四章 京都を包む『王国』の計画(3)
ラケットを持ち、俺&リーゼのチームとガルワース&ルウのチームが卓球台を挟んで対峙する。俺とガルワース、リーゼとルウが対角になる位置取りだ。
正直、卓球は体育の授業くらいでしかやったことがないんだよな。手先の器用さには自信があるから勝負を受けたが、あいつらがかなり上手かったらちょっとやばいかもしれん。
「リーゼ、卓球のルールはわかるか?」
「うん、前に黒いのとやったことある」
黒いの? ……ああ、そういえば監査局主催で温泉旅行した時に四条と卓球で勝負してたっけ。教える手間が省けたな。四条に感謝しとくか。
「サーブはオレたちからだね」
「かっ飛ばしちまえガル!」
ピンポン球を持ったガルワースが構える。横でルウが元気よく応援しているが、野球じゃないんだからかっ飛ばしちゃダメだろう。いや、俺たち的は点が入るからいいけども。
「よっ」
鋭く跳ねて入ってきた球を俺は低めに打ち返す。ネットすれすれを掠めたいいアタリだったが、ガルワースは難なく返して来たよ。
奴の球は速い。流石に勝負を仕掛けてきたからにはヘボじゃなかったらしいな。だが、その程度ならうちの卓球部員の方が強いぞ。
俺は肘を突き出すようにして球に横回転を加えて打つ。チキータって言うんだっけ。よく知らんけど。
ガルワースはそれも返した。反射神経いいな。しかも球は俺じゃなくてリーゼの方に飛んでいく。
「リーゼ頼む!」
「任せなさい!」
自信満々のドヤ顔を作り、リーゼは自分に向かって真っ直ぐ飛んできたピンポン球を――
――力いっぱい、ラケットでぶん殴った。
「わぶっ!?」
レーザービームとなって落ちることなくぶっ飛んだ球がルウの額に直撃。衝撃で引っ繰り返ったルウはおでこを押さえて痛そうにジタバタしているよ。
「やったわレージ! あの犬を倒したわ!」
「そういうゲームじゃないからこれ!」
「はぁ!? はぁああっ!? まだ倒されてねえし! 顔面セーフだし!」
「そういうゲームじゃないからこれ!?」
涙目で起き上がったルウがリーゼを睨む。ルール知ってるって言ってたのに……ちゃんと確認しなかった俺が悪かったね。そうですね。
「大丈夫かい、ルウ?」
「おでこがじんじんするが問題ねぇ」
ルウはガルワースから球を受け取り、ラケットを構え――キラン。目を妖しく光らせたぞ。
「お返しだ〝魔帝〟!!」
「ぴゃうっ!?」
今度はルウがバウンドなしの剛速球を放ってリーゼの顔面に容赦なくぶつけた。キッ! と眉を吊り上げたリーゼが球を掴んで投げ返す。
「よくもやったわね!」
「ハン! このルウ様にそんなヘボ球あたるかバーカバーカ!」
「ぐぬぬ……」
「ラケット邪魔だ! 自分の拳でボール殴った方が強ぇかんな!」
「あたる前に燃やしちゃえばいいのよ!」
「あっ、汚ぇぞ!?」
リーゼもルウもラケットを放棄し、自分の手や能力を使ってぶつけ合いを始めちまった。ルウが殴れば銃弾のように射出され、リーゼが投げれば黒炎を纏って壁に減り込む。ピンポン球は何度も何度も破裂し、焼け溶け、あちこちに跳弾しながら被害を拡大していく。
「……」
「……」
卓球ってなんだっけ?
俺とガルワースはもはや離れた場所から戦いを見守ることしかできなかった。
「なあ、今何対何だ?」
「さて? お互い物凄い勢いで点を取られているから数えてないよ」
やれやれと肩を竦めるガルワース。よく見ると、卓球場は虹色のオーラで囲まれているのがわかる。こうなることが予想できていたのか、それとも咄嗟の判断か、ガルワースが結界を張ってくれたらしいな。
「楽しくなってきたなぁ! 〝魔帝〟!」
「アハハ! 犬にしてはやるじゃない!」
「犬じゃねえ! 狼だ!」
ヒートアップする二人を眺めていると、このまま卓球勝負の続行は不可能に思えてきた。
「卓球で勝負っていう話はどうなる?」
「これじゃ勝敗がわからないからね。引き分けってことで見逃してもらえないかな?」
「引き分けは同意だが、それで納得すると思うか?」
「わかっているさ。だから君たちの知りたいことを一部教えよう」
俺たちからの尋問に答えるのではなく、ガルワースの方で情報を取捨選択して開示するということらしいな。まあ、引き分けならそこが妥協点か。
リーゼとルウの卓球(?)を横目に、ガルワースは少し逡巡してから口を開く。
「まず、オレたちが『杭』を打っているパワースポットに規則性を考えても無駄だ。そんなものはない。強いて言うなら異獣が現れた時に処理が楽な場所だな」
どうりで考えてもわからなかったはずだ。そこに頭のリソースを使わなくてよくなっただけでもありがたい。
「杭は全部で十三本。それらを全てこの京都の地に打ち込むことで意味を成す。ただし、最後の一本を打つ場所だけは最初から決まっている」
「それは?」
「教えられない。そこを押さえられるとオレたちの計画は致命傷を負うからね。代わりに残り二つの予定地を伝えておくよ」
それも教えてくれないと思ったが、案外親切だな。
ガルワースは京都の観光マップを取り出すと、ボールペンで二ヶ所に丸印をつけた。
「二条城と、清水寺だ」
京都にあまり詳しくない俺でも聞いたことのある場所だった。
「嘘じゃないだろうな?」
「ここでオレがなにを言おうと真偽の証明はできないよ。信じるか信じないかは君次第だ」
あまりにあっさり教えてくれるもんだから疑ってみたが、ガルワースがクソ真面目だってことはルウに奢った八ツ橋代を返してもらったことからもわかる。たぶん、本当だ。
こいつは本当のことを伝えた上で、防げるものならやってみろと挑発してるんだ。
「実行は察しているように、今晩だ。どちらで行うかまでは教えない。警備をどうするか、しっかり考えるといい」
教師のようにそれだけ言うと、ガルワースは元は卓球場だった戦場へと歩いていく。
「ルウ、勝負は終わりだ。行くぞ」
「んだよガル! 今いいとこなんだよ! くらえ牙狼スマッシュ!」
「レージ! 見て見て燃えて消える魔球!」
「ただ燃え尽きてるだけだから!? ホテルの備品だからやめなさい!?」
割って入った俺たちに従い、お子様たちは渋々といった様子で引き下がった。ガルワースはそのままルウを連れて卓球場から去ろうとする。
「じゃあな! お前ら! 同じホテルだからまたどっかで会うかもな!」
「いや、このホテルはチェックアウトするよ」
「なんでだ!?」
そりゃあ、流石に同じホテルに泊まり続けることはできないだろうね。俺がガルワースの立場だったとしても速攻で別の宿を探すよ。
「約束だ。情報を貰ったからには見逃してやる。だが、次は容赦しないからな」
「ああ、こちらも今回のようなお遊びで済ますつもりはない」
ガルワースはフッと笑い、ぶんぶんと手を振るルウを引きずるようにしてエレベーターで下っていった。
ちなみに、壊したホテルの備品は全部ガルワースが去る前に弁償したらしい。半分は俺たちの責任なのに真面目すぎるだろ。