五章 地下神殿の戦い(3)
収束された砂色の閃光がグラウンドから石段に向けて放射された。
大爆発を起こし、原型すら消し飛んで穿たれた小山の一部を眺め、右手を翳したネクロスは愉快そうに口を開く。
「さあ、行くといいよ」
「その道を今お前が消し飛ばしたんだけど!?」
初手で魔力砲ぶっぱとかなに考えてやがるんだ。あんなのくらったらいくらルウでも、いや、その後ろのガルワースさえも無事じゃ済まな――
「わふ、ビビったなぁ! 今のはいい挨拶だったぜ!」
まじか、ルウは無傷だと? まさか魔力砲すら殴って相殺……いや違う。ルウから後ろの全てが虹色の光によって守られている。
「へえ、僕の魔力砲を完全に防ぎ切っちゃうんだ」
ガルワースの『神壁の虹』だ。本物より弱いとはいえ、『柩の魔王』の魔力砲を苦も無く防ぐとは底が知れないな。
「ルウ、油断をするな。次は守れるかわからないぞ」
「悪ぃガル! あとでヤツハシ奢らせてやるよ!」
「オレが奢るのか。というか、この計画が成功すれば京都で買い物なんてできなくなるが?」
「そうだった!?」
愕然とするルウは、もしかして自分たちがやろうとしていることをイマイチ理解してないんじゃないか? 魔王が来る→閉じ込める→ぶん殴る。くらいの認識じゃなかろうな。
フッと虹の壁が消えた。ガルワースが作業に戻ったんだ。
「あの虹が厄介だ。辿り着いても、届くかどうか……」
「君、本当にそう思っているのかい?」
「は?」
ネクロスに鼻で笑われた。クツクツと嫌らしい笑み。なにこいつ馬鹿にしてんの? あとでシメるぞこら。
「この僕を斃した君だ。あのくらい斬ってみせろよ」
ネクロスはそう言うと、上空に五つの棺桶を出現させた。見るとルウが石段からジャンプしてグラウンドに飛び降り、獣のような四足歩行で走って来てやがる。
棺桶の蓋が開き、鎌や斧といった武器を握った禍々しい巨椀が伸びた。五つの腕がルウを狙って武器を振り下ろすが、ジグザグにすばしっこく駆け回るルウには当たらない。
「無茶言いやがる……」
だが、なんとかするしかないのも事実だ。魔王クラスの〈幻想人形兵〉は三分しか顕現できない。ネクロスがルウを引きつけている間にさっさと駆け抜けさせてもらうぞ!
「あ、待てレイジ!」
「君の相手は僕だよ」
俺に飛びかかって殴ろうとしたルウの拳を、間に割って入ったネクロスが片手で受け止めた。殺すなと命じたからか、〈冥王の大戦斧〉は使わないらしい。
たとえ魔王武器なしだとしても、ネクロスの強さは次元が違う。
ルウの小柄な体など軽々と投げ飛ばし、追撃とばかりに指先から小さな魔力砲を連射。その弾幕をルウは拳で殴り弾いているが、完全に足を止められてしまっているよ。
俺はその間に抉れた石段だった崖を飛び越え、頂上の社まで一気に駆け上る。
「ガルワース!」
境内ではこちらに背を向けたガルワースが虹色の魔法陣を展開していた。魔法陣の中心からは巨大な光の樹が伸びているな。各地から捻じ曲げて集めた地脈のエネルギーがそこに集約されているようだ。
破壊していいものかわからないが、このまま黙って見ているわけにはいかない。
俺は日本刀の切っ先で狙いを定め、光の樹に向かって魔剣砲を放った。
「無駄だよ」
一本一本に凄まじい魔力を込めた刀剣の奔流だったが、光の樹に届く前に虹の壁によって阻まれちまった。硬すぎる。俺の渾身の一撃でも罅すら入らねえのかよ。
「今すぐ儀式を中止しろ、ガルワース」
それでも俺は虚勢を張ってガルワースに日本刀を突きつける。
「大人しくそこで見ているといい。君の力がオレに届かないことは理解しているはずだ」
「悪いが俺は諦めが悪くてね。届かないなら届くまでやるだけだ!」
一発では効かなくても、同じ場所に何度も攻撃してれば割れるかもしれん。俺はガルワースとの間を阻む壁を斬りつけた。
日本刀で一撃入れ、槍を生成して突き刺し、戦斧を振るい、大剣や戦鎚を叩きつける。俺の知識を総動員し、あらゆる武器であらゆる攻撃を間断なくぶち込んだ。
なのに、虹の壁は傷一つつかなかった。
「くそっ」
マジで絶対防御なのか、奴の虹は。そんなチートが許されていいのかよ。
母さんならミサイルの一発でも生成して撃ち込めるだろうが、俺はまだそこまで複雑な兵器を作れない。今ある手札でなんとかするしかないってのに、どうすりゃいいのかさっぱりわからん。
なにか方法は?
