五章 地下神殿の戦い(6)
斬り裂かれ、黒炎に呑まれた光の樹が力を失っていく。
「どうだ、これでもうお前らの計画はご破算だろ」
疲労で膝をつく俺だが、警戒は解かない。ガルワースには結局傷一つもつけられなかったからな。このまま戦闘続行される可能性もある。
「やれやれ、まったくなんてことをしてくれたんだ君は……」
肩を竦めるガルワースは、鷹のように鋭い目で俺を睨んだぞ。く、やはりやる気か!
と――
「オラァ! よっしゃやっと棺桶から抜け出してやったぞ! おいレイジ! 今度こそあたしと勝負……あん?」
グラウンドの方。砂の柩が殴り壊され、中から狼耳の少女が勢いよく飛び出してきた。ルウは多少の傷を負っているようだが、まだまだ元気だな。
参ったね。計画は阻止できたが、ここから俺は執行騎士二人を相手しなきゃならんわけだ。
「ぶっはははははっ! ガルてめえまんまとやられてんなー! なかなかやるじゃないか、レイジ!」
境内まであっという間に登ってきたルウは、光の樹がなくなっていることを見て怒るどころか爆笑し始めたぞ。計画の成否にあまり拘りがなかったのか?
「まだ終わっていないよ」
神剣を握ったまま、ガルワースは光の樹が生えていた場所を見詰める。
「悪足掻きはみっともないぞ?」
「そうじゃない。オレの計画は確かに潰されたよ。君が地脈を制御する術式を破壊してくれたおかげでね。同じ術式をもう一度組み上げるような時間はない」
「だったら、なにをしようってんだ?」
「強引に捻じ曲げた地脈のエネルギーが制御を失った。つまり――」
ゴゴゴゴゴゴッ!
地鳴りのような音。光の樹があった場所から強烈な輝きが無作為に噴き上がってきやがった。
「このように暴走する。うん、このままでは魔王が来る前に京都は消滅してしまうだろうね」
「なっ!?」
俺がぶっ壊したから……だよな? でも、そうしなかったらしなかったで多くの犠牲が出ていたはずだ。
俺がやったことだ。後片付けを放棄なんてできない。でも、どうすりゃいいのかわからない。
「おい、なんとかなんねえのか!?」
ガルワースに意見を求める。こいつらも、こんな形で京都を破壊したくはないはずだ。
すると、ガルワースは虚空に指先で虹色の陣を描いた。それは一瞬だけ強く輝くと、砕け散るように空気に溶けて消える。
「これで我々が刺した『杭』は消えたはずだ。無論、極力歪みを減らすよう安全にね。いずれ地脈の流れは正常に戻るだろう」
「じゃあ」
「だが、それだけでは既にこちらに流れた力までは消えない。オレの虹で栓をしたとして、今度はそこら中から力が溢れて余計に大惨事だ。ついでに時間もない。オレと君の衝突でこの地下空間自体の崩壊も始まっている」
「――ッ!?」
ハッとする。地鳴りは収まらず、天井の破片が次々と落下してやがる。壁やグラウンドにもわかりやすくでかい罅が入っているよ。ここが完全に崩れるのも時間の問題だと嫌でも理解させられる。
「おいおい、やべーじゃねえか! ガル、さっさと逃げるぞ!」
ルウが顔を青くした。流石の拳狼様でも地盤事殴り飛ばすことはできないらしいな。
「今逃げても結局地脈の暴走に巻き込まれるだけだ」
ガルワースは腕を組んで噴き上がり続けるエネルギーを見上げた。
「冷静だな。なにか手があるんじゃないか?」
「さあね。ただ、君ならなんとかできる可能性はあると思うよ」
「俺?」
「地脈のエネルギーは、要するに星の魔力だ」
ガルワースの言葉を、俺は一瞬理解できなかった。
だが、次の一瞬で悟る。
「そうか!」
すぐに俺は噴き上がるエネルギーへと駆け寄った。
「俺が、行き場を失った分を全部奪っちまえばいい!」
「わふ、すごいなレイジ! そんなことできんのか!」
左手の能力。俺の種族的な力――〈吸力〉。そいつで全部吸い尽くしてしまえばいいんだ。
「わかっているとは思うが、これは賭けだよ。ほんの一部とはいえ星の魔力。たかが人の器に収まり切るかどうかわからない。吸い切る前に地下空間が崩壊するかもしれない」
「だとしてもやるしかねえだろ!」
ガルワースの忠告はもっともだが、俺はリーゼやネクロスの魔力を吸っても未だ容量の底が見えない。たとえ大して吸収できずにいっぱいになったとしても、その傍から出力し続けてやればいいんだ。
左手で地脈の光に触れる。とてつもない魔力が俺の中へと流れ込んでくる。
「く、そ……」
なんて強い力だ。俺の中に入ってくるや暴れ回ってやがる。リーゼの魔力が暴走した時なんて比じゃないぞ。
それでも、抑える。抑えてみせる。
俺の中に入ったのなら大人しく俺の力となれ!
体が物理的に破裂しそうだが、それでも魔力はまだまだ吸える。俺の魔力胃袋は無限かよってくらい入る。
一分、二分、三分。
俺は放出することもなく地脈のエネルギーを吸って吸って吸いまくった。
やがて、暴れ狂っていた力は嘘のように消失した。
吸い切った俺は大の字になって背中から倒れたよ。ガルワースとの戦闘より死にそうだ。もう食えねえって感覚と似てるが、容量がいっぱいになったって感じじゃないぞ。嘘だろ、まだ入るの俺?
「驚いた。まさか本当に吸い尽くしてしまうなんてね。君の魔力容量はどうなっているんだい?」
「知らねえよ……」
こっちが知りたいくらいだ。ハーフの魔力容量恐るべし。
ガラガラドシャーン!
おっと、ついに天井が大きく崩れ始めたぞ。地鳴りがさらにうるさくなって、空間全体も揺れているな。
「おいガルやべーって! もうこの空間が持たねえ!」
「急いで脱出した方がよさそうだ。白峰零児君、君も地上に送ろう」
そう言ってガルワースが俺に手を差し伸べてきた。俺はその手を、すぐには取れない。
「いいのか? 始末するチャンスだぞ。俺はお前らの計画を台無しにしたんだ」
問うと、ガルワースはどこか優しげな目をして微笑を浮かべた。
「正直なところ、君に防がれたことでオレは安心したんだ。なるべく犠牲は出さないつもりだったけれど、オレたちのやり方だと決してゼロにはならない」
本当はやりたくなかったってことか? まるで犯人の言い訳みたいだな。
「それに計画が実行できなかった以上、次の対策として君という切り札を失うわけにはいかないからね」
そっちが本音か、あるいはどちらもか。
「やっぱり、あんたはいい奴だよ」
俺はガルワースの真面目さを信じることにして、その手を取った。