三章 蛇蝎の襲来(1)
略奪ゲームが開始してから数日が経過した。
モッキュ族との交流は概ね上手く行っている。誘波たちにも報告し、拠点を地下都市に移して魔王の襲撃に備えることになった。
地上でも毒沼以外の場所を見つけたらしいが、それでも生物が暮らすには過酷すぎる環境だったみたいだ。だが、モッキュ族の街を戦場にするつもりはない。魔王が現れたら地上で戦うことになる。そのための転送装置も設置したからモグラ戦車君一号はもうお役御免だな。
悠里からの連絡は今のところないが、クロウディクスは魔王の先遣隊と小競り合いをしたらしい。場所は旧太古世界ディナ・セナーソ。相手は『概斬の魔王』切山魈の軍勢だったそうだ。特に幹部クラスもいなかったから圧勝したっぽい。流石だな。
俺はと言えば、この数日間で今の自分ができることを確認していた。
「アハハッ! レージ、今度のは防げる?」
楽しそうに片手を挙げた金髪紅眼の少女が頭上に魔法陣を展開し、とんでもない熱量の黒炎を俺に向かって撃ち放った。今は最終調整ということで、モッキュ族の訓練場を借りてリーゼと模擬戦を行っているんだ。
「……」
俺は迫り来る黒炎を見据え、突きつけた日本刀の切っ先から魔剣砲を射出して相殺を図る。だが、二秒と持たず黒炎に呑まれちまった。俺は舌打ちすると横に飛んで黒炎を回避。
「基本的にやれることは変わってないが、最大出力はけっこう弱体化してるなぁ」
それが結論だった。できないことは一つだけ。アルゴスと意思疎通がままならない以上、今の俺には黒炎が使えないってことだ。まあ、それもリーゼから新鮮な魔力を〈吸力〉すれば纏わせるくらいならできるけどな。
「レージ、もう終わり?」
トトトトッと駆け寄ってきたリーゼがきょとりと小首を傾げた。
「ああ、だいたい今の俺の限界はわかったからな。付き合ってくれて助かったよ、リーゼ」
「んー、わたしはもっとやってもいいよ?」
リーゼはまだ戦い足りなさそうだ。でもこれ以上やると訓練場がぶっ壊れちまうよ。
「お疲れ様安定です、ゴミ虫様。死んでください」
「どわっ!?」
声と共に上空から放たれた複数の魔導電磁放射砲を、俺は間一髪で転がってかわした。ジャリッと訓練所の砂を踏んで現れたゴスロリメイドが、無表情な灰色の瞳で神回避した俺を見据え――
「チッ」
盛大に舌打ちしやがったよコノヤロウ。
「おいコラてめえレランジェ!? お前は現れる度に俺を強襲しないといけないプログラムでも搭載してんの!?」
「勘のいいゴミ虫様は処刑安定です」
え? マジで搭載されてんの? じゃあそれバグだから修正してもらいたい。
「レランジェ、アレなに?」
と、リーゼが上空を指差した。そういえば、レランジェは地上にいるのに魔導電磁放射砲は空から降ってきたよな。
見ると、そこには三体のゴスロリメイド服を着た三頭身人形が浮遊していた。なんとなくレランジェを彷彿とさせるムカつく顔をしてやがる。
「ミニレランジェ安定です、マスター。モッキュ族と異界技術研究開発部の技術を融合させて作成したレランジェ専用の戦闘用ドローンです」
「また余計なもん作りやがって!?」
会う度に機能が拡張していくのホントどうにかしてほしい。その兵器が敵に向けられるのならいいんだよ? でも最初に使われるのってだいたい俺じゃん。
「通信機能も搭載されておりますので、マスターに一体差し上げます。レランジェだと思って可愛がっていただけると安定です」
そう言うとレランジェはミニレランジェを一体操ってリーゼに献上する。リーゼは「いいの!」と満更でもない様子でミニレランジェをぎゅっと抱き締めたよ。うん、こうして人形抱いてる姿を見ると年相応でカワイイな。
「暗殺機能も搭載されておりますので、ゴミ虫様に一体差し向けます。レランジェだと思って死んでいただけると安定です」
「いらねえよ寄越すな!?」
心なしか殺意を秘めた顔で寄ってきた人形を投げ返す。レランジェはやっぱり舌打ちして顔を背けた。アレで騙せるつもりだったのだろうか?
と、カサカサと足下でなにかが蠢いた。
「あ、それこの世界にもいるんだ」
リーゼがなんの躊躇もなく踏んづけて捕獲したそれは、形容しがたい黒光りする小さな生物だった。日本でもよく見かけるあいつだ。セレスがいたら悲鳴を上げてただろうね。
「まあ、似てるだけの別物かもしれんし、放してやれよ」
「いえ、捕獲安定して食卓に出しましょう。ゴミ虫様の」
「ふざけんな食わねえよ!?」
なんかアルゴスは大変美味だとか言ってたらしいが、そのせいで死んだ可能性もワンチャンあるからな。
「んー、なんか嫌な感じがするから燃やす」
言うと、リーゼは慈悲の欠片もなくそいつを黒炎で塵に変えた。あのリーゼが、不快害虫に人並みの嫌悪感を……なんだろうこの、娘の成長を目の当たりにしたような気分は。親馬鹿に毒されたのかな?
――Trrrrn! Trrrrn! Trrrrn!
俺の異世界用通信機が鳴った。スマホと似たような画面には『誘波』と表示されている。
「こちら零児。どうした、誘波? 魔王が来たのか?」
『こちらみんなのアイドル誘波ちゃんです。Yeartubeデビューしたので二十時からライブ配信を行います。是非見に来てくださいね♪』
「それは見ないから要件を言え」
動画で『異世界の地下都市でモグラ人間と踊ってみた』とか配信したらバズりそうだが、今はそんなことやっている場合じゃないのは知ってるはずだろ。
『相変わらず連れないですねぇ、レイちゃんは。魔王はまだ確認できていません。ですが、報告したいことと気になることがありますので、一度モグラちゃんの邸へ来てください』
「了解。すぐに向かう」
モグラちゃんというのはモグラリアント九世のことだ。つまり族長の邸だな。
「てことらしいから、行くぞ二人とも」
「うん、わかった」
「仕切らないでいただけますか、ゴミ虫様」
「俺、一応リーダーなんだけど……」
理解していないのか、していて言っているのかわからないポンコツメイドロボにげんなりしつつ、俺たちは訓練場を後にして族長の邸へと急いだ。