五章 地下神殿の戦い(4)
俺とガルワースは同時に踏み込んだ。
神速の居合抜きで振り払った日本刀を、ガルワースは長剣で易々と受け止める。その刃は虹色の光を纏っていて、下手に生成した刀だったら今の一合だけで消されていただろうね。
即座に俺は空中生成した数本の刀をガルワースに突き刺す。だが人間離れした動きで全て弾かれちまった。こいつ、剣術だけでも〝剣神〟と呼ばれていたカーインと引けを取らないぞ。
カーインが『剛』なら、ガルワースは『柔』だ。
虹の防御とまともに戦り合えるようになったとはいえ、俺の手数を持ってしても掠り傷一つつけることもできない。
ネクロスの足止めもタイムリミットが迫っている。そうなったら最悪ルウも加勢して二対一の構図。とことん不利だな。
だったら――
「手数より、一撃で決めてやる」
右手の日本刀を投げ捨てるように投擲。だが僅かに体を逸らされてかわされ、日本刀は光の樹の根本に突き刺さった。
問題ない。元よりそんな攻撃が通るとは思っちゃいない。
新たな武具を生成する。
炎のように揺らめいた、赤く禍々しい刃の両手剣。
〈魔武具生成〉――魔帝剣ヴァレファール。
赤の刀身に黒き劫火が宿る。
リーゼの、〝魔帝〟の魔力を取り入れたからこそ俺が唯一自由に使える異能武具。
「くらえっ!」
斬撃と共に黒炎が爆発する。それはガルワースを呆気なく呑み込み、奴が守っていた背後の光の樹をも焼き尽くす――ことはなかった。
「なるほど、これが噂に聞いた〝魔帝〟の黒炎か」
炎の黒に虹色が混ざったかと思えば、急速に勢いが殺されて空気に溶けるように消えちまった。
「なんとか相殺まで持ち込めたけど、オレの神霊術すら燃やし滅ぼすとは恐ろしい力だ」
そこには僅かに騎士服が煤け縮れただけのガルワースが立っていた。
「……魔帝剣も防ぐのかよ」
「正直、ギリギリだったよ。ここまでの力のぶつかり合いは故郷での決戦以来だ」
苦笑するガルワース。余裕ぶっているが、ギリギリだったのは本当だろうな。奴の絶対防御を貫いた俺の攻撃は、僅かだろうと確実にダメージを与えている。
それより、気になったのは奴の言葉だ。
「決戦? 魔王とでも戦っていたのか?」
ガルワースの世界もルウと同じように魔王によって滅ぼされたのだろうか? もしルウと同じ理由なのだとしたら、まだ理性的なガルワースの方が話し合いできそうだな。
と思ったが、ガルワースは首を横に振った。
「いいや、故郷ではどちらかと言えばオレが魔王のようなことをしていた。ああ、別に無差別に破壊や侵略をしようとしていたわけじゃない。ただオレは、世界を正すために多少強引で無茶なやり方を選択してしまっただけだ」
語りながら、ガルワースは剣先を俺に向けた。そこに虹の力が集中していることを悟るや否や、俺は即座に横に飛ぶ。刹那、剣先から放たれた無数の虹の槍がさっきまで俺のいた地面に突き刺さった。
あの虹は攻撃もできるようだ。だが、今の攻撃には殺気を感じなかった。まるで避けてくださいと言わんばかりに。
「やっぱり、あんたは悪人じゃねえな。なのに、なんで『王国』の執行騎士なんかになってんだよ!」
俺は長柄武器を生成し、地面を蹴ってガルワースに突撃する。刺突に構えられた俺の槍先を、ガルワースは剣の腹で受け流した。
「オレが魔王なら、勇者はオレの弟だ」
交差の一瞬で、耳元でそう囁かれた。
「考え方の違いで衝突し、危うく世界を破滅に導きかけたオレは最終決戦で弟に敗れたんだ。そして紆余曲折あって次元の狭間に放り出され――『彼女』に救われた」
「彼女……? まさか、『王様』は女なのか?」
「ハハハ、失言だったね。そこはノーコメントにさせてくれないかい?」
爽やかに笑いながら虹纏う剣が振るわれる。俺は左手に生成した短刀でそれを受け、ガルワースの足元から突き出すように槍を生成する。その奇襲も体を後ろに反らすことでかわされてしまったよ。
「とにかく、オレの故郷はオレのせいで深い傷を負ってしまった。こうして生き延びてしまった以上、オレはその責任を取らなくてはいけない。罪滅ぼしをしなければならない。だから『王国』が目指す『全次元の救済』に手を貸している」
宙空に生成から射出した刀剣をいとも容易く弾きながらガルワースは言葉を続ける。やっぱり手数でどうにかなる相手じゃないぞ。
それでも、一撃で倒せない以上は攻めて攻めて攻めまくるしかないだろ。
「あんたの世界一つ救うために、この世界や他がどうなってもいいって言うのか?」
「違う。そうじゃない。『全次元の救済』は当然、この世界も含まれている。君が気づいていないだろうが、この世界は特に歪だ」
「なに?」
俺はつい、武具の生成を中断してしまった。その一瞬の隙をつき、切迫したガルワースは俺の腹に蹴りを入れてくる。
「うぐっ」
呻き、後ろに飛んだ俺はどうにか受け身を取って構え直した。
ガルワースは地脈の力を吸い上げている光の樹を見上げながら――
「白峰零児君、君はこの世界が『標準世界』と呼ばれていることを知っているかい?」
「いいや、初耳だ」
自分の世界の呼び方なんて『地球』くらいしか知らない。いや、それも星の名前だ。宇宙全体を『世界』だと定義するのなら、呼び方なんて創造主にでも聞かないとわからん気がする。
「オレも聞いた話だけどね。ああ、世界の定義はこの星だと思っていい。宇宙にまで行くと空間を隔てた一種の別次元になってしまうからね」
俺の疑問点を察したのか、ガルワースはそう補足する。
「文化・文明・科学・魔法……この世界はあらゆる要素が平均的な水準だったからそう呼ばれていたらしいんだ」
高度に科学が発展したSFな世界。魔法が幅を利かせているファンタジーな世界。そんな無限にある世界を総合すると、俺たちの世界が『普通』だってことか?
