二章 戦場となる無人世界(7)
モグラ人間に捕まった俺たちは、鉄でもコンクリートでもない未知の材質の壁で囲まれた地下牢に閉じ込められた。
真っ白い壁はざらざらしていて卵の殻みたいだな。敷居の向こうにトイレはあったが、家具らしい家具は一切ない。床で直寝しろと?
「おいこら口下手陰キャ研究者、この状況どうしてくれるんだよ?」
壁に凭れて座る俺は、対面で同じように膝を抱えているアーティに批難の目を向けた。白衣は剥ぎ取られていて灰色のピッチリとした囚人服を着せられている。俺もだけど。白衣以外のアーティを見るのはなんか新鮮だな。ピッチリしてるけど幼児体型だから別にエロくは感じない。
「あー、心配するな。作戦通りだ」
「ほう、てことはわざと捕まったわけか。その作戦とやらを聞かせろ」
顔を上げたアーティは、隈のできた眠そうな目をしたまま指を一本立てた。
「あー、白峰零児、まずは貴様の力で牢を破壊し脱獄する」
「いきなり俺頼み」
「あー、次に毛玉どもに押収されているモグラ戦車君一号を貴様の武力で制圧して回収する」
「なるほど、俺が重要だ」
「あー、最後はモグラ戦車君一号に乗り込み、追手を貴様の技で薙ぎ払いながら地下を脱出する」
「結局俺が頑張るだけの全面戦争じゃねえかふざけんな!? それができるなら最初からやってるよ!?」
武力行使とか最終手段だろ。え? なに? こいつ白衣奪われてIQ下がってんの?
「あー、白峰零児、我々の目的はなんだ?」
アーティは腰の辺りを手で弄った。無意識に棒つきキャンディを探そうとしてたんだな。ピッチリ囚人服だから空振ってるよ。
「目的? アレだろ。もっと快適な陣地を探すために、クロウディクスが言ってた地下に来て……」
別にモグラ人間と和平交渉するために来たわけじゃないんだった。今は魔王たちの略奪ゲーム真っ最中だということを忘れちゃいけない。
「あー、そうだ。この世界に〝人〟の生き残りがいたことは驚いたが、あのような毛玉蛮族では話にならん。いっそ滅ぼしてやりたいが、それでは他の魔王と同じだ。あー、だからここは諦めて毒沼で我慢するしかあるまい」
「お前モグラ人間たち嫌いすぎだろ!?」
話が通じなかったから『蛮族』とか言っちゃってるよ。アーティ本人が戦闘系の能力を持っていないことを幸いと思うべきだな。
と――
「ッ! 誰か来るぞ」
牢の外から微かな足音が近づいて来る。鉄格子なんてない完全に密閉された部屋の唯一の扉がカチャリと開き、モグラ兵長と部下二人がずかずかと入ってきたぞ。
「もぐ!」
なんか俺たちに向かって叫んだ。
「もぐもぐもぐも!」
「なんて?」
なに言ってるのかさっぱりわかりません。
「あー、『出ろ』と言っているのではないか?」
「〈言意の調べ〉を奪われたのは痛いな」
持ち物は服と一緒に全て剥奪されちまったんだ。当然、〈言意の調べ〉がなければモグラ人間の言葉を理解できない。ニュアンスだけで意図を察するしかなく、俺たちはモグラ兵長に連れられて牢を出た。
収容施設も後にし、自動で動く機械の地面に乗って連れられた場所は――まるでアメリカ大統領が住んでいそうな立派な白亜の建物だった。
よく磨かれて鏡のように反射する石の床を歩かされ、執務室のような場所に通される。
「もぐもぐ! もぐもぐもぐぐ!」
モグラ兵長たちが敬礼した。執務机の向こうに座っていたのは、五メートルほどの巨体をしたモグラ人間だった。
将校が着るような豪奢な軍服を纏っていて、一目で強そうだとわかる存在感を放っている。モグラ将軍と呼ぶことにしよう。
「もっぐ! もぐも!」
モグラ兵長が俺をバシバシと叩く。なんだよ俺たちも平伏せって言ってるのか?
