四章 京都を包む『王国』の計画(2)
ホテルに戻った俺たちは、食事を済ませると次の指示があるまで各々自由に過ごすことになった。
割り当てられた和室の二人部屋でしばらく横になって寛いでいると――
「白峰貴様!? なんだよこの映像!? 壁の模様しか映ってねえじゃねえか!?」
ビデオカメラの録画を確認した桜居が血相を変えて怒鳴ってきた。壁の模様? ああ、異世界人の異能バトルを撮ってほしいと言われたけど無理だからその辺を撮影したやつか。
「芸術的だろ?」
「どこが!? オレは異世界美少女バトルが見たかったんだよ!? どうしてくれんだ無駄に容量使いやがってコノヤロー!?」
「うるせえそんなん一般人の記録に残せるか!」
「そこはこうなんかお前の力で誤魔化してだな!」
「俺にそんな異能はねえよ!?」
できるとしたらそのカメラをぶっ壊すことくらいだ。傷一つついてないんだからありがたく思え。
「あーくそう、こんなことなら無理矢理でもお前らについて行くんだったぜ……」
もしそんな強行手段に出たらこっちも力ずくで黙らせることになっただろうね。
「ちょっと外の空気吸ってくる」
俺は起き上がるとそう言い残して部屋を出た。今は体を休めたいのに、ギャーギャーうるさい桜居と一緒だと心労が溜まる一方だ。このホテルには温泉があるっぽいし、行ってみるか。
エレベーターで最上階まで登る。屋上に露天風呂があるようで、湯に浸かりながら見る京都の夜景はホテルの名物らしい。
「あ、レージ!」
エレベーターから下りると、丁度温泉から出たばかりのリーゼと鉢合わせた。ラフな浴衣姿で、微妙に乾いていない金髪に赤みを帯びた肌が目に眩しい。
「リーゼ、一人か?」
「ミツルもユーリもみんな先に出てった。ノボセルって」
「どんだけの時間入ってたんだよ……」
温泉と併設されている休憩所を見渡しても他のクラスの連中しかいない。リーゼがどんだけ入ってたのか知らんが、待ってやれよ薄情な奴らだな。
「レージ、喉乾いた」
「そりゃそうだろ」
俺はもう一度周囲を見回し、缶ジュースの自販機を見つける。
「なんか飲むか?」
「飲む! しゅわしゅわのやつ!」
コーラのことかな?
俺は近くに設置されていた自販機の前に立ち、財布から小銭を取り出す。レランジェがいない以上、一応俺がリーゼの保護者だからな。このくらいのことはしてやっていいだろ。
休憩室には自販機の他にもテレビにソファー、マッサージ機、卓球台からちょっとしたアーケードゲームまで至れり尽くせり揃っている。今ここにいる連中は暇を持て余した奴らがほとんどだろうね。
「ほら」
「ん」
自販機でコーラを買ってリーゼに手渡すと――プシッ。さっそく嬉しそうにプルタブを開けてゴクゴク飲み始めた。そんな一気に炭酸を飲んだりしたら……あーほら、けぷっと可愛いゲップを漏らしたよ。
「おいレイジ、あたしはヤツハシ100%をショモーする!」
「はいはい八ツ橋ジュースね…………んッ!?」
横から飛んできた溌剌とした声にテキトーに相槌を打ちかけ、バッ! と俺は振り返った。
そこには十歳くらいの可愛らしい女の子が立っていた。ホテルの浴衣姿で、犬耳と尻尾は隠れているが、その無駄にドヤってる顔は忘れもしない。
「お前は、ルウ!?」
「おう、ルウ様だ。ほらほら早くヤツハシジュース奢れよー。ケチケチすんなよー」
「そんなもんねえよ!?」
こいつは俺たち監査局が血眼になって捜してる敵の一人だぞ。なんでこんなところにいるんだ。しかも今まで温泉に入っていたのか、茹ったお肌がツヤツヤしているよ。正体が狼とは思えないシャンプーの香りまで漂ってきやがった。
それに、ルウがいるってことは――
「……これは、参ったな」
男湯の暖簾をくぐった体勢で苦笑している銀髪の好青年がそこにいた。こっちもホテルの浴衣を纏っていてお寛ぎモードだなおい。
ガルワース・レイ・ローマルケイト。
ルウと同じく『王国』の執行騎士の一人だ。
「なんでお前らがここにいるんだ!? まさかこのホテルが次のパワースポットだったりするのか!?」
一気に警戒を強める俺に、ガルワースはゆったりと歩み寄りながら――
「いや、このホテルは関係ない。ただオレたちもここに泊まっているだけだ」
単なる偶然、ということらしいな。だが、それならそれで俺たちにとって都合がいいぞ。
「レージ、こいつら誰?」
「敵だ」
「ふぅん、じゃあ燃やしていいのね?」
コーラを飲み終えたリーゼが好戦的に笑う。するとガルワースはやれやれと肩を落としてストップのジェスチャーをした。
「君たちはここで暴れる気かい?」
「あたしはそれでもいいけどな!」
ゴッ!
