四章 京都を包む『王国』の計画(4)
ガルワースから聞き出した情報を共有した俺たちは、二班に分かれてそれぞれのパワースポットを警備することになった。
俺、リーゼ、セレスが清水寺。悠里、ジル先生、バートラム先生が二条城だ。
これなら奴らがどちらに現れても対応できる。リャンシャオとチェンフェンは念のため支局で待機し、もしもその二つがフェイクだった時に対処してもらう手筈だ。まあ、俺は本当だと思ってるけどな。
そして実際、嘘ではなかった。
「また会ったなお前ら! あたしの方に来てくれて嬉しいぞ!」
俺たちが清水寺に到着して間もなく、舞台の手摺りに飛び乗った犬耳少女が月夜を背にして堂々と仁王立ちしたんだ。
「ルウ!」
「この者が……聞いていた通り子供ではないか」
ルウの姿を初めて見たセレスが戸惑いの声を上げる。気持ちはわからないでもないが、見た目が幼いのはうちのリーゼお嬢様も似たようなもんだろ。
「気をつけろ、セレス。あんなナリしてても恐竜モドキをワンパンで殴り殺す強者だ」
「……流石は『王国』の執行騎士といったところか」
スヴェンも含め、今まで出会った執行騎士は全員が只者ではなかった。見た目が幼女だからと油断していては命取りになるぞ。
「わふ、また知らない女が増えてるな。モテモテだなー、レイジ!」
「お前だけか? ガルワースはどうした?」
からかうような笑みを浮かべるルウに、俺は率直に質問をする。現れたのはルウだけで、夜中の清水寺には俺たちの分しか気配を感じられない。
ルウは最初、『あたしの方』って言ってたな。まさかとは思うが……
「お? ガルなら二条城に行ってるぞ。なんだよー、ガルのやつ教えてたんじゃねえのかよー」
やはり、そういうことか。
俺たちはどっちかにルウたちが現れると思っていたが、どうやら手分けして二ヶ所同時に攻めるってことらしい。
「いいのか、同時に杭を打ち込んだりして。お前らは地脈の負荷を考えて動いてんじゃねえのかよ?」
「それなー。ガルが言うにはもう時間があんまねえんだと。だから多少無茶でも計画を進める必要があるとかなんとか」
時間がないというのは、奴らの言う『脅威』が迫っているということだろうか? それがなんなのかをルウに聞いても、たぶんはぐらかされる。いや、そもそもルウの様子からして理解してないのかもしれん。
だが、なんだろうと脅威に対抗するために脅威を起こそうとしているんだから、俺たち監査官は止める必要があるんだ。
「ふん、難しいことはどうでもいいわ。さっきの決着をつけてやるから覚悟しなさい、犬」
リーゼが掌に黒炎を宿してルウを睨みつける。
「狼だっつってんだろー! あたしも暴れたいところだけど、時間がないらしいからなー」
ぴょん、と。
ルウが後ろに跳んだ。
「なっ!?」
あいつ、清水の舞台から文字通り飛び降りやがった!
「わふふ、止めたきゃ追って来いよ!」
俺たちはすぐに手摺りから身を乗り出して下を見る。ルウは狼のくせに猫のような軽やかさで着地を決め、道なき道を通って夜の森の中へと姿を消してしまった。
まずい、パワースポットは舞台じゃなかったのか!
「アハッ! 鬼ごっこは嫌いじゃないわ! 行くわよレージ!」
リーゼが俺の手を掴む。
「おい、ちょ、待てリーゼまさか――」
ぐっと小さな手に力が込められ、俺はリーゼに引っ張られる形で清水の舞台から空中に身を投げ出した。
「零児!?」
置き去りにされたセレスが瞠目する。落下中、俺とリーゼを包むように黒炎が広がっていく。なるほど、転移すれば落下なんて関係ないな。
「セレス! 悪いが回り込んで追ってきてくれ!」
「了解した! 取り逃がすなよ、零児!」
言われなくてもそのつもりだ。
俺たちはそのまま黒炎による転移を繰り返し、ようやくルウの小さな背中を見つける。サルのように木々から木々へと飛び移って移動してやがるよ。忍者かお前。
やがて、金閣寺の裏にもあったようなしめ縄をした大岩が見えてくる。
「ここまでだ、ルウ!」
最後の転移で地面に着地したルウの目の前へと出現し、俺は生成した日本刀の切っ先を突きつけた。
「わふ!? 転移かー! やるな〝魔帝〟!」
「アハハ! 燃やしてやるわ!」
さっそくリーゼが両の掌に黒炎を灯す。
「リーゼ、わかってると思うが、周りまで燃やすなよ!」
「うん、あいつだけ燃やせばいいんでしょ?」
今のリーゼは黒炎をコントロールできる。ここで戦闘を行っても山火事になるようなことにはならないはずだ。たぶん。
リーゼが手始めに掌の黒炎を投げつける。ルウはそれを難なくかわすと、俺たちの脇を抜けようと突撃をかましてくる。俺たちを無視して後ろの大岩――パワースポットに杭を打つ気だ。
「通さないわよ!」
リーゼが黒炎の奔流を放つ。先程の炎弾レベルとは桁違いの火力がルウへと襲いかかる。呑み込まれれば、骨すら残らず蒸発するそれを、ルウは――
「この〝拳狼〟ルウ様の拳に、殴れねえもんはない!」
素手で、殴り曲げやがった。
「リーゼの黒炎を、殴っただと……ッ!?」
冗談じゃない。〝魔帝〟の黒炎だぞ? 今までそんな脳筋プレイした奴なんて見たことがない。
「あっつ!? やっぱ炎は触るもんじゃねえなー」
涙目で殴った手をふーふーしてる。殴れはしたが、熱によるダメージはしっかり受けているらしいな。
「どうなってるんだ?」
「ふふん、あたしもよくわからん! 殴れる気がしたから殴れたんだ!」
動物的直感でできる気がしたからできただって? そんな馬鹿な。
「まあ、ガルが言うには『現象を物理的に捉える力』らしいけどな! 難しいことはさっぱりだ!」
本人は理屈をわかっていないみたいだが、厄介だ。少なくともリーゼの攻撃を強引に防ぐことができる以上、ちょっとやそっとでは倒されてくれないだろうな。
わかってたことだけどね。
「なんにせよ、攻撃が無効化されるわけじゃないなら問題ない!」
今度は俺が魔剣砲を放つ。無数の刀剣から成る斬撃の光線だ。素手で触れるものなら触ってみやがれ!
