一章 魔王たちの会合(1)
灰色の世界が色づいていく。
たぶん『呪怨の魔王』が展開していた〈異端の教理〉が解除されたみたいだな。京都上空にひしめいていた魔王艦隊も姿を消してやがる。
夢だったとは思わない。
奴らはいる。見えないだけで、そこに。
「一度、本局に報告しましょう」
ジル先生がそう言って携帯から電話をかける。だが、どういうわけか一向に繋がらない。何度もかけ直すが結果は同じだった。
まさか、先に魔王たちがそっちを襲撃していた可能性が……?
――Trrrrn! Trrrrn! Trrrrn!
とその時、誰かの携帯が着信音を奏でた。今も本局にかけているからジル先生に折り返しが来たってわけじゃなさそうだ。
「あ、俺か。――って誘波からだ!」
俺にかかってくるのかよ! 今ジル先生が頑張ってかけてんのに!
『こちらIZN3。こちらIZN3。星空がよく見えるいい夜です。京都はどうですか? オーバー』
「お前は第一声でボケないと死んでしまう病かなんかなの?」
まったく、こっちはいちいちお前のボケに付き合ってる暇はないんだよ。まあ、とりあえず無事っぽいな。
「誘波、そっちに魔王は行ってないんだな?」
『どこの魔王ちゃんかは知りませんが、来ていませんねぇ。「王国」の襲撃だけです』
「それならよかっ――は?」
今、こいつさらっとなにを言った?
「待て待て待て、『王国』の襲撃だって!? 聞いてないぞ!?」
俺の言葉で事態を察したセレスたちも神妙な顔をして息を飲んだ。なんだよそれ。電話で八ッ橋の土産頼んでる場合じゃなかっただろ。
『さっきようやく終息したんですよぅ。襲撃者はカーインちゃんとゼクンドゥムちゃんだけ……しか確認できませんでしたが、本局も一部破壊されましてエリカちゃんを奪われました』
「なっ!?」
日本異界監査局本局である伊海学園に軟禁していた『王国』の執行騎士――望月絵理香。いつまでも放置されていたから見捨てられたのかと思っていたが……くそっ、俺たちがいなくなって戦力ダウンするタイミングを見計らってたってことかよ。
「カーインとゼクンドゥムは?」
『そちらも逃げられてしまいましたねぇ。私としたことが不甲斐ないですぅ』
カーインの名前を聞いてセレスがピクリと反応した。あいつはセレスの師匠だった男だからな。セレスがいつでも元の世界に帰れるのに残ってくれているのは、カーインを止めるためって理由もあるんだ。
『大暴れされましたが復興に入っているのがこちらの状況ですぅ。レイちゃんたちはどうなっていますか? 先程魔王がどうのと言ってましたけど』
向こうの詳細も気になるが、こっちはこっちでもっとやばい問題が山積みだ。俺はガルワースとルウのことも含め、現在の京都に複数体の魔王が出現していることを説明した。
『あらあら、それは修学旅行どころじゃなくなりましたねぇ』
「最初から監査官の修学旅行なんてあってないようなもんだろ」
一応いろんな文化遺産を回れたと言えば回れたが、全部任務だったからゆっくりしている余裕なんてなかった。全部片付いたら個人的に休み取って旅行でもしてやろうかな?
『しかし、困りましたねぇ。恐らくゲーム中は〈異端の教理〉を展開するはずです。前回の件でアーちゃんに研究させていますが、今回も守護者の力はあてにならないと思ってください』
「だよなぁ……」
あの灰色の世界に入ると誘波は活動できなくなる。守護者……この世界を守る四大精霊の誘波は『純粋なこの世界の存在』にカウントされちまうからだ。まったくなんて結界を開発しやがったんだリーゼの親父さんは。
『こちらが落ち着けば可能な限り応援を向かわせます。すみませんが、それまでどうか凌いでください』
「ああ、わかった」
そこで通話は切れてしまった。しばらくは俺たちだけでなんとかしないといけないのか。なかなか無茶だが、相手は魔王だ。下手に援軍を送られても返り討ちにされちまう。
「零児、誘波殿はなんと?」
セレスが早く詳細を聞かせろと目で訴えてくる。
「魔王じゃなかったけど、向こうは向こうで『王国』の襲撃を受けていたらしい。だからすぐの援軍は期待できないっぽい」
「やはりそうか……」
難しい顔をして唸るセレス。本当に聞きたかったのはそこじゃないんだろうけど、今は空気を読んだらしくそれ以上は追及してこなかった。
「それで、アレはどうするつもり?」
悠里が視線を斜め上にやる。東寺の頭上に構える西洋の城は健在であり、〈異端の教理〉が解かれたことでちょっとした、いやかなりの騒ぎになっていた。山が真っ二つになって燃えているのもパニックを加速させてやがる。
「どうもなにも、乗り込むしかないだろうな」
「『呪怨』は〈魔王たちの会合〉って言ってたわね。だったら本当に魔王と眷属しかあの城には入れなくなっているはずよ」
魔王に詳しい勇者の悠里がそう言うのなら、そうなんだろうね。
「ああ、だから俺とリーゼで行ってくる。リーゼ、いいか?」
「当然よ。〝魔帝〟で最強のわたしを無視してなんか楽しそうなことするなんて許さないんだから!」
「楽しそうなことて……」
ふんすと鼻息を吹くリーゼ。お嬢様はいつも通りで安心したよ。
「街の人たちはワタシたち支局でなんとかするアル」
「正直、ワタシたちじゃ足手纏いヨ」
リャンシャオとチェンフェンは僅かに顔を青くしていた。地形を変えるほどの一撃、そしてそれをくらっても平然としている存在を目の当たりにしたんだから当然の反応だろう。
悠里が顎に手を持っていく。
「会合があるならまだゲームはしばらく始まらないわね。アタシたちも支局を手伝うわ。可能な限り被害が出ないように準備しなきゃ」
「うむ、悠里殿に賛成だ」
「それなら、私たちは一般生徒と教員をなるべく遠くに避難させるわ」
「知っている。京都は戦場になる」
悠里、セレス、ジル先生にバートラム先生も、それぞれでやるべきことを全うすべく動き始める。
「みんな、頼んだぞ」
そして俺とリーゼ以外いなくなった夜の大通りに、赤紫色の魔法陣が出現した。少し様子を見てもなにもないから、たぶんこれは転移陣だな。
「これに入れってことか」
ここで罠ということはないと思いたいが、行かないことには始まらない。いや、行かなくても始まるがその時は最悪の結果になってしまう。
意を決し、俺とリーゼは転移の魔法陣へと踏み込んだ。