リーゼと同じく戦闘狂な笑みを浮かべたルウだったが、その脳天にガルワースのゲンコツが落とされた。鈍い音したぞ。
「わふっ!? なにすんだガルてめぇ!?」
涙目でガルワースを睨むルウ。傍から見ると年の離れたお兄ちゃんに叱られる妹に見えなくもないな。全然似てないけど。
「無関係の人やホテルに迷惑かけるわけにはいかないだろう。白峰零児君、ここは見なかったことにして退いてくれないか?」
「断る。確かに戦うわけにはいかないが、せっかくまた会えたんだ。ちょっと向こうでゆっくり話でもしようぜ」
顎をしゃくって非常階段の入口を示すと、ガルワースはわかっていたように深く息を吐いた。
「まあ、すんなり見逃してはくれないか」
虹色の小さな魔法陣がガルワースの前に展開される。ハッとした俺とリーゼは即座に戦闘態勢を整えるが……魔法陣から出てきたのは濁った液体の入った一本のボトルだった。
ガルワースはそのボトルを俺に差し出す。
「これでも飲みながら話すとしよう」
「……それは?」
「さっき土産屋で買った生八ツ橋コーラだ」
「八ツ橋ジュースあんのかよ!?」
いや、思わずツッコンじまったがそこはどうでもいい。それより、ガルワースが簡単に話し合いに応じてくれた方が問題だ。
なにを企んでいる?
その生八ツ橋コーラに毒でも盛ってるとか?
「おいガル、こいつらとお喋りなんかしていいのか?」
「レージ、敵なら燃やさないと!」
警戒する俺を余所に、ルウとリーゼのお子様組が互いを牽制し合うように異論を唱えた。
「気が合うじゃねえか金色の奴! やれるもんならやってみろ!」
「フン、お前なんかわたしの炎で一発よ!」
「あぁ? このルウ様が簡単にやられるわけないだろー?」
「〝魔帝〟で最強のわたしに勝てると思ってるの?」
「へえ、あんたがあの〝魔帝〟ねぇ」
「文句があるなら聞いてから燃やしてあげる」
バチバチと火花を散らして睨み合うルウとリーゼ。なにかきっかけがあればすぐ取っ組み合いが始まりそうだな。
「……お互い苦労するね」
「まったくだ」
やんちゃ少女に振り回される件は俺も同情するよ。
「で、どうする? 戦るんなら場所を変えるぞ」
幸いかどうかは知らんが、ガルワースたちの目的はリーゼじゃないからな。また攫われるようなことにはならないだろう。
「……仕方がない。アレで勝負しよう」
ガルワースは少し逡巡すると、休憩所の奥を指差した。
そこには二台の広い台が設置されている。
「卓球か」
「君たちが勝てば質問に答えよう。オレたちが勝てば、この場は見逃してもらう。どうだい?」
平和的な勝負だ。卓球なら周囲に被害が及ぶことはなさそうだな。それにこのまま話し合いをしてただ問い詰めても、ガルワースにはのらりくらりとかわされそうだ。そういう約定があった方がいい。
「わかった。それでいい」
頷き、俺たち四人は誰も使っていない卓球台の方へと移動した。




