二章 戦場となる無人世界(1)
困ったな。
比較的まともそうな『自由世界』とやらを選んだ俺たちは、準備と休息で時間ぎりぎりになってからクロウディクスの神剣を使って世界を渡った。
死ぬほど後悔した。
いや実際、移動早々に死にかけた。
「なんなんだこの毒沼と瘴気に満ちた世界は!?」
見渡す限りえぐい色をした沼が点在し、空気も吸ったら一瞬で肺がやられそうなレベルで汚染されていたんだ。植物らしい植物なんて一切生えてねえぞ。地獄があるんだったらたぶんこういう光景なんだろうな。
「レイちゃんが選んだんですよぅ。私がいなければ全滅でしたねぇ」
「いやなんかすみませんした!?」
誘波が即座に風で周囲一帯を浄化してくれなかったら本当にやばかったな。この世界がどれだけ広いかわからないが、たまたまこういう場所に出ただけだと思いたい。
「零児、こんなところでどうやって戦うというのだ?」
「ここ臭い。燃やせばなんとかなる?」
ジト目のセレスが剣の柄で俺の頬をぐりぐり。鼻を摘まんだリーゼは黒炎で毒沼を焼き始めたぞ。余計に異臭が漂うからやめなさい。
悠里がむすっとした顔で腕を組む。
「言ったでしょ。魔王に滅ぼされた世界だって。たぶん、どこを選んでも似たようなものよ。下手するとこれで一番マシという可能性もあるわ」
「うげぇ……」
毒沼瘴気が一番マシって、他はどんだけやばい世界なんだ。魔王に滅ぼされると普通はこうなるのか? 元々は爽やかな風が吹く緑豊かな世界だったんだろうなぁ。
「ふむ、であれば他の世界の様子も見てみるか」
神剣を構えたクロウディクスが空中にテレビのモニターみたいなものを四つ出現させた。それぞれにここではないどこかの景色が映し出される。
謎の機械が散乱している荒野。
崩れた遺跡がある常闇の大地。
鬱蒼と生い茂りすぎている大森林。
炎とマグマだらけの火山。
これらは俺が選ばなかった他の四つの世界ってことか。
「クロウディクス、お前そんなことできたのかよ?」
「全ての世界は私の物だ。自分の物を覗くくらい容易い」
「その考え方だけは理解できねえけど、そういうことできるなら選ぶ時にやってくれよ!?」
「それではつまらんではないか。貴様は男のくせに冒険心というものがないのか?」
「あるけど今はそういうこと言ってる場合じゃないからね!?」
最初からわかっていればもう少しマシな場所を選んだのに! どこ行っても冒険心はくすぐられそうだけども! いや火山はないな。
てか毒沼よりまともそうな世界が三つほどあるんですけど、俺くじ運なさすぎない?
「クロウちゃん、実際問題、この世界に陣を取っても大丈夫でしょうか?」
誘波がモニターを見ながらクロウディクスに問いかける。
「丁度今この世界の空間を把握したところだ。星の広さは地球と同等。だが、どこも汚染されていて人が住める環境ではないな」
「では、他の世界に移りましょうか? クロウちゃんの映像を見る限りだと、『旧太古世界』『旧異端世界』『旧軍事世界』は環境的に問題なさそうですが」
誘波は環境だけでは即死しそうにない三つを取り上げる。俺としては『旧異端世界』がいいかな。遺跡をそのまま自陣として活用できそうだ。
「しかしそう見えるだけで結局は過酷なのでは?」
「だとしても毒沼瘴気よりはマシだろ」
眉を顰めるセレスに俺は改めて周りを見渡す。でもその心配はわかる。映像で見る限り普通でも、実際は毒ガスが充満していたり、そもそも空気がなかったりする可能性もあるからな。
「アタシはここでいいと思うわ」
と、悠里が信じられない提案をしてきた。
「どうしてだ、悠里? 絶対他の方がいいだろ」
「マシな世界はとっくに他の魔王が入っているからよ。アタシたちはもう少し援軍が来ると言っても、魔王軍の戦力には到底及ばない。でもこの世界なら敵も物量で攻めるわけにもいかないわ。幹部未満の眷属だと、元々毒に対する強い耐性でもないと地面に立つことすらできないはずよ」
そうか、悠里は逆にこの致命的な環境を利用しようって思っているわけだな。
「なるほど、俺たちが充分戦えるほどの陣地を作ればなんとなるかもしれないんだな? だが敵は艦隊だぞ? 空から攻撃してきた場合はどうするんだ?」
「それならそれで的が大きくて狙い撃ちよ。船単位で纏まった敵を殲滅できるわ」
なんとも頼もしい提案だ。船からだと攻撃手段も限られるし、空に浮いているから遮蔽物もない。確かに格好の的だな。こっちの攻撃が届けばの話だが。
「ハハハ、面白いではないか。零児、私も貴様の幼馴染の案を推そう」
うわぁ、クロウディクスが賛成しちゃったよ。これはもう俺の一存ではどうしようもない気がしてきたぞ。
「事実、この世界に来ている魔王は我々を除くと――一人だ」
突然、視線を鋭くしたクロウディクスが神剣で虚空を薙いだ。すると、その空間がぐにゃりと歪み、シルクハットの道化野郎が姿を現した。
「ヒャッホホ! 話が纏まるまで出ないつもりだったが、気づかれていたとは流石だ!」
「てめえ、グロル・ハーメルン!?」
俺は即座に日本刀を生成する。リーゼも黒炎を、セレスも聖剣を構えてグロルを取り囲んだ。
「待て待て待て、私はゲームマスターだ。戦うつもりはない」
「なら、なにしに来たんだ?」
警戒は解かない。今、この場にいるのは俺・リーゼ・セレス・誘波・悠里・クロウディクスだけ。一度ラ・フェルデに戻ったアレインさんが援軍を連れてくるにも、監査局からの助っ人ももう少し時間がかかりそうだ。クロウディクスがいるとはいえ、まだ戦いは始めたくない。
「既に他世界では魔王たちが衝突している。そこで君たちが戦いになる前に、一つ用意してもらいたいものがあるのだ」
「用意してほしいもの?」
グロルは戦意がないことを示すように両手を挙げ、それでいて粘つくような笑みを浮かべて――
「魔王軍の、軍旗だ」
意味のわからないことを告げた。