一章 魔王たちの会合(2)
東寺の上空に聳える西洋風の城は、赤紫色を基調とした禍々しいデザインをしていた。まるでノイシュバンシュタイン城を一度握り潰してなんとか元の形へと戻そうとしたような歪さを感じるよ。
まさに魔王城。転移した門扉の前から見上げるだけでもかなり悪趣味だとわかるな。
ゴゴゴゴゴゴ、と重たい音を立てて門が開いていく。
その向こうに、デフォルメされたペンギンのような丸っこい生き物が立っていた。シルクハットを被り、片手にステッキを握っている。なんかゆるキャラみたいで可愛いな。でもたぶん、こいつは『呪怨の魔王』の眷属だ。
「ようこそ、いらっしゃいました。『千の剣の魔王』様と、『黒き劫火の魔王』様でございますね」
ペンギンは渋いバリトンでそう言うと、恭しく一礼してからくるりと背中を向けた。ついて来いってことかな。
殺気は感じない。ここで一戦やり合うつもりはないようだ。
「レージ、アレは燃やしていいと思う?」
「やめとけ」
こちらのお嬢様は戦る気満々だった。頼もしいような危ういような。話し合いの場に連れて来てよかったのか心配になってきたぞ。
「他の魔王様方は既にご到着されております。あなた方で最後です」
俺たちの前を歩くペンギンはお尻についた小さな尻尾をふりふり。ペタペタと歩く姿も魔王の眷属とは思えない愛らしさがある。
「気になってたんだが、『千の剣の魔王』ってのは俺のことでいいんだよな?」
俺は魔王となったことで自分の能力を『千の剣』だと認識はしている。だが、それを魔王の通り名として吹聴した覚えはない。
「ええ、我が主がそのようにあなた様をお呼びしております。なんでも我が主はかつての〝魔帝〟アルゴス・ヴァレファール様の大ファンでございまして。彼のお方であればそう呼称するであろうと仰っておりました」
こちらを振り向くことなくペンギンは淡々と告げた。アルゴスの名が出てリーゼがむっと膨れっ面になっているよ。
――『呪怨』か。懐かしい名だ。
俺の中でアルゴスが感慨深そうに呟いた。俺が緊張しているせいか、意識が覚醒状態になっているらしい。というか、やっぱり知ってるのか?
――奴は魔王連合の最古参に数えられる一人である。頻繁に派閥を変える蝙蝠かと思えば、その実どこにも属することなく常に俯瞰した場所から物事を面白おかしく支配しようとしていた。
まさに今回がそれだな。
――最古参の魔王なだけあって奴は強い。多少名を上げた程度の魔王では逆らうこともできまい。
だから他の魔王も大人しく従ったのか。やんちゃな魔王の配下が返り討ちに遭ったことだけが理由じゃなさそうだ。
「着きました。どうぞ、お入りください」
ペンギンが立ち止まる。そこは城の最奥部にあると思われる大きな扉の前だった。扉は閉まっているが……やばいな。既に中から化け物の気配がビンビンしやがる。
一、二、三……六つのクソでかい魔力と、それより数段劣るもののやっぱりでかい魔力が六つ。『呪怨』以外の魔王と眷属が勢揃いってことだな。悪いね、待たせちまって。
開けたくねえが、行くしかない。
生唾を呑み、覚悟を決め、俺は両開きの扉を思いっきり開け放った。
瞬間――ブワッと。
凄まじい力の奔流が暴風のように押し寄せてきた。思わず腕で顔を庇ったのも数秒。すぐにその圧力は落ち着き、部屋の中が一望できるようになった。
「ははっ、いるいる。やべぇ奴らが」
乾いた笑いが漏れる。部屋の中心には巨大な円卓が置かれていて、それを囲むように六人の人影が座ってやがる。もう六人は一人ずつそいつらの後ろに立っているな。
一人目。燃えるような、いや、実際に燃えている炎の髪をした褐色少女。黒いビキニにマントという露出度の高い恰好をしている。イライラしているのか円卓を指で何度も小突きているみたいだが、そのせいで周囲の空気が陽炎のように歪んで見えるよ。背後に立つ眷属は全身炎に包まれた魔人。あの一角だけやたら暑苦しいぞ。
二人目。時代劇に出て来そうな裃を纏った侍風の青年。静かに目を伏せて微動だにしていないな。腰には二本の刀を佩いている。背後の眷属は落ち武者のような甲冑野郎で厳ついなぁ。
三人目。近未来からやってきたような黒光りする機械男。サイボーグって奴かな。微かな駆動音を響かせて手を伸ばし、出されていたティーカップを口に持っていく。いやお前飲めるの? 背後の眷属も同じくサイボーグの女っぽいな。
四人目。巨大なサソリのような尻尾を持つ男。暴走族にいそうな刺々しい衣装を身に纏い、腕に這わせたムカデと戯れている。見るだけで嫌悪感がマッハだな。眷属も蜘蛛を擬人化したような女だし。
五人目。豪奢な修道服を纏った金髪の美女。巨大な十字架を円卓に立て掛けていて、なにかに祈るように瞑目して手を合わせているよ。なんかこいつは比較的まともそうな印象。でも魔王なんだよな。眷属もシスターだ。
六人目。こいつはよくわからん。ぼやっとした人型の影が椅子に座っているようにしか見えない。後ろに立つ眷属も同様だ。
「気をつけろよ、リーゼ。間違ってもいきなり喧嘩売るなよ」
「む? わかった」
合計十二人。果たして俺は生きて帰れるんだろうかね?
と――
「レディースエェーンジェントルメェーン!」
大部屋の天井から耳障りな声が響く。
「名立たる魔王たちよ、会合へ参加いただき感謝する。ヒャッホホ、正直全員集るとは思っていなかった!」
ポン! と間抜けた破裂音と共にシルクハットが出現し、そこから生えるように道化風の男が姿を見せる。俺たちをこの場に集めた『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンだ。
魔王たちの鋭い視線が一斉に奴へと集中する。
それだけで普通の人間なら百回は死にそうな威圧感だ。
「いつまでも入口に立っていないで座りたまえ、『千の剣』に『黒き劫火』セカンド」
グロルの野郎が俺たちにも着席を促す。円卓の魔王たちも視線を俺たちに移した。検分するような視線、嘗め回すような下卑た視線、どこか憧憬を含む視線、強い感情を滾らせた視線。俺を目当てにやってきた魔王たちだ。全員が興味関心を持っている。
魔王になる前の俺だったらチビってたかもしれんな。
「ヒャホホ! まあ、そう身構えるな! この場での争い事は禁止している! 安心して座るといい!」
「……本当だろうな?」
「疑うなら試してみるがいい」
グロルがひょいひょいと指で自分を攻撃してみろと示す。俺はリーゼと目配せしてから、一本の刀を生成してグロルに投げつけた。同時にリーゼも黒炎の弾丸を射出する。
しかし、俺たちの攻撃はグロルに届く前に幻みたいに消えちまった。他の魔王たちが無反応なところを見るに、あいつらも既に試した後なんだろうな。
ここはグロルの城。奴がルールってことか。
「座るぞ、リーゼ」
「ここじゃ燃やせないのね。つまんない」
退屈を嫌うリーゼは不満そうだったが、俺たちは円卓の空いている席へと腰を下ろした。