! あのデカブツは貰うぜ!」
「おい待てグレアム!?」
楽しそうに笑いながらグレアムは窓から飛び出して行った。あの野郎勝手な行動を。でも大ムカデを相手してくれるなら任せてりゃいいか。
「すぐにシールドを展開! 奴らが降りてくる前に迎撃するもぐ!」
「ハッ!」
モグラリアントがなんとか無事だったモグラ兵長たちに指示を出す。少しすると透明な力場が街の上空を覆い、俺にもやられたような対空ミサイルが飛交い始めた。
「困りましたねぇ。まだこちらがモッキュ族と連携を確認できていない時に襲撃されるとは」
「来ちまったもんはしょうがねえだろ。モッキュ族の対空砲火だけでどうにかできる相手じゃない。俺も出るぞ」
一応リーダーは俺だが、玉座に踏ん反り返って軍団に指示を出すのは性に合わない。戦うなら前線だ。
「アーちゃん、幻想人形兵と戦闘用ドローンはすぐに動かせますか?」
「あー、問題ない。準備はできている」
俺はGを切った日本刀を一旦消して生成し直す。より強度と鋭さを増すように魔力を込めて。
「指揮は任せたぞ、誘波」
「はい、任されましたぁ。魔王レイちゃん様♪」
「その呼び方やめれ!?」
俺はもう自分が魔王だと認めちゃいるが、呼ばれ慣れてはいないんだ。特に誘波から言われると鳥肌が立つぞマジで。
「レージ、わたしも行く」
「マスターにお供します」
そう言ってついてきたリーゼとレランジェと共に俺は邸を飛び出す。地上は瓦礫の被害があるだけでまだ無事のようだが、上空は既に戦場だ。地上から放たれるミサイルを次空艦が魔力のレーザーで迎撃しているような状況。
その中で、一際目立つ巨大な戦艦があった。
船首に人影。
暴走族のような刺々しい衣装を纏った、蠍の尻尾を持つ男。
「『蛇蝎の魔王』フィア・ザ・スコルピ……」
眼下の街を眺めていた奴が、ニヤリと凶悪に嗤った気がした。それから蠍の尻尾の先を、狙いを定めるようにシールドが張られている街へと向ける。
先端に藍色の魔力が収束する。
「やばい、伏せろ!?」
刹那、フィア・ザ・スコルピの尾から放射された魔力砲が街のシールドに衝突。一瞬の拮抗の後、ガラスのようにあっさりと砕かれちまった。