四章 京都を包む『王国』の計画(5)
二条城。
正式名称だと元離宮二条城と呼ばれるそこは、江戸時代に造営された京都市街の真ん中にある城だ。
国宝や重要文化財、ユネスコの世界遺産にも登録されている観光名所は今――虹色の光で包まれていた。
「全滅したっつうからやられたのかと思ったが、こういうことかよ」
二条城に到着した俺は天高く聳える虹の壁を見上げて少し安堵した。悠里たちは倒されたわけではなく、この中にパワースポットごと封じられてしまったのだ。
今は監査局が騒ぎにならないように手を回してくれている。
「なんとか破ることはできないのか?」
訊くと、虹の壁の内側にいる悠里は残念そうに首を横に振ったよ。
「零児も知ってるでしょ。彼の〈神壁の虹〉は魔力に対する絶縁体よ。物理的な強度もかなり高い。あたしでも破れないわ」
俺が生成した武器でも貫くことができなかったからな。実際に軽く日本刀で切ってみたが、コンクリートの壁でも叩いたような感触だった。
「フン、〝魔帝〟で最強のわたしならできるわ!」
リーゼが虹の壁に向かって黒炎を放つ。だが、結果は同じだった。虹の壁は一ミリほどの穴も開かねえ。
ぐぬぬ、とお嬢様は悔しそうに唸っているよ。俺たちの中でも最大火力のリーゼが無理ってことは、どうやってもダメかもしれん。
「セレスはどうだ? 聖剣は魔力を使ってるわけじゃなかっただろ?」
「うむ、試してみよう」
頷くと、セレスは半歩下がって聖剣ラハイアンを構えた。超長剣の剣身が白く輝き、一振りで虹の壁に激烈な一撃を加える。
だが――
「ダメだ」
虹の壁はビクともしなかった。
「単純に硬い。陛下であればなんとかしてまうだろうが……」
空間を支配するラ・フェルデ王――クロウディクスなら結界なんてあってないようなもんだ。けど、いない奴には頼れない。
「やはり先生たちでも厳しいだろうか?」
セレスが悠里の後ろに立っているジル先生とバートラム先生を見る。確かにこの二人の力を俺は知らない。ベテラン監査官だから相当強い能力だと思っていたが――
「無駄よ、白峰零児。私たちはそもそも、攻撃的な異能ではないの」
その期待はあっさりと裏切られた。
「私もバートラムも〈運気喰い〉って種族なのよ。運勢操作というほど強力ではないけれど、他人の運気を上げ下げするくらいしかできないわ」
「……知っている。〈運気喰い〉同士は互いの運に影響を与えない。故にペアを組むことが可能」
運気を喰う種族。そうか、だからあの時のくじ引きでクラスメイトの運気を喰い、俺たちが同じ班になれる確率を上げたってことか。
「となると術者をどうにかするかないか。ガルワースはどうなった?」
「逃げられたわ」
「そうか……」
いや、逃げられたということは虹の壁の外側ってことだ。それなら捜し出して叩くことはできる。
「あとごめん、霊的な杭も打たれてしまったわ」
「それも仕方ねえよ」
俺たちもまんまとルウにしてやられたからな。悠里たちを糾弾することはできない。
と、ジル先生が俺の前へと歩み寄ってきた。
「白峰零児、私たちはいいから急ぎなさい。彼は今夜中に全てを完了させるつもりよ」
「なんだって?」
「……知っている。奴自身がそのように言っていた」
バートラム先生も頷く。まじか。
「時間がねえってルウも言ってたが、そこまで急いでやがるのか……」
一度無理に打ってしまったから、やばいことが起こる前に片付けちまおうってことなのか? それとも、本当に脅威ってやつが近いのか?
と――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
不気味な鈍い音を立てて空間が大きく振動した。
「な、これは……」
「まさか」
悠里とセレスが目を見開く。この感覚的には地震にも似た空間振動を、俺たちはよく知っている。
「歪震か!?」
これが起こるってことは、次空が酷く歪んだってことだぞ。つまり、いよいよガルワースたちがやってることの影響が出始めたんだ。
フッ、と。
二条城を包んでいた虹の壁が空気に溶けて消えた。
「虹の壁が? どういうことだ?」
「今の揺れで解除されたってこと?」
隔てていた壁がなくなり、俺たちは本当の意味で合流する。
「というより、彼が解いたのでしょうね」
「……知っている。準備が整ったということ」
ジル先生とバートラム先生が虹の壁があった場所を見上げて呟いた。なるほど、悠里たちを解放しても問題がなくなったってわけか。
時既に遅し。
止められることはない。
そう思ってやがるらしい。舐められたもんだ。
『本局の監査官たち、そこに全員集まっているで候?』
その時、なぜか二条城のスピーカーから聞き知った声が聞こえてきた。
「この声、ハオユー支局長か?」
『た、大変で候! 京都中の次空が乱れているで候! 今、あちこちで〈次元の門〉が開いているで候!』
「……やっぱりか」
さっきの歪震もその影響だ。どういうわけか知らないが、ここ最近の異獣の出現率も異常だよな。何事も起こらない可能性の方が低い。
ジル先生が難しい顔をする。
「まずいわね。これは手分けして対処ないといけなさそうよ」
『リャンシャオとチェンフェンは既に対処にあたってもらっているで候』
ガルワースたちも追いたいのに、門の対処までしているような時間的余裕も人的余裕もないぞ。
どうする?
そもそも、奴らの最終地点ってどこなんだ?
地脈に霊的な杭を刺して、力の流れをぐちゃぐちゃに曲げて……待てよ?
「ハオユー支局長、一つ確認してもらいたいんだが」
『なんで候?』
「今、地脈ってどうなってるんだ?」
俺の仮説が正しければ、奴らの狙いがラスト一ヵ所となった今、なにかが変わっている可能性がある。
『そんなの、乱れに乱れてぐっちゃぐちゃに……ホォ!?』
すぐに調べてくれたらしいハオユー支局長が変な声を上げた。
『な、流れが、一ヶ所に集まっているで候』
「それはどこだ!」
やはり。
そしてその一ヵ所に、ガルワースとルウがいるはずだ。
『ここで候』
「え?」
よくわからず、俺は聞き返してしまった。
『異界監査局第二十八支局――ここの遥か地下で候!』
二十八支局の地下。
地脈の流れがそこに集まっている? 二十八支局の地下と言えば、リーゼとセレスがリャンチェンコンビと試合した練武場くらいしかなかったはずだ。
いや、違う。
あそこにはもう一つ、なぞの神社みたいなものがあったはずだ。
「アレか!」
なにをするつもりなのかは知らんが、そこがガルワースたちの最終目標地点で間違いない。
場所はわかった。でも、そこに向かう余裕はないぞ。京都中に開いた門も対応しなきゃならないからな。
「零児」
悠里が意を決した顔で俺を見た。
「そっちにはあなたが行って。アタシたちは街の状況をなんとかしてから追いかけるわ」
「悠里殿、零児一人で行かせるわけには……」
悠里の提案にセレスが心配そうに眉をひそめる。確かにあの二人を一人で相手にするのは危険すぎる。が、俺はその提案に賛成だ。
「いや、大丈夫だ。今は街の方に人数を割く必要があるからな」
一人でも勝算があるとは言えないが、このまま奴らを自由にさせて負けてやるつもりも毛頭ない。
それに、俺は一人じゃないからな。




