一章 魔王たちの会合(7)
一つ、大きな問題があった。
「世界のパス、というか座標? みたいなものを渡されたのはいいんだが……」
俺は書簡の内容と睨めっこしながら、その重要な点に気がついた。
「どうやって次元を移動すればいいんだ?」
場所だけ伝えられても行く手段がないんだよ。なんなら緯度経度みたいな数字の羅列なんて貰っても困るっつーの。
「リーゼ、お前〝次元渡り〟はできるか?」
「無理。できたならあの世界で退屈してなかった」
「そりゃそうだ」
魔王のくせに〝次元渡り〟ができない残念な二人がここにいますよー。まさかグロルも〝魔帝〟の力を引き継いでおいて次元も移動できないとは思ってないだろうな。今はアルゴスにやり方を習うこともできねえし。
「あ、悠里は〝次元渡り〟できるよな?」
「できるけど、アタシはアタシが行ったことのある世界じゃないとランダムになるわよ? パスとか渡されても意味わかんないし。あとそんな頻繁にポンポン移動できないわ」
くっ、そう言えばそうだった。だが、まだ手はある。
「じゃあ誘波、人工『次元の門』はどうだ?」
「アーちゃんに確認してみないとわかりませんが、このパスを使って世界を繋ぐことは改造しないと難しい気がしますねぇ」
そんな時間はないですよね。あと数時間ですもんね。やべぇ詰んだ!
俺が不戦敗になったら、俺を目的にやってきた魔王たちはこの世界に集うよね? ゲームとかもう関係なしに。せっかくこの世界は巻き込まないように会合で取りつけたのに無駄になっちまう。
どうしよう?
「陛下であれば可能だろう」
そう提案してきたのはセレスだった。
セレスの言う陛下とはつまり――
「クロウディクスか!」
「陛下とお呼びしろ零児!?」
聖剣ラハイアンの鞘で頭をしばかれた。俺は別にラ・フェルデの民じゃないんだからいいだろ。いやまあ、王様だから敬うのが普通なんだけどね。どうもクロウディクスに対しては敬語を使いにくいというかなんというか。
「零児、貴様、陛下に負けたことをまだ根に持っているのか?」
「そ、そんなことねえよ!?」
あれから俺も魔王になるくらい強くなったんだ。今戦ったら……あ、いや、今は力が三分の一になっていました。まだ勝てる気がしません。
「確かにクロウちゃんならそのパスで次元移動が可能でしょう。手伝ってもらえるか連絡した方がよさそうですね」
誘波がそう言うと、周囲の空気が不自然に流れ始め、俺たちを包むほどの緩やかな風の渦を形成する。一気に転移するつもりらしいな。
「時間がありません。すぐに本局へ戻り体勢を整えます。申し訳ありませんが、レイちゃんたちの修学旅行はここまでです」
「しょうがねえよ。魔王に襲撃されちゃ修学旅行どころじゃない」
荷物はホテルに置きっぱだが、そこは桜居辺りが上手くやってくれるさ。なんなら第二十八支局にでも預かってもらっていればいい。
「では戻りますよ」
風が強まり、視界が一瞬ブレる。
夜の京都市街だった景色は一変し、見覚えのある建物の屋上に移る。目の前には神社の鳥居に似た建造物があり、屋上から眺められる景色は間違いなく俺たちが住んでいる街だ。
山が一部消し飛んでいるようにも見えるが……アレはネクロスの魔力砲でやられた傷跡だよな? 確か〈現の幻想〉で隠していたはずだぞ。
そうか、『王国』が攻めてきたって言ってたな。そのせいで解除されたのだとすれば、街のパニックを収めるために局員たちがてんやわんやしてるのが目に浮かぶよ。
と、その時――
「待っていたぞ」
背後から声をかけられた。
慌てて振り返ると、そこには金の刺繍が入った王衣を纏った金髪男と、褐色のマントを羽織った翠髪の男が立っていた。
セレスが目を見開く。
「陛下!?」
「クロウディクス!? アレインさんも!?」
ラ・フェルデ国王――クロウディクス・ユーヴィレード・ラ・フェルデ。
聖剣十二将の総長――アレイン・グラリペル・キャクストン。
同盟国のような存在であるラ・フェルデのお偉いさんが二人顔を揃えていたんだ。セレスにとっては仕えるべき主君と上司。そりゃ驚くよ。
「零児! 陛下とお呼びしろと言っているだろ!」
眉を吊り上げ、再び聖剣ラハイアンの柄に手を伸ばすセレス。今度は剣を抜くつもりだと身構える俺だが、そんなセレスを止めたのは当のクロウディクスだった。
「よい。呼び方程度でそう目くじらを立てるな、セレスティナ。私は気にしていない」
セレスはぐぬぬと歯噛みして剣を引いた。知ってたけど寛大な王様で助かった。危うく不敬罪で切り捨てられるとこだったよ。
「誰?」
「知らない。でも、強いのはわかる」
クロウディクスと直接会ったことのない悠里とリーゼは困惑顔をしていた。時間がないから二人には後で紹介しておこう。
「こちらから呼ぶ前にクロウちゃんがここにいるということは、概ね事情は把握していると思ってよろしいですか?」
誘波がニコニコと微笑みながら訊ねた。手間が省けて幸いです、とでも思ってそうだな。
