五章 地下神殿の戦い(2)
俺は日本刀を構えて石段を駆け上る。
「ルウ、彼に邪魔をさせるな」
「おう、相手してもらうぜ! レイジ!」
ガルワースは背を向け、ルウがぴょん! と俺に向かって石段を飛び降りてきたぞ。その手にはグローブを嵌めていて、振り抜いた拳が日本刀の刃と激突する。
ギィン!!
金属音。そして衝撃波。
俺とルウは互いに数メートル後ろに跳んだ。ルウの奴、躊躇いなく殴ってきやがった。防刃グローブか。どうやら本気で俺と戦うつもりらしいな。
「ルウ、そこをどけ!」
「そんな問答、無駄だってわかってんだろー? 力づくでどけてみろ!」
獰猛に笑うルウが拳を石段に叩きつける。瞬間、爆発物でも仕込んでいたかのように爆散崩壊。石段だった飛礫が俺に襲いかかる。
俺は即座に遠距離生成で大楯を生み出し前方をガードするが――
「軽い楯使ってんな!」
鈍い音と共に大楯が彼方へ殴り飛ばされ、その勢いのままルウが飛びかかってきやがった。嘘だろ、幅数メートルの大楯だぞ。重量は相当なはずなのになんて膂力だ。
「チッ、まるで小さいグレアムを相手にしてるみたいだな」
はちゃめちゃっぷりがそっくりだ。でもな、グレアム本人を相手にした時の方がよっぽど恐ろしいぞ!
「しっかり防げよレイジ! この〝拳狼〟ルウ様の一撃をくらったらザクロみたいに爆ぜちまうぜ!」
ルウの鋭い拳撃を俺は日本刀で受け止める。くっ、手が痺れそうだ。まあ、その程度で済んでる辺り俺も相当人間離れしてきたな。
左手にも日本刀を生成して反撃する。が、身軽にひょいっとかわされてしまったよ。グレアムと違うところはそのすばしっこさだな。
だが、避けるってことはまだ安心できる。当たれば効くってことだ。
俺の二刀とルウの防刃グローブが衝突する度に火花が激しくスパークする。目にも留まらぬ攻防。俺の方が体も武器もリーチで勝っているはずなのに、ルウの思い切りのよさがその差を埋めてやがる。
簡単には突破できない。早くガルワースを止めねえとやばいってのに……。
「おい、ルウ! お前はなんでこんなことに加担してんだ! 京都がなくなったらお前の好きな八ツ橋も食えなくなるぞ!」
刃と拳を交えながら俺は説得を試みることにした。ルウは戦闘に水を差すようなことを言われたからか、ポカンとした表情になる。
「わふ、それはちょっと残念だけどなー。でも言っただろー、あたしにはあたしのやりたいことがあるって」
八ツ橋を奢らされた時に話したことだ。あの時はまだルウが『王国』の執行騎士だなんて知らなかったし、その内容もなんだかんだでうやむやになっていた。
「それと今回の件と関係があるのか?」
「あるある。めっちゃあるさ」
ルウは俺の左手の日本刀を蹴り上げ、開いた胴に固く握った拳を打つ。
「あたしはなー、魔王をぶっ殺したいんだ!」
ガン! 紙一重で空中生成した小楯がルウの拳を受け止める。それでも発生した衝撃波が俺たちの足下の石段を粉砕したよ。
なんとか踏ん張って堪え、俺はルウに問い返す。
「……それは、お前の世界が魔王に滅ぼされたからか?」
「最初はなー。でも、『王国』に入ってからそんなことはちっぽけだって知った。あたしの復讐心なんて関係なく魔王はクソだってわかった。だから、奴らは全部あたしがぶん殴ってやるって決めたんだ!」
魔王に対する恨み憎しみはあるようだ。だが、それ以上のなにかをルウは『王国』で見つけたってことか。自分の世界を滅ぼした魔王だけじゃなく、全ての魔王に喧嘩を売る理由を。
「レイジ、お前はいい奴だが、魔王だっつうなら歯ぁ食い縛ってろよ!」
