一章 魔王たちの会合(3)
息が詰まるような重苦しい空気が円卓を支配していた。
「さてさて、皆々言いたいことはあるだろうが、まずは食事でもしながら自己紹介と洒落込もう! ここには互いに面識ある者ばかりではないからな! ヒャッホホ!」
そんな空気などお構いなしに、グロルがパチンとフィンガースナップをする。と、円卓上に見たこともないような料理の数々が並んだ。うん、実際見たことないな。なんだこの青色のスープは? 異世界の料理だろうね。
誰もが警戒して一切の料理に手をつけようとしない中、サイボーグの魔王だけが無遠慮に手を伸ばして鶏のレッグみたいな緑色の肉を口へ運んだぞ。いやだからお前食えるのそれ?
「これ、食べていいの?」
サイボーグの様子を見たリーゼがグロルに訊ねた。お嬢様、まさか食べる気ですか?
「どうぞどうぞ。皆様もご安心を。別に毒も呪いも仕込んでなどいない」
そうは言うが、肉もスープも色が毒々しすぎて食欲がわかないな。そもそもこんな状況で飯が喉を通るほど俺は無神経じゃないんでね。
「レージ大変! これすごく美味しい!」
「そ、それはよかったね」
パンに紫色の野菜? みたいなナニカを挟んだものを食べたリーゼが感動におめめをキラッキラさせてるよ。美味しいってまじか。こんなセレスが作ったような見た目してんのに。
「ふむ、誰も自分から名乗ろうとしないのは些か寂しいかな。ならばここは僭越ながら私が皆様の自己紹介の代役を務めよう」
円卓を立ったグロルは大仰に両腕を広げ、ダンスをするように一回転。そして炎の髪をした褐色少女の後ろへと回り込んだ。
「ここに座りし炎髪の少女は、数多の世界を火の海に沈めてきた『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリス! 連合内序列十九位の侯爵である!」
ぶわっと。
炎髪少女の周辺の熱量が爆発的に増加した。凄まじい怒りを込められた視線でグロルを睨んだぞ。
「『呪怨』テメェ、よくもウチの眷属艦を沈めやがったな。ゲームのルールによってはテメェから消し炭にしてやるから覚悟しとけよ!」
「ヒャッホホホ! それは恐い! でもアレは君の配下が先に手を出したのだ。私は正当防衛をしたに過ぎん!」
震え上がりそうな怒気にもグロルは微塵も怯まずお道化て返した。この場では奴がルール。それをわかっているからか、炎髪少女――フェイラは感情のまま手を出す真似はせず舌打ちした。
「チッ……おい『概斬』! 真っ先に手ェ出したのはテメェんとこだろ? 黙ってないでなんか言いやがれ!」
フェイラは隣の席に座る侍風の青年に矛先を向けた。奴は逆に落ち着きすぎだな。閉じていた目を薄く開いただけで、物静かな雰囲気そのまま口を開く。
「……アレは呪いを斬れなかった某の眷属が未熟だっただけの話。『呪怨』殿を責めるつもりはござらん」
喋り方まで侍っぽいぞ。実は日本から生まれた魔王だったりしないよね?
「ヒャッホホ! 彼は『概斬の魔王』切山魈。連合内序列十位の公爵にして、やはり数多の世界を文字通り真っ二つに斬り裂いてきた強者だ!」
じゃあ違うな。もしこの世界から生まれていたらとっくに滅んでいるはずだ。というか、奴が紹介されたら他の連中が息を呑んだぞ?
――気をつけるがよい、零児よ。公爵以上の序列を持つ者は概念より生まれし真性の魔王が多い。彼の『柩の魔王』と同格かそれ以上だと思え。
俺の中からアルゴスが警告してくる。マジかよ。ネクロスと同格ってだけでもやべえのに、それ以上かもしれないだって?
――〈異端の教理〉を使えるのも基本的には公爵より上の魔王たちだ。
となると、やっぱりグロルもかなり上の地位にいるってことだな。
「続いて続いて、機械のくせに私の用意した料理を美味しく食べている彼は『鐵の魔王』MG-666! 連合内序列二十一位の侯爵である! 高度に発達したAIが人類を滅ぼして魔王となったのが彼だ!」
「オカワリヨコセ」
「ヒャッホホ! この食いしん坊め!」
いつの間にか円卓の料理はあいつとリーゼが食べつくしていた。リーゼはもう満足そうにお腹を擦っているが、あのサイボーグは大皿をグロルに突きつけてやがる。食料をエネルギーに変換する機能でも搭載されてんのかね?
