二章 戦場となる無人世界(4)
「――というのが、現在の状況ですねぇ」
わけもわからずこんな終末後の異世界に召集された監査官もいたようで、まずは状況説明を行った。
実際の魔王を見ていない奴らは半信半疑の様子だ。わかる。わかるよ。俺だって部外者だったところからいきなり渦中に引きずり込まれたらそんな顔をするよ。
「なあ、それって白峰零児を差し出せば解決するんじゃないのか?」
おい誰だ今俺を差し出せとか提案した奴!
「レイちゃんを生贄に捧げても無駄でしょう」
「生贄とか言うな!?」
人をカードゲームの捨て駒みたいに言いやがって。だがまあ、監査官は基本的に自分勝手な連中が多いからな。俺を犠牲にするだけでいいならそっちを選ぶだろうよ。
「結局、魔王同士の争いは終わりません。勝ち残り力を得た魔王はどうすると思いますか? そのままどっかに行ってくれますかねぇ? そんなわけありません。手始めに地球を滅ぼすでしょう」
「あー、つまり、白峰零児に勝ってもらわないと終わりということだ」
アーティが誘波に賛同するように頷く。そこに人類が繁栄している世界があるなら寧ろ狙わない方がおかしいんだよな、魔王って。俺も魔王因子に一時期囚われてたから、ある程度は奴らの思考がわかっちまうのが悔しい。
「面白い。俺的に面白ェことになった。で? 誘波的にはどうするつもりなんだ?」
こんな時でも楽しそうに笑えるグレアムはホント頼りになるよ。魔王の一人とガチで殴り合えそうだもんな、この人。
「クロウちゃん率いるラ・フェルデの主力は攻勢に出ています。ユウリちゃんも勇者として遊撃役を買ってくれました。そうなると私たちは必然的に拠点防衛になるでしょう」
不安要素は魔王以外にも『王国』があるけど、今回あいつらは共闘を提案してきた。ゼクンドゥムの独断じゃなければ今は考えなくてもいいだろうね。
にしても、拠点防衛か。
「なあ、こんな毒沼地帯を拠点にして本当に大丈夫か? 魔王が攻めづらいって利点はあるんだろうけど、こっちだって動きづらいだろ」
「ええ、ですので、私たちが最優先で行うべきはこの世界の探索です」
誘波は肯定すると、チラリとアーティに視線を向けた。
「あー、世界はこんなだが、我々が呼吸できるということはきちんと酸素が存在している。星の全てが毒沼ということはあるまい。探索し、他にマシな場所があればそこへ拠点を移す。あー、それに我々は少数だ。戦い前に地の利を理解しておきたい」
「こんな時こそクロウディクスの出番だろ。あの放浪王め、さっさとどっか行きやがって」
「あらあら、クロウちゃんはしっかりヒントを残してくれたじゃないですかぁ」
「は? そういや、地下へ向かえとかなんとか……」
俺が休憩に入る前、最後にあの王と交わした言葉を思い出す。
『この世界はどこも人が住める環境ではないと言ったが、アレは地表に限った話だ。余裕があれば地下へ向かうといい。面白いものが見られるぞ』
面白いものっていうのがなんなのかは結局教えてくれなかったな。そこは自分の目で確かめろってことか。魔王に対抗できる古代兵器でも埋まってたらいいなぁ。
「というわけで、レイちゃんはアーちゃんと一緒に地下の探索を行ってください。地上の探索は私とグレアムちゃんを中心に編成します。各自に発信機付きの通信機を渡しますので、もし魔王が現れたりしたらすぐに連絡してくださいねぇ」
俺たちそれぞれの前にヒュオっと風の塊が出現する。そこにはスマホサイズの通信機が浮かんでいた。手に取って電源を入れるとちゃんと起動したよ。電波も立ってるな。異世界なのに。
と、アーティが俺の服の袖をくいっと引っ張った。
「あー、善は急げだ。行くぞ、白峰零児」
「会議は? まだ終わってないぞ」
「あー、ここからは地上班の話だ。聞いても仕方ないだろう」