「この世界からかつてないほど巨大な次空の揺らぎを観測しました」
そう答えたのはクロウディクスの斜め後ろに控えていたアレインさんだった。なんでアレインさんだけさん付けしてるのかって? 尊敬しているからに決まっているだろ。俺と同じ苦労人の臭いがします。
「次元的な繋がりを持つラ・フェルデにも余波が轟くほど大きな揺らぎでした。ただ事ではないと判断し、こうして勝手ながら駆けつけた次第です。誘波殿、どうかお許しを」
「畏まらなくて大丈夫ですよぅ。それにクロウちゃんが勝手に来ることはよくあることですぅ」
「陛下?」
「コホッコホッ! 事情はその程度しか把握していないが、推測はできる。『王国』が動いたのでなければ魔王だろう。それも一体二体の話ではあるまい」
鋭いな。普段は放浪癖のあるサボり魔国王だってのに、それでも人の上に立つ器と強さを持ってやがるからずるい。
俺は悠里とセレスにも話した内容を簡潔にまとめて説明した。
「なるほど、白峰零児が魔王になったことはセレスティナからの報告で知っていたが……ふむ、まさかそのような面白い事態になっているとはな」
「どこにも面白い要素なんかねえよ」
愉快そうに笑うクロウディクスにげんなりしつつ、俺はグロルから送られてきた書簡を取り出した。
「それで略奪ゲームの舞台となる世界に行く必要があるんだ。クロウディクス、お前の次元を渡る力を貸してほしい」
俺は書簡をアレインさんに手渡す。そうやって遠回りして受け取った書簡にざっと目を通したクロウディクスは、特に悩む素振りもなく――
「これが世界のパスか。ふむ、構わん。我が神剣ユーヴィレードであれば世界を繋ぐことなど容易い」
「よし、これで移動の問題は解決だな!」
あっさり承諾してくれたよ。
「なら次の問題ね」
と、クロウディクスたちが何者なのかはなんとなく察してくれたらしい悠里が話を進める。
「アタシたちの拠点を作る必要があるけれど、零児はどこの世界を選ぶつもりなの?」
「俺が決めていいのか?」
「私たちのリーダーはレイちゃんです。だからレイちゃんが決めてください」
「そうだな……」
俺は改めて書簡の内容を見る。ぶっちゃけ、文字の意味がわかるだけで具体的にどういう世界なのかさっぱりだった。
「レージレージ! 三つ目がなんとなく楽しそう!」
「旧軍事世界……その辺に地雷とか埋まってそうで嫌だな」
どの世界にも『旧』がついてるってことは、やっぱり一度滅んだ世界ということだ。旧世界の名残があると考えれば、比較的安全そうなのは一つかな。
「どこ選んでも変わんなそうだが……最初の自由世界ってとこが一番マシっぽい響きだ。ここにしよう」
世界選びに悩んでいられる時間もないしな。ここは男らしくパッと決めちまった方がいい。それでやべー世界だったら、その時はその時だ。
「陛下、世界を滅ぼせる力を持つ魔王軍が六つ。さらに『王国』まで関わって来ているとなると、我々も力を貸さないわけにはいかないでしょう」
「ああ。だが、残り数時間で軍を動かすことは不可能だ。今動ける少数精鋭でどうにか迎え撃つしかあるまい」
クロウディクスとアレインさんは難しい顔で何事か相談している。どうやらありがたいことに俺たちに加勢してくれるようだな。
「監査局の方は既に声掛けしています。海外にも応援要請を出しているので、それなりの人数は見込めるかと。それに伴う戦力の穴は、この世界でしか異能を使えない影魔導師連盟の方々にお願いして埋めてもらいます」
誘波はいつの間にか風で局員たちに通達していたらしい。海外の監査局か。母さんくらいしか知り合いいないから接し方に困りそうです。〈言意の調べ〉は忘れないようにしないと!
「ラ・フェルデ側は動かせても聖剣の半数が限度だろう。まあなに、今回ばかりはこの私も参戦する。戦闘における数での不利は考えなくともよい」
「本来なら陛下には残っていただきたいのですが……」
「陛下が共に戦っていただけるなら非常に心強いです!」
頭を抱えるアレインさんに、瞳を輝かせるセレス。突然の事態だからラ・フェルデ側も混乱しそうだな。そこは上手いことまとめてくれ。
「私も当然参戦しますよぅ。戦いの場が他の世界であるなら、私が〈異端の教理〉で動けなくなることもありません」
「誘波も来るつもりなのか? ありがたいが、守護者が世界を移動して大丈夫なのか?」
「なにを言ってるんですか、レイちゃん。ここに世界を移動している守護者が三人もいるじゃないですか」
「あっ」
セレスにアレインさんにクロウディクス……確かに聖剣と神剣を持つ世界の守護者が別世界に渡っていた。じゃあ、問題はないのか。手続きくらいはありそうだけど。
誘波は最近目に見えた活躍がないせいか、とてもやる気に満ち溢れた笑顔で――
「うふふ、存分に暴れてやりましょう♪」
戦力差は絶対的だろうに、なんだかこれから戦う魔王軍が可哀想に思えてきたぞ。