弱点は?
あの虹を割るには、なにをどれだけ叩きつけりゃいいんだ?
――なにをつまらぬことで悩んでいる。
俺の脳内に直接、声が聞こえた。
「アルゴスか! 意識が覚醒したのか?」
――これだけ大暴れしていればな。状況は貴様の記憶から理解した。それで、この虹を割ることに躍起になっているようだが?
脳内の玉座にふんぞり返っている金髪の美青年を俺はイメージする。たぶん合ってるだろうね。
「そうだ。なにか案はないか?」
――案もなにも、貴様が本気を出せばいい話だろう?
「は?」
――僅かな間で平和ボケしたようだな。『棺の魔王』を討った時の出力を、今の貴様は本当に百パーセント引き出せていると思っているのか?
言われてみれば、客観的にあの時と比べたら今の俺は腑抜けに見えてきたぞ。本物のネクロスを圧倒した力があれば、ルウなんかに足止めされることもなかったはずだ。
――ふむ、どうやら、まだ我の補助が必要ということらしい。我の意識がこうして覚醒できていることもその証左か。
「どういうことだ?」
――この〝魔帝〟の力が完全に貴様の物として昇華された時、我の意識はそれと同時に消えるということだ。
そんな話は聞いていない。別に俺の脳内から親バカがいなくなるなら万々歳だが、なんだかんだ言ってアルゴスはいろいろと助けてくれた恩人であり恩師でもある。消えると聞かされたら少し寂しいような気もするな。
――ともあれ、此度はまだ我が制御を手伝ってやろう。今一度、魔剣砲を撃つがよい。
「わかった」
俺は一度後ろに飛び、生成し直した日本刀を構える。先程とは比べ物にならない魔力が俺の中で活性していくのがわかる。
「――ッ!?」
俺の様子が変わったことにガルワースも気づいたようだな。
だが、もう遅い。
再び放出された魔剣の砲撃が虹の壁に衝突。拮抗。
弾かれた刀剣が次々と霧散していく。それでも俺は魔剣砲を止めない。激しい金属音の中に、ミシリという軋みを確かに聞いた。
行ける。
奴の絶対防御を、ここで崩す!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
咆哮した瞬間、虹の壁は一気に罅割れてガラスのように砕け散った。魔剣砲は光の樹を僅かに掠めて地下空洞の壁に大穴を穿つ。
ちっ、できれば光の樹ごと破壊したかったが、軌道がそれちまったようだ。
「一人で妙なことを呟いていると思っていたが、一体なにをしたんだい?」
ガルワースが踵を返し、未だ余裕のある笑みを浮かべて俺に問う。
「いやなに、ちょっと本気を出しただけだ」
めっちゃ手伝ってもらったわけだが、そこは尾首にも出さないでおく。そんな俺にガルワースは不思議そうな顔をしていたが、やがて認めたように肩を竦めた。
「参ったね。まさか『神壁の虹』を破るほどの力を出せるなんて。『棺の魔王』を討ち滅ぼしたことも偶然ではなかったわけだ」
「それでどうする? 大人しく儀式をやめるならこれ以上は戦わなくて済むが」
「まさか。ここからはオレ自身が防衛させてもらう」
ガルワースは空間から取り出した長剣をゆっくりと鞘から引き抜いた。神々しさを纏う両刃の片手剣。一度打ち合ったことはあるが、恐らくカーインのような魔剣ではなく聖剣の類いだと思われる。
「君の魔王としての真の力、見せてもらおう」