見ると、他の連中はさっそく班分けを行っていた。そこに俺たちが入らないのなら、確かに関係ないな。状況は知っておきたいけど、通信機もあるし、追々でいいか。
今度は白衣を踏んづけてビターンさせないように気をつけながらテントの外に出る。
「どうやって地下に行くんだ? 洞窟でも探すのか?」
「あー、お前はなぜ私が選出されたのかもっと深く考察しろ。場所が地下なら掘ればいいだろう?」
「掘るって、え? まさか……」
アーティはテントの横に停められていた物体を見上げる。
「あー、こいつを使う」
それは無骨なオフロードタイヤが並ぶ厳つい機体だった。その先端には螺旋状の刃がついた円錐――マジか、巨大ドリルが取りつけられているぞ。二十二世紀の未来デパートで売ってそうなロマン溢れるフォルムに俺は――
「地底戦車だと!?」
驚嘆を禁じ得なかった。架空のマシンだと思ってたのに実在していたのか! いや、よく考えたら異界技術研究開発部だぞ。今更じゃないか。
「あー、こいつはモグラ戦車君一号だ」
「カッコイイのにネーミング雑!?」
もっとなんかこう、いい感じの名前つけてやれよ。『カルチベーター』とか『ミドガルドシュランゲ』とか『マグ〇ライザー』とかさぁ。
「あー、生憎と二人乗りでな、だから私とお前だけで行くしかない」
アーティはクソ長い白衣を引きずりながら、うんしょと地底戦車を登っていく。
「お前はこれを操縦するからだとして、なんでもう一人は俺なんだ? 護衛だったらリーゼやグレアムでもよかっただろ?」
「あー、私にそいつらを制御できると思うか?」
「ごめんなさい」
無理ですね。俺だって疲れるもん。特に胃の辺りがキリキリと。
「あー、それにお前の能力は地底探索には有用だ」
「俺を歩く採掘道具入れかなんかだと思ってませんかね?」
ツルハシとかスコップとか生成できないこともないけれど、そんな使われ方をするのはなんか釈然としないぞ。俺、一応この軍のリーダーじゃなかったっけ?
「あー、早く乗れ。出発するぞ」
ハッチからひょこりと顔を出したアーティが急かしてきたので、仕方なく俺も地底戦車に乗り込む。
中は狭く、操縦席と助手席があるだけだった。よくわからないボタンがたくさんついていて思わず押したくなるが、自爆とかしたら怖いからやめておく。リーゼだったら押していた。やっぱり俺で正解でしたね。
「適当に掘るのか?」
「あー、そんなわけないだろう。モグラ戦車君一号には高性能広範囲のレーダーを積んである。あー、ほら見ろ。この世界の地下には巨大な空洞があるようだぞ」
「……本当だ」
アーティが起動したレーダーの画面を見ると、確かに地中深くが伽藍洞になっているのがわかる。地球空洞説って都市伝説があるけど、なんかそれっぽいな。
「あー、そこを目指す。発進するから早くシートベルトを締めろ」
「シートベルトあるのね……」
安全面もしっかり考慮されている辺り、レランジェの追加武装みたくただのロマンネタで作ったわけじゃなさそうで安心した。
俺がシートベルトを締めたことを確認すると、アーティは地底戦車――モグラ戦車君一号を発進させ、早速地面をゴリゴリ削っていく。
流石は異界技術研究開発部の作品というべきか、地中を掘り進んでいるのに時速百キロくらい出ているぞ。多少の岩盤なんかは物ともしない。
ただ、めっちゃ揺れる。超揺れる。
うっぷ、気持ち悪くなってきた……。
「あー、着くぞ。衝撃に備えろ」
一時間ほど経ったところでアーティがそう警告する。
フッ、と車体が急激に軽くなった気がした。
「なっ!?」
潜望鏡から外の様子を覗いた俺は驚愕する。思っていたより地下空洞が広かったとか、地下なのに明るいとか、天井から落ちているとか、そんなことは二の次だ。
「地底に、街がある……?」
明らかに生きている文明が、そこに広がっていた。