五章 地下神殿の戦い(1)
『白峰零児、あなたに私たちの運気を少し分け与えるわ。気休め程度かもしれないけれど、きっと助けになるはずよ』
『知っている。戦いに運は必要だ』
二条城を去る直前に、ジル先生とバートラム先生から運を貰った俺だったが……すみません、先生たち。俺の運の悪さはちょっと上げてもらった程度じゃどうにもならないらしいです。
第二十八支局は既に襲撃された後だった。
だが、ここの地下にある練武場――正確には、そこと併設する神社が最後のパワースポットだという俺の予想は当たったみたいだな。
ガルワースたちが各地で流れを曲げた地脈の力が今、そこに集まっている。今思えばあの時、リーゼが『下の方がもやもやする』とか言っていたのはこのことだったようだ。
「担架や担架!」
「こっちにも怪我人がいてはります!」
「大変どす! 支局長が見当たりまへん!」
第二十八支局である旅館の中は騒然としていた。建物自体はあまり破壊されていなかったが、果敢にも戦おうとした局員たちが負傷しちまってるよ。監査官でもないのに無茶しないでもらいたい。
ただ、見たところ死人は出ていない。監査局の治療技術が凄いというより、ガルワースたちが手心を加えたってところだな。やっぱあいつら根っからの悪人ってわけじゃなさそうだ。
もっとも、今はそんなこと関係ないが。
立ち入り禁止の札を飛び越え、地下へ向かっていく階段を転がるように下りていく。
「ううぅ……」
すると、地下の練武場に繋がる扉の前でカンフースーツを来たちょび髭男が倒れていた。
「ハオユー支局長!?」
俺は慌てて容体を確認する。ボロボロだが、傷は浅いぞ。戦ってくれたのか。近くには砕けた青龍偃月刀が落ちていた。
「……白峰零児、すまない、足止めすらできなかったで候」
「いいさ。あとは俺がなんとかする。だから避難してくれ」
こちらに気づいた局員たちが担架を持って駆け寄ってくる。
「気をつけるで候、白峰零児。あの者たち、並の覚悟でこんなことをやっていないで候」
「わかってるさ。もう喋るな。ただでさえ『候』って言葉にすると長いんだから」
俺は支局長が担架で運ばれていくのを確認してから、練武場へと続く扉を開いた。
転移特有の一瞬の立ち眩み感。そして――
だだっ広い空間が、視界に飛び込んできた。リーゼたちが試合をしたまま整備されていないグラウンドと、大きな鳥居。
「思っていたより早く辿り着いたようだね、白峰零児君」
声に振り返る。背後にあった石段を見上げた先。大きなお社の前に――いたぞ。ガルワースとルウだ。
ガルワースの背後が虹色に輝いているな。なにをしているのかわからんが、今回は霊的な杭を打ち込むだけじゃなさそうだぞ。
「まさか君一人でやってくるとは意外だ」
「お前らのせいで地上が面倒臭いことになってんだよ。てか、入口を虹の壁で防がれてたら来れなかったけどな」
「地下で『神壁の虹』を使うと地脈の流れまで阻害してしまうからね」
つまり、あのチートな結界を大規模で展開できないってことか。それは好都合だ。妨害がなければそのうち悠里たちも駆けつけてくれる。
「改めて訊くぞ。お前らはなにを企んでるんだ?」
日本刀を生成し、突きつける。
「まさかここまで来てはぐらかすなんてことはしないよな?」
言うと、ガルワースとルウは顔を見合わせた。ルウがどうでもいいと言うようにそっぽを向くと、ガルワースは小さく肩を竦めてから口を開く。
「この世界を災いから守ること」
「災いを起こそうとしてんのはお前ら『王国』だろうが!」
「そうだ。だが、『王国』が成そうとしていることと今回の災いは相容れない。放置していれば我々の計画も水泡に帰してしまうだろう」
やはり、『王国』にとって都合が悪いことだったようだ。だとしてもわからない。一体、この世界になにが起きようとしているのか。
「言っとくけどなー、レイジ。今回はお前らのせいでこうなってんだぞ?」
「は?」
ルウがジト目で面倒臭そうに告げた言葉を、俺は理解できなかった。
「俺らのせい? その災いって一体なんなんだ?」
「〈破滅の導き〉の勢力争いだよ」
「――なッ!?」
その名前を俺は知っている。〈破滅の導き〉――『柩の魔王』ネクロス・ゼフォンも所属していた魔王連合の通称じゃねえか。なんでここでその名前が出る?