グロルは奴の前にだけ大量の料理を出現させると、ステップを踏んでその隣にいるトゲトゲ虫々しい男へと近づく。
「そしてそして、このムカデと戯れている男は『蛇蝎の魔王』フィア・ザ・スコルピ! 連合内序列三十六位の伯爵だ!」
お、こいつは以外と序列が低いな。何位まであるのか知らんけど。
「言っとくがぁ、序列と実力が同じだと思うんじゃあねえぞぉ。オレ様はまだ魔王として新参なだけでぇ、まだまだ上り詰めている最中だからよぉ。ここで『千の剣』を討ち取ったら、次はあの憎たらしい『白蟻姫』を食いちぎってぇ、やがて〝魔帝〟となる『喰蟲』様の右腕にしてもらうんだぁ」
男――フィアはクツクツと嗤いながら他の魔王たちにガンを飛ばした。ねっとりとした喋り方が嫌悪感を誘うな。『白蟻姫』とか『喰蟲』とかやばそうな名前も聞こえちまった。
「〝魔帝〟で最強はわたしよ!」
「あぁん? 『黒き劫火』を引き継いでるだか知らねえがぁ、旧時代は黙っとけよぉ!」
「レージこいつ燃やすわ!」
「落ち着けリーゼ。ここじゃ争えないルールだ。後にしとけ」
フィアと睨み合って火花を散らすリーゼをどうにか宥める。もうやだこの空気。さっさと済ませてお帰り願いたいもんだ。
と、ガタリと椅子を引いて修道服の女性が立ち上がった。憐憫を孕んだ儚げな表情をしたそいつは、大きな胸の前で十字架を握って祈るように天を仰いだぞ。
「ああ、それがあなた方の罪ですね。罪を償うには死あるのみです。関係した世界ごと滅びましょう」
「え? なにこの人めっちゃ怖いこと言い始めた……」
他の魔王もやばいが、なんか絶対関わっちゃいけないものを今の一言でひしひしと感じるんですけど。
「ヒャホホ、彼女は『贖罪の魔王』エルヴィーラ・エウラリア。連合内序列二十七位の伯爵。極端すぎる罪と罰の考え方から聖職者にして魔王の烙印を押された狂人だ!」
「唯一まともそうに見えてたのにやっぱり魔王だなくそう!?」
寧ろこんな魔王会合に参加する修道士って時点で一番まともじゃなかったな。
「そして……」
ずっとお道化ていたグロルが、なにやら躊躇するような反応を見せたぞ。奴の視線の先には、ほんのりと存在している影のような魔王……。
「うん、まさか君がやってくるとはこの私も想定外だった。引っ搔き回すつもりだけなら帰ってもらった方が助かるのだがね、『仄暗き燭影の魔王』ンルーリよ」
「……」
影はなにも答えない。ただゆらゆらと揺れているだけだった。それはそれで不気味すぎる。
「ヒャホホ、まあいい。イレギュラーはイレギュラーでゲームを盛り上げる要素となる」
「その影はなんなんだ? まったく紹介になってないぞ」
俺は影を指差してグロルを問い詰める。
「『仄暗き燭影の魔王』を紹介する意味があまりないのだ。その辺に差す影と思っておけばいい。ただ、序列は最下位――七十二位の『総裁』とだけ言っておこう」
つまり連合に所属している魔王は七十二体ってことか。〝魔帝〟は空席って言うし、ネクロスは俺が倒したから欠番もありそうだけどな。
だが、最下位に対する態度じゃないのは気になる。『仄暗き燭影の魔王』ンルーリ……一体何者なんだ?
「紹介を続ける。こちらのお嬢さんが『黒き劫火の魔王』の二代目。リーゼロッテ・ヴァレファール。〝魔帝〟を名乗っているようだが、連合には所属していないから序列もない」
「わたしが一番よ!」
「ヒャッホホホ! ゲームに勝てばあるいはそうなるかもしれないな!」
愉快そうに笑ったグロルは、最後に俺を見て恭しく一礼した。
「そしてお待ちかね、皆が様々な思惑の下で狙いを定めた〝魔帝〟の後継者――『千の剣の魔王』白峰零児!」
「いや、リーゼの時もだがなんで俺の名前を知ってるんだ?」
初対面のはずだし、俺らは魔王連合に所属してないんだぞ。
「私は事を起こす前に念入りに調査する質でね。『柩の魔王』との戦いもしっかり見物させてもらった! ヒャッホホ!」
アレを見てたのか。だから俺を『千の剣』と称したわけだな。
「そしてこの私、『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンを含めた合計九人の魔王によるゲーム! その内容を今から皆で平和的に話し合って決めてもらおうではないか!」
くるくると回って自分の席へと戻ったグロル。ここからが本番だとばかりに魔王たちの緊張感がより一層高まった。
その時――
「キヒッ、いいや違う。参加する魔王は十人だよ」
聞き覚えのある声が、どこからともなく円卓の広間に響き渡った。
「むっ!?」
わざとか本気か、驚いた様子のグロルが部屋の入り口へと視線を向ける。だが扉は開かず、代わりに渦巻く真っ白い穴のようなものが空間に出現した。
俺はアレを知っている。
「これは、〈夢回廊〉!? てことはまさか――」
誘波は取り逃がしたと言っていた。
それがまさか、ここに現れるのか?
「ボクも混ぜてよ、『呪怨』のお兄さん。魔王なら飛び入り参加もオーケーだよね?」
そこから現れたのは、予想通り、一反木綿のような白い布を裸体に巻いただけの少女だった。
『王国』の第二柱執行騎士――〝夢幻人〟ゼクンドゥム。
「ヒャッホホホ! これは面白い! いいだろう、まだ会合は始まっていない」
可笑しそうに笑うグロルは指を鳴らして円卓に椅子を一つ追加した。よりにもよって俺の隣だ。
「君の参加を歓迎しよう――『現夢の魔王』よ」