二章 戦場となる無人世界(6)
モグラ人間の兵士が、ざっと見えるだけでも数百人はいやがる。俺たちは侵入者だから当然の対応と言えばそうだが、いきなり有無を言わさずミサイルぶっ放してきた奴らだからな。めちゃくちゃ好戦的な種族なんだろうか?
いや――
「も、もう一度訊くもぐ!? やーらは何者で目的はなんだもぐ!?」
代表して俺たちを問い詰めているモグラ人間――リーダーっぽいから仮にモグラ兵長と呼ぼう――は、声が上ずり体は小刻みに震えているよ。他の連中も似たり寄ったり。こいつらは好戦的なんかじゃなくて、俺たちを恐れているんだ。
「あー、白峰零児、〈言意の調べ〉は持っているか?」
「当たり前だろ。じゃないとリーゼたちとも会話できないからな」
〈言意の調べ〉は異世界人と意思疎通するための必需品だ。双方の意思を双方が理解できる言葉として聞こえるようにする異界技術研究開発部の魔導具。というか、そこにいるアーティが作ったものだ。
俺のはペンダント型で、常に首から下げて目立たないよう服の内側に隠している。
「あー、そうか。すまないが通訳を頼む。私には『もぐもぐ』としか聞こえんのだ」
「は? こんな大事なもの忘れたのか?」
「あー、うるさい。まさか〝人〟がいるとは思っていなかったのだ」
それは俺も同感だ。グロルの野郎は無人世界だって言ってたのに、いるじゃねえか〝人〟が。それともモグラ人間は〝人〟じゃないって? 奴と俺たちの定義が違うだけか、それとも奴も地下深くまでは把握してなかったのか。
「だとしても監査局で働いてるんだから普通持ってるだろ? もしかして普段から身に着けてないのか?」
「あー、私は普段接する連中の言語は全て理解している。そんな煩わしい物を身に着ける必要などあるまい」
これあなたが作ったんですよ? あと地面をずるずる引きずってる白衣の方がよっぽど煩わしい気がします。
「なにをこそこそと喋っているもぐ!? 質問に答えろもぐ!?」
モグラ兵長が天井に向かって威嚇射撃をした。発砲音は少なく、弾丸ではなくレーザーのようなものが射出されたぞ。
アーティが俺の袖をくいくいっと引っ張る。通訳しろってことか。
「こそこそ喋るな質問に答えろだってさ。質問は『俺たちが何者で目的はなんだ?』だと」
「あー、ならば答えてやれ。穏便に済むならその方がいい」
めんどくさいな、通訳。
まあいい、こうなったら異界監査官として培ってきた俺の交渉力を見せつけてやるよ。
「俺たちは、えーと、この世界とは別の世界からやってきた者だ。探索していたらここを見つけた」
「別の世界からきただともぐ!?」
驚いている。信じられないみたいだな。まあ、いきなり別の世界と言われても、そういう交流がない世界じゃ嘘に聞こえ――
「貴様、やはり魔王もぐね!?」
「へ?」
モグラ兵長の言葉で周囲の兵隊たちが一気に殺気立った。さっきまでの恐れが明確な戦意となって誰からともなくレーザー銃がぶっ放される。
「ちょ」
「その禍々しい力は間違いなく魔王もぐ! 一度ならず二度までも、わーたちの世界を滅ぼすつもりもぐか!」
アーティを脇に担いでレーザー銃から逃げる俺に、モグラ兵長が怒鳴り散らす。そうか、この世界は一度魔王に滅ぼされたんだったな。だから外からやってきた得体の知れない俺たちを敵と認定したんだ。
確かに俺は魔王ってことになっちゃいるが、なんとかして誤解を解かないと!
