三章 パワースポット防衛戦(7)
わかっちゃいたが、ガルワースとルウの働きには目を瞠るものがあった。
仮にも『王国』の執行騎士だ。その実力は並の監査官では太刀打ちすらできないからな。
ガルワースは当然として、見た目が幼女のルウでさえ素手で恐竜もどきの鱗を砕き、数十メートルの距離だろうと『次元の門』まで寸分違わず殴り飛ばしやがるんだ。ワンパンで怪人を倒すヒーローかなんかなの?
「零児、こっちの方は片づいたわ」
「ああ、俺の方も取り逃しはない」
例の巨岩の前で悠里と合流する。俺たちの取り決めはもう知らせてあるから問題はない。
「けっこう厄介だったわね。なんとかなりそうでよかったわ」
「そうだな」
あの恐竜もどきは火を吹くからな。山火事にならないよう慎重に対処せにゃならんかった。加えて図体もでかいだろ。俺にあんなもんをぶん投げるパワーなんてないから、巨大な盾を生成して誘導したり、鋼のロープとかてこの原理とかいろいろ駆使してなんとかお帰りになっていただきました。
あとはあの二人が本当に最後までちゃんと仕事してくれているかどうかだが――
「まったくよー、いつから京都の山はジュラシックなパークになったんだ?」
「そういう世界が開いてしまったんだ。大事になる前に片づいてよかったよ」
二人揃って無傷で悠々と戻ってきたよ。心配はいらなそうだな。
「取り零してないだろうな?」
「それは大丈夫だ。この山にはオレの〈神霊術〉で結界を張ってある。この場にいる者以外誰も入って来ていないし、出てもいない。加えて生き残っている異獣もいない」
結界? いつの間に……いや、よく見ると遠くの空間が僅かに虹色をしているな。偽りではなさそうだ。
「信用できないかい?」
「いいえ、信じるわ」
そう言ったのは悠里だった。
「アタシもアタシで結界を張ってるからわかる。もう恐竜もどきはいないわ」
悠里の小指の先にキラリと鋼糸が結んであるのが見えた。対処しながら山を駆け回って張り巡らせていたんだろう。
「残る問題は……」
俺は巨岩の背後で揺らめく空間を見やる。
「この歪み、なかなか収まらねえな」
「ああ、そうだね。このままだといつまでも開いたままだろう」
「……なんだって?」
振り向くと、ガルワースは手にあの霊的な杭を出現させていた。
「知っての通り、オレがこの杭を打つためにわざと歪めたんだ。だが安心するといい。これを打ち込みさえすればひとまずは安定する。地脈が本来の流れではなくなるから、結果的に歪んだ状態にはなるけどね」
なるほど、霊的な杭を打てば門は消えるか。嘘か本当かは審議するまでもないな。
「させると思うか?」
「思う。今の異界監査局に『次元の門』を制御する技術はない。君たち監査官は、『次空の歪みが安定し門が消滅するまで監査する』ことが仕事のはずだ。門の出没をコントロールできるならそんな非効率的なことはしないだろう?」
「……」
その通りだ。クロウディクスや悠里のような〝次元渡り〟