顔面に向けられた拳打を、俺は首を捻ってかわす。この様子じゃ、『俺は魔王じゃない』って否定したところで意味はなさそうだな。
「『王国』なら、ルウのやりたいことができると?」
「わふ。『王国』も魔王を敵視してるからなー。敵の敵は味方ってやつだ」
それなら監査局も同じ……いや、ちょっと違うか。異界監査局はあくまでこの世界の守護と調律が目的だ。自分から進んで魔王と敵対するような組織じゃない。
もっとも、『王国』の実態も俺はよくわかってないんだけどね。
「お遊びはそろそろ終いだ! レイジ、本気にならねえとこいつで死ぬぜ?」
ルウが俺から大きく距離を取る。それから気合いを貯めるように腰を落とし、右手の拳を引き――
「わぉおおおおおおおおおおおおん!!」
咆哮と共に、空間を殴った。
アレは、まずい。ルウの能力は怪力だけじゃない。『現象を物理的に捉える力』は、本来殴ることのできない空間を殴り飛ばせる。
『空気』じゃなく、『空間』だ。
「ぐっ!?」
理屈はわからないが、まるで巨大なトラックにでも突っ込まれたかのような衝撃に襲われる。日本刀をクロスさせて防御したが、俺の体は否応なく石段の下――練武場のグラウンドまでぶっ飛ばされちまった。
受け身を取ってダメージを軽減する。それでも体中が軋むように痛い。
なんて威力だ。
「流石だなー、レイジ。よく堪えたもんだ」
石段の中ほどでルウは腰に手をあてて俺を見下ろしているよ。あの上に用があるってのに、余計に遠くなっちまった。
「参ったな。俺一人で突破するには壁が厚すぎる」
舐めていたわけじゃないが、強い。
なにより、ルウ相手だとやりにくいんだよな。敵なのは間違いないが、悪い奴じゃないし子供だ。できれば傷つけずに無力化したいところなんだが……それはルウにも見抜かれちまってる。
「どうしたレイジ、万策尽きたかー?」
それに敵はルウだけじゃない。次の相手はガルワースだ。執行騎士と二連戦するのに、最初からフルスロットルで戦っていたら身が持たないぞ。
とはいえ、やはりそんなこと言っている相手じゃないのも事実。
「反撃する気がねえなら、もう一発くらっとけ!!」
ルウが再び空間をぶん殴る。
不可視の重撃が俺目がけて飛んでくる。
まるで爆撃でもされたかのような轟音。グラウンドの砂が高々と巻き上がる。
だが、それだけだ。ルウに殴られて一時的に物理化した空間が、音を立てて砕け散る。
「あぁ?」
怪訝そうにルウは眉を顰めたようだな。
「やれやれ、僕の初陣の相手がどんなバケモノかと思えば」
砂埃の中から、俺じゃない声が響く。
魔力の爆風が舞っていた砂を一瞬で吹き飛ばし、そこからサンドブロンドの髪をしたディーラーのような格好をした少年が姿を現した。
「――あんなおチビちゃんだなんてね」
悪意の塊のような粘つく笑みを浮かべた少年は、呆れたように肩を竦めてルウを見上げた。
「俺はルウの相手をしている暇がない。頼めるか、ネクロス?」
「無論さ」
鷹揚に頷く少年。『柩の魔王』ネクロス・ゼフォン――その情報から再現された俺専用の〈幻想人形兵〉だ。
「わかってると思うが」
「殺すなって言いたいんでしょ? アハハ、この『柩の魔王』に無茶な注文をするね。まあ、道くらいはすぐに作ってあげるよ」
本物のネクロスだったら考えられない台詞を口にする。この違和感はぶっちゃけ全然慣れそうにないな。
「どういうわけか魔王が増えやがったな。わふふ、面白ぇなー」
ルウが、獲物を狙う肉食獣のように双眸を煌めかせた。




