序章
「さあさあ、ルール無用の略奪を始めよう!」
京都の空を覆い尽くす魔王たちの艦隊。空中に浮遊するシルクハットの男が、それらに向かって両手を大きく広げてそう宣言した。
世界が一瞬にして灰色に染まる。あのシルクハットの男か、それとも他の魔王か、誰かは知らないが〈異端の教理〉を使ったみたいだな。『純粋なその世界の存在』を完全に停止させる対守護者用封絶結界。邪魔はさせないってことかよ。
――あの数の魔王軍が一斉に攻めてくる。
地上で身構える俺たちを嘲笑うかのように、シルクハットの男は飄々とした声で口を開く。
「――と、言いたいところだがしかし! この数の魔王が同時に暴れては目的を達する前に世界が滅びかねない! ヒャッホホ、それでは困るというもの!」
まるでピエロのようにその場でくるりと回ったシルクハットの男は――パチン! 京都中に響くほど大きく指を打ち鳴らした。
「そこでどうだろうか、魔王諸君! たまにはルールありのゲームに興じてみるつもりはないかね? 無論、ゲームマスターはこの『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンが務めさせていただく!」
シルクハットを取って恭しく紳士然と一礼してみせる男。『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンって言ったな。やっぱりあいつも魔王の一人か。
ん? なんだ? 空に浮かぶ艦隊の一隻がキラリと煌めいて――
瞬間、グロルの体が背後の山ごと真っ二つに両断された。さらに別の船から紅蓮の炎が放射され、分かれたグロルの体を容赦なく焼却しやがった。
どういうことだ? 仲間割れか?
混乱する俺たちの視線の先で――ドゴォオン!!
グロルを葬ったと思われた船二隻が、片方は真っ二つに割れ、片方は赤々と燃える炎に包まれて落下した。
「ヒャッホホホ、ゲフッ! いきなり攻撃とはなんとも不作法! 眷属の躾がなっていないのではないかな、『概斬の魔王』に『煉獄の魔王』よ!」
明らかなダメージは受けているものの、グロル・ハーメルンは何事もなかったかのように浮遊していた。斬られたり焼かれたりした体はすっかり元通りに戻ってやがる。
それ以降、グロルに攻撃するような船はなくなった。今のを見た感じ、奴に攻撃すると全部跳ね返ってくるんだろう。だから迂闊に手は出せない。
「……ふむ、あの辺りでよいだろう」
グロルはなにやらキョロキョロと京都市内を見回すと、東寺の上空に巨大で鮮やかな赤紫色の魔法陣を展開した。
その魔法陣から……マジかよ。京都の情景をぶち壊しにし兼ねない西洋風の城が競り上がってきたぞ。
「半刻後、〈魔王たちの会合〉を開催する! ゲームの詳細はそこで詰めようではないか! 会合への参加資格は魔王とその眷属一名のみとする!」
そう宣告するや、グロルはシルクハットを目深に被って地上を――俺たちを見た。
「無論、お前も参加して構わないぞ、『千の剣の魔王』よ」
く、気づかれていたか。
「寧ろ参加しておくべきだ! でなければお前たちにとって都合の悪いルールばかりが適用されてしまうからな! ヒャッホホホ!」
都合の悪いルール? そうか、ゲームとやらの内容はまだ決まってないのか。それを魔王たちが集まって好き勝手決めていくとなると、確かに介入しておかないと大変なことになりそうだ。
参加するしか、ないな。
俺には眷属なんていないが、リーゼは『黒き劫火の魔王』だから参加できるだろう。レランジェがこの場にいない以上、二人で参加するしかなさそうだな。
「では諸君、また半刻後に会おう!」
最後にそう言い残し、『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンは空気に溶けるように消え去った。