「無駄だぞ、レイジ!」
ルウはひょいっと簡単にかわしやがった。リーゼの炎と違って俺の技は木々を薙ぎ倒し、森の一部を刈り上げてしまったよ。無闇に大技を使えないのは俺の方でした。ごめんなさい!
と心で謝ってる暇はない。俺は即座にルウへと距離を詰め、日本刀による連撃をお見舞いする。
だが――あたらねえ!
ルウは見切っているというより、勘を頼りに俺の攻撃を全てかわしている。ならば、かわせない、かつあまり大事にならない攻撃に切り替えるだけだ。
俺は一度ルウから距離を取ると、空中に幾本もの刀剣を生成する。それらを四方八方から一斉にルウへと射出してやった。
今回、ガルワースはいない。つまり、あの虹の力で防がれることはないだろ。
迫りくる刀剣に対し、ルウは大きく息を吸い込んで――
「ワォオオオオオオオオオオオオン!!」
咆えた。
鼓膜を破壊しそうな大声に俺とリーゼは思わず耳を塞ぐ。咆哮によって発生した衝撃波が俺の剣を全て弾いてしまった。マジかよ。
ルウはニヤァと笑うと、地面に片手を突き刺した。
「オラァ、こいつを受けてみろ!」
ボゴン! と。
ルウは直径十メートルはある地面の塊を軽々と抉り取って持ち上げやがった。あの小さい体のどこにそんな腕力があるんだ? 能力よりもそっちの方が厄介だぞ。
地面の塊がぶん投げられる。
俺は剣を、リーゼは黒炎を構えて迎え撃とうとしたその刹那。
カッ!
純白の光が地面の塊に直撃し、呆気なく爆発四散させた。
「零児、〝魔帝〟リーゼロッテ、無事か?」
セレスだ。俺たちの戦闘の様子を頼りに追いついてきたらしいな。
「ああ、助かった。とりあえずはまだ俺たちも敵も無傷だ」
「あいつちょこまか動き回ってめんどくさい!」
なかなか捕まらないルウにリーゼお嬢様は不満そうに唇を尖らしていた。
「はっはっは! 余所見はダメだったな、レイジ!」
ハッ! と正気づく。
慌てて背後を振り向くと、ルウが霊的な杭を大岩の天辺にぶっ刺していた。
「あっ、くそっ……」
やられた。杭を刺した辺りから周囲の次空が歪んでいくのがわかる。
門が開くぞ。
「まずい、異獣が!?」
今度はサイのような――いや、トリケラトプスのような怪物が引き寄せられるように次々と俺たちの世界に渡ってくる。たぶん、金閣寺の時と同じような世界と繋がっちまったんだろう。
「そいつらはお前らに任せた! また次んとこで会おうぜ!」
「待て、ルウ!?」
ガルワースなら自分の不手際だと言って処理に協力してくれたが、ルウはそうじゃない。俺たちに押しつけてさっさと退散してしまった。
「レージ! どうすればいい?」
「彼女を追うか?」
「いや、もう杭は打たれちまった。とりあえず、異獣を片づけるのが先だ」
異獣をこのまま放置した方が問題になると判断した俺は、リーゼとセレスと共に彼らを異世界に押し返す作業に取り掛かった。
幸い、草食竜っぽい見た目だからか、異獣は金閣寺の時より大人しかった。手荒な真似はしなくても帰ってくれたよ。
だが、ルウには完全に逃げられてしまった。
Trrrrn! Trrrrn! Trrrrn!
と、一段落ついたところで俺の携帯に着信があった。
「支局から?」
電話に出ると、こちらが返事をする前に焦った様子の少女の声が耳を劈く。
『レイ・チャン、無事アルか!』
この声はリャンシャオ……いや、チェンフェン? どっちだ? わからん。
まあいいや。
「ああ、俺たちは無事だが、まんまと杭は打たれて逃げられちまったよ」
『二条城も結果は同じネ。いや、もっと酷い状態アル』
「……なにがあったんだ?」
どうやら悪い報せのようなので覚悟する俺だったが、一度息を飲んだリャンフェン(混ぜた)が次に口にした言葉に戦慄する。
『ジルたちが、全滅したヨ』