過去形になっている理由は――
「だが、今は違う。君自身がそうであるように、この世界は他の世界と関わりすぎている。既に『混ざり合う世界』は進行しているんだ。緩やかにね」
「なんだと!?」
思わず目を見開いた。奴は隙だらけだってのに、今は攻撃を躊躇ってしまう。どういうことなのか聞きたいと思っている俺がいる。
「完全に混ざってしまった世界がどうなるのか、オレは故郷で思い知っている。一つの世界ですら差別や戦争はなくならないというのに、二つ以上が混ざった時の苛烈さは凄まじいよ。だからオレは世界をあるべき姿に戻そうとしたんだが……まあ、それは先程も言ったように弟に防がれてしまったけれど」
ガルワースは改めて俺を真っ直ぐ見詰め、どこか厳かに口を開いた。
「この世界も、早めに矯正しなければ『王国』や魔王に関係なくやがて滅びを迎えるだろう」
滅びる。
俺たちの、世界が。
「待て待て、だから『混ざり合う世界』を起こそうとしているのはお前らだろうが!? 言ってることがめちゃくちゃだぞ!?」
「正確には早めようとしている。もっとも、それはあくまで最終目的のための過程。救済のために必要な処置だ」
まさか、全部を救うために全部を一旦リセットするとかいう破壊神的な考えじゃないだろうな? だとしたらなんとしても止めないといけない。
それに――
「もしかしてあんたは、同じ過ち繰り返そうとしているんじゃないか?」
「ハハハ、おかしなことを言う。オレはオレの選択に後悔してなどいない。それは無数にある正解ルートの一つ。間違いだったとも思っていないよ」
キラキラ、と。
ガルワースの周囲に虹色の輝きが現れ――まずい、やばいのが来る!
「二の轍を踏まないように、次は上手くやるだけさ!」
広範囲の虹の壁が凄まじい勢いで俺へと迫る。魔剣砲を撃っている余裕もなく、俺は壁に押し出されて石段を転げ落ちてしまった。
「ぐっ、くそっ!」
すぐに起き上がって駆け上る。アルゴスの力も借りて魔力を込めに込めた日本刀を一本生成し、渾身の一撃で持って壁を叩っ斬る。刀は折れたが、壁もまた砕かれた。
だが、壁は一枚だけじゃなかった。
何重にも重ねられた〈神壁の虹〉によって、ガルワースと光の樹は守られてやがる。
「さて、関係のない無駄話をしてしまったようだね。地脈のエネルギーはもうだいぶ溜まってきたようだ」
「やけに長話すると思ったら、時間稼ぎしてたってわけかよ」
光の樹は明らかに成長しているな。俺が最初に見た時より二倍くらいでかくなってるよ。俺もただ呆けて話を聞いていたわけじゃないが、魔力を遮断するこの壁は非常に厄介だ。
ガルワースは遠くを、グラウンドを見やる。そういや、とっくに三分は経過してやがる。戦闘音は聞こえないが、ルウが加勢に来ることがないのは……?
俺も振り返り、見た。
グラウンドの中心に巨大な砂の棺桶が生えていたんだ。ゴッ! ゴッ! となんか中から鈍い音が聞こえているな。その度に棺桶が僅かに崩れているよ。
「ルウは君が召喚した魔王に上手く封じられてしまったようだね。向こうは痛み分けだったけれど、こちらはこのまま勝たせてもらおう」
ガルワースは長剣を天に掲げると、光の樹がこれまで以上に眩く輝き始めた。