「違う! 俺たちは――」
「今度はそうはいかないもぐ! 魔王が襲ってきても戦えるようにわーたちは力を蓄えてきたもぐ!」
聞く耳持たないモグラ兵長がバズーカを担いだぞ。なんかよくわからないエネルギーの光が砲口に収斂したのを見た途端、極太のレーザーが俺の脇を掠めて建物を貫いた。
魔王の魔力砲ほどじゃないが、あんなのくらったらひとたまりもないぞ。
「あー、交渉失敗か? これだから口下手の陰キャは困る」
「研究者のお前にだけは言われたくねえよ!?」
米俵みたいに担がれたアーティは不満そうにしているが、今は緊急事態だから我慢してくれ。
「こいつらは魔王に滅ぼされた世界の生き残りだ。外から来た魔王の力を持つ俺を敵だと思ってやがる」
うげ、今度は上空から戦闘用ドローンみたいな機械が群れを成して飛んできたぞ。地上からも上空からもレーザーを撃ちまくられるから逃げるしかない。
「あー、対魔王の執念か。技術力は地球より少し進んでいるようだな」
建物の隙間からビームサーベルを持った兵隊たちが一斉に躍りかかってきやがった。俺は日本刀を生成して応戦するが、ヒットアンドアウェイを繰り返す兵隊たちは息もつかせてくれない。厄介だ。
「あー、兵隊の練度も悪くない。連携もよく取れている」
「分析してる場合か!?」
まずい。行き止まりに追い詰められちまったよ。
「ここまでだもぐ!」
モグラ兵長を中心にレーザー銃が一斉に構えられる。反撃はできない。それをやっちまうと和解の道が閉ざされてしまう。
絶体絶命だ。
「あー、それを貸せ、白峰零児」
ぶちっと俺の首からペンダントが強奪された。
「俺の〈言意の調べ〉!?」
ペンダント――〈言意の調べ〉を奪ったアーティは、じたばたして俺から降りると、白衣をずるずる引きずりながらモグラ兵長の前へと進み出た。俺の代わりに交渉してくれるみたいだな。
「もぐもぐもぐもぐ!? もぐもぐもぐもぐもぐもぐ!?」
アーティを指差して叫ぶモグラ兵長。やべー、本当に『もぐもぐ』しか聞き取れない。なんかめっちゃ怒ってることくらいしかわからないな。
「あー、落ち着け。お前たちに危害を加えるつもりはない。我々は交渉がしたいだけだ」
「もぐもぐ?」
お? もしかしていい感じか? アーティは魔王でも魔族でもないからな。俺が話すより効く耳を持ってくれてるのかも。
「あー、そうだ。奴は魔王だが世界をどうこうする者じゃない」
「もぐ!? もぐもぐも!? もーぐー!?」
「あー、いや、待て。そうではなく……ふむ、なんと伝えれば理解してもらえるか」
「もーぐもー!? もぐもぐもぐもー!?」
そんな感じで俺にはわからない遣り取りが数分続き、そして――
「もぐーッ!?」
なんかブチギレたモグラ兵長が号令を出し、数人の兵隊が覆いかぶさるようにアーティに飛びかかった。
「アーティ!?」
モグラ人間たちに埋もれたアーティは隙間から顔だけひょこりと出した。意外と平気そうだ。見方によればもふもふに埋もれた少女なわけで、実は歓迎された可能性もあるんじゃ――
「あー、すまん失敗した」
「この口下手陰キャ研究者!?」
ダメじゃん! 他人のこと言えないじゃん!
と、屋根の上から兵隊たちが投網のようなものを放って俺に被せてきた。
「うわっ!? なんだこれ!?」
ただの網じゃないぞ。鋼の糸で簡単には断ち切れず、なんなら電流まで流れてやがあばばばばばばばっ!?
「もぐもぐもー!?」
捕らえられた俺たちを見たモグラ兵長は、満足げにどこかを指差した。あ、今のはわかる。たぶん『連れていけ』とか『連行しろ』とかそんなニュアンスだろうね。
俺たち、これからどうなるんだ?




