二章 戦場となる無人世界(2)
「旗?」
わけがわからず眉を顰める俺に、グロルは愉快げに笑って俺以外の面々を見回した。
「ヒャホホ、守護者に勇者……『魔王軍』と呼ぶにしては些かあり得ない面子が揃っているようだが、まあそこは構わない。要するに君たちのチームを示すシンボルが欲しいのだよ」
そういや、魔王連合に所属する魔王は二つの旗を掲げているんだよな。欠けた黒太陽の連合旗と、それぞれの魔王の特徴を示す旗。ゲームをするならどこの軍勢かわからないと困るってことか?
「ちなみにこれが他の魔王軍の旗だ。覚えておくといい」
そう言ってグロルはシルクハットから七つに連なった小さな旗を取り出した。運動会とかでよく見る国旗を繋げたアレみたいだな。万国旗っていうんだっけ?
グロルが広げて見せたそれを俺は端から順に確認していく。
噴き上がる炎を背景に、中央に凶悪な顔の人魂が描かれた旗。これはたぶんフェイラ・イノケンティリス率いる『煉獄』の魔王軍だな。
将軍武者の兜と斜めに切り裂かれた山が上下に描かれた旗。わかりやすい。切山魈の『概斬』の魔王軍だな。
重火器を握ったデフォルメのロボットがマンガ肉を咥えている旗。明らかにMG-666の『鐵』の魔王軍だろうな。
四隅の蜘蛛の巣と、中心でサソリの尾を持つ蛇が蜷局を巻いている旗。こいつはまあ、フィラ・ザ・スコルピの『蛇蝎』の魔王軍か。
白い太陽を背負った女性が血の涙を流しながら祈っている旗。エルヴィーラ・エウラリアの『贖罪』の魔王軍なんだろうけど一番怖ぇよ!
二つの逆さ燭台と、それに挟まれた影溜まりから生えた黒い手がサムズダウンしている旗。ンルーリの『仄暗き燭影』の魔王軍。一番謎な奴なのに他と比べてなんか可愛いぞ。
最後はシルクハットのピエロが怪しく嗤っているだけの旗。目の前にいるグロル・ハーメルン率いる『呪怨』の魔王軍ってとこか。
こうして見ると、まだちょっとしか会っていない奴でも誰がどの旗なのか一目瞭然だな。わかりやすさ重視。知っている者に恐怖を与える絵。やっぱり海賊旗みたいだ。
「ん? 待て、ゼクンドゥムの旗がないぞ」
「ヒャホホホ、そりゃそうだ。彼女は連合に所属していないばかりか、君たち同様に魔王らしい活動をほとんどしたことのない特殊な魔王。今回も眷属を作らず仲間と参戦するようだからな。この後で催促に行くつもりだ」
魔王らしい活動をしていない魔王だって? いや、あいつ、俺らの世界滅ぼそうとしてる連中の一人なんですけど。
「それでは検討しておいてくれ! ゲームマスターからのお知らせは以上だ!」
グロルはそれだけ言い残すと、自身の体をシルクハットの中に吸い込むようにして消え去った。本当に『旗を作れ』って言いに来ただけかよ。
「旗を作れ、か……いきなり言われてもなぁ」
俺は『千の剣の魔王』だから、髑髏に刀剣をクロスさせるとか? ありきたりな海賊旗みたいでなんかチンケに思えるな。
そもそも、こっちにはもう一人魔王がいるわけで。
「リーゼ、『黒き劫火』の旗ってどんなんだったんだ?」
「んー、覚えてないわ。どうでもよかったし」
このお嬢様は自分を〝魔帝〟だと言ってるくせに興味なさすぎじゃない? 嫌いな父親の旗だったからかな?
「零児、ちょっといいかしら?」
「どうした悠里? なんかアドバイスでもあるのか?」
幾多の魔王軍と戦ってきた勇者の悠里なら旗だって飽きるほど見ているはずだ。その視点から助言を貰えるとありがたいんだけど、どうやらそういう話じゃないらしい。
「違うわ。悪いけど、ポーズだとしても勇者のアタシが魔王軍に入るわけにはいかないの。だから、アタシはアタシで独自に動くことにしてもいいかしら?」
「一人でか? 危険すぎるだろ」
「寧ろ一人の方がいいのよ。魔王相手なら」
俺を真っ直ぐ見詰める悠里の眼は本気だった。俺たちのチームを抜けて敵になるわけじゃなく、あくまで個人で動く味方になるって話なんだろうけど……大丈夫なのか?
「いや普通、勇者は仲間と魔王を討伐するもんじゃないのか?」
「レイちゃん、ユウリちゃんの勇者の力は特殊です。私たちが一緒だと使いづらいものなのでしょう。行かせてあげてもいいかと」
どうしたもんかと渋っていると、誘波が意外にもあっさり悠里の意見を聞き入れた。
「誘波が言うならまあ、そうなのか? よくわからんが、わかった。無茶だけはするなよ」
守護者の誘波は『勇者』について俺よりも詳しいはずだ。その誘波がいいと言うんだから、きっと大丈夫だろう。
「ありがとう。クロウディクス陛下、とりあえず『旧異端世界』の門を開いてください」
「承知した。その世界だけでなく、各世界のゲートを常に繋げておこう。自由に行き来するといい」
鷹揚に首肯したクロウディクスが神剣を一振り。四つの『次元の門』が虚空に出現した。呼吸でもするかのような手間で『門』を開くとか、やっぱこの王様チートすぎるわ。
悠里はクロウディクスに礼を告げると、颯爽と一つの『門』に飛び込んで消えた。躊躇いとかないなぁ、あいつ。勇者だけに勇敢すぎるだろ。
「ふむ、であれば我々ラ・フェルデも別動隊として動いてもよさそうだな」
と、悠里を見送ったクロウディクスがなにやら思案顔でそんなことを言ってきた。
「陛下、それは我々も零児の魔王軍には入らないということですか?」
「いや、そういうわけではない。魔王が来るのをただ待つのではなく、こちらからも攻めようと言っている」
不安そうなセレスの疑問にクロウディクスは好戦的に笑ってそう返した。
「ほっといたら潰し合ってくれそうなのに、こっちから攻めるのか?」
「無論だ。魔王どもに私の世界で好き勝手暴れさせるわけにはいかんからな」
「いやあんたの世界じゃないだろ」
クロウディクスは落ち着いてこそいるが、体を動かしたくてうずうずしている感じも見て取れる。マジでじっとしてられない系の王様だよな。アレインさんの苦労が窺えます。
「アレインが合流次第、我々は旧太古世界へと移る。セレス、お前も来るがいい」
「はっ! 了解いたしました!」
敬礼するセレス。いやいやいや、セレスまで連れていかれたら守りが手薄になりすぎませんかね? ちゃんと軍勢をある程度残してくれよ頼むから。
「ああ、そうだ。一つ補足し忘れていたことがある」
思い出したようにクロウディクスが俺を見ると、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「この世界はどこも人が住める環境ではないと言ったが、アレは地表に限った話だ。余裕があれば地下へ向かうといい。面白いものが見られるぞ」
「は? 面白いもの?」
怪訝な反応を返す俺にそれ以上なにも答えず、クロウディクスは静かにマントを翻した。