「もーぐもぐもー!?」
「いや、だから言葉がわかんねえんだよ。お前らが奪ったペンダントを返してくれ」
「もーぐもぐももぐ!!」
「あー、このクソ毛玉が偉そうに命令してるのはわかる。白峰零児、構わん。私が許す。この蛮族どもをぶち殺せ」
「殺しません!?」
アーティのモグラ人間に対する殺意が高すぎるよ……。
「なるほどもぐ。やはり、これを持っていると言葉が通じるもぐな」
すると、モグラ将軍が俺にもわかる言語で語りかけてきた。その手には見覚えのあるペンダントが握られている。
「俺の〈言意の調べ〉!?」
だからモグラ将軍の言葉だけは俺たちも理解できるのか。
「我輩はモッキュ族の族長――モグラリアント九世もぐ。先程はわーの兵隊が無礼を働き済まなかったもぐ。なにぶん、魔王に滅ぼされて以降、客人など来ない世界となってしまったもぐから」
その鋭く巨大な爪で引き裂かれるのかと思ったが、モグラ将軍はぺこりと頭を下げたぞ。このモグラ人間たちは『モッキュ族』っていうのか。可愛い名前してやがる。
で、この巨大モグラ人間が族長――要するにトップってわけか。
「俺たちが敵じゃないってわかってくれたのか?」
「わーの軍の迎撃システムを突破できる武力を持った者が敵であるなら、無抵抗で捕まるはずないもぐ。だが、まだ素性の知れないやーたちを信用するわけじゃないもぐ。だから話し合いの場を設けたもぐよ」
語尾こそ気になるが、なんかめっちゃ理性的に喋ってくれるな。モグラ兵長とは大違いだ。
「話のわかる人いて助かったマジで!?」
「あー、蛮族にも脳味噌を持つ奴がいるのだな」
「言葉選び!?」
アーティのヘイトは一度謝罪された程度では消えないらしい。
「まあ、本当は素性がどうあれさっさと処刑するつもりだったもぐが」
「処刑するつもりだったのかよ!?」
怖いことをさらっと言いやがったぞこいつ。
モグラ将軍改めモグラリアント九世は、手に持った〈言意の調べ〉を掲げると――
「この道具もあの乗物も、とても興味深い技術で作られているもぐ。わーたちの知らない技術。とても素晴らしいもぐ。やーたちを殺してしまうのは惜しいと考えたもぐ」
なるほど、そういうことか。モグラ人間たちは見た目の割にやたらと科学力が高い。それほどの知恵があるならアーティの発明品に興味を持つのも頷けるってもんだ。
「あー、なんだ貴様見る目があるではないか。ふふふ、そうだ。〈言意の調べ〉もモグラ戦車君一号も私が開発した。あー、貴様らも面白い技術を使っているだろう。技術交換するというのなら教えてやってもいいぞ」
「アーティさん大丈夫? 手の平くるくるしすぎて取れたりしない?」
発明品を褒められただけでヘイトが消えちゃったよ。いや別にいいんだけど、ちょっとチョロすぎやしないか? いや別にいいんだけどね!
モグラリアント九世は立ち上がると、壁に立てかけられた古い絵画を見上げた。風景画のようで、緑豊かな森と青い空が描かれているよ。
「かつてこの世界は一度、どこからともなくやってきた魔王によって滅ぼされたもぐ。わーたちモッキュ族も懸命に魔王と戦ったもぐが、力及ばず敗戦し、地下深くに逃げ込んでどうにか生き永らえたもぐ」
世界の、モッキュ族たちの歴史を語り始めるモグラリアント九世。大方、俺が想像していた通りだったな。
こいつらは滅んだ世界の生き残り。なにが無人世界だグロルの野郎!
「また同じことが起こっても対抗できるようにわーたちは技術力を発展させてきたもぐ。でも昨今はその発展も低迷気味もぐ、だから、やーたちの技術を提供してくれるなら客人として迎え入れたいもぐ」
俺たちを探るようにモグラリアント九世はじっと見詰めてきた。断れば追放、もしくは処刑だろうね。処刑ルートなら俺も最終手段を取らざるを得ないです。
だが、そんなことにはならないさ。
「あー、いいだろう。無論、そちらの技術も見せてもらうぞ」
「うちの研究者も乗り気だからいいぞ」
腕を組んだアーティはウキウキを隠せていない様子だった。いつもはやる気なさそうな目なのに今は心なしかキラッキラしてやがるよ。
ただ、問題が一つある。
「でもな、あまり猶予はないかもしれないぞ」
「どういうこともぐ?」
モグラリアント九世が首を傾げて俺を見る。
「攻めてくるんだよ。あんたたちが恐れている魔王が。数日中には必ずな」
この世界は、これから戦場になるんだ。