いや、悠里が災い=魔王という可能性を示唆していたな。それが最悪の形で当たっちまったってことだ。
「つまり、ネクロスの野郎みたいにリーゼを狙って他の魔王がやってくるってことか?」
だとすれば、やばいな。ネクロスだけでもとんでもない脅威だったんだ。昔現れたダンなんとかって魔王程度ならどうとでもなりそうだが、あんなのは下っ端中の下っ端だ。もしネクロスと同等クラスの奴らが複数攻めてきたら、今の俺でもリーゼを守り切れるかわからない。
だが、ガルワースは首を横に振った。
「いや、その段階ではない。〝黒き劫火の魔王〟に手を出そうとする魔王は限られているからね。問題は、〝魔帝〟の魔力を得た君が『柩の魔王』を倒したことだ」
「なんだと!?」
直接の原因はリーゼじゃなくて、俺? どういうことだ?
「君が思っている以上に『柩の魔王』は魔王連合の中で上位の存在だったんだ。彼の魔王を倒すほどの君に、興味を持った魔王は少なくないだろう」
「やけに詳しいんだな」
「オレたちも『魔王』とは数多く戦ってきたからね」
ガルワースたち『王国』がどのような意図でどうやって結成されたのかはわからない。だが、いろいろな世界を渡り歩いていたのなら魔王との衝突も一度や二度ではなかったのだろうね。
今の問題はそこじゃなく、俺を目的としてやってくる魔王たちだ。
「俺に会いに来るだけ……で済まないのが魔王だったな」
ちょっとお茶してさよならってわけにはいかないだろうなぁ。奴らがそんな平和な存在だったら世界なんて滅びやしない。
「君を己が陣営に引き入れるため。君を倒して名を上げるため。君から力を奪うため。はたまた新たな〝魔帝〟として担ぎ上げようと企てる者もいるかもしれない。なんにせよ、それぞれの思惑でやってくる魔王に世界は耐えられないだろう」
ついでにコンビニ寄っとくかってノリで世界を滅ぼす奴らだもんな。それが別々の思惑で来るんだったら監査局VS魔王っていう単純な構図にもならない。魔王同士のバトルが始まっちまったらそれこそ世界が終わっちまう。
「既に〝王様〟がこの世界に複数の魔王が迫っていることを観測した。もはや猶予はあまり残されていない」
だからガルワースは計画を急いだわけだ。
「確かにその話が本当ならやべーな。でもだったら、お前らはどうやって防ぐつもりなんだ?」
事態が事態なだけに、計画の内容によっては協力できるかもしれん。『王国』は敵だが、こいつらとは一度異獣対応で共闘できているからな。
「この京都を、魔王を封じる鳥籠にする」
「鳥籠?」
「地脈――星の力を利用し易い地は他にもあったが……力の流れ、地形、人間の数。京都ほど今回の計画に都合のいい場所はなかったよ。だからわざと『王国』の関与を臭わせ、渦中になるだろう君がこの地へ来るように誘導したんだ」
そこまでが掌の上、か。
気に入らないが、俺が渦中っていうのも少し信憑性は増した。迎え撃つ最高の場所に餌となる俺を置く。
「なるほど、俺も利用して魔王を一網打尽にしてやろうってことだな」
「理解できたようだね」
「ああ、だがどうしても確認したいことがある」
「なんだい?」
「京都はどうなる? ここで暮らしている人たちの無事は保障されるんだろうな?」
問うと、ガルワースはゆっくりと瞑目した。
少し言葉を選ぶような逡巡を見せてから、やがて諦めた表情で言葉を紡ぐ。
「言ったろう。この地の利用には『人間の数』も要素として必要なんだ。京都とそこに住まう人々には申し訳ないが、世界を守るための犠牲になってもらうしかない」
「そうか。それを聞けてハッキリしたぜ」
もう迷いはない。
協力も無理だ。
関係ない人の犠牲が出るようなやり方を、俺は決して認めない。
「俺はお前らを止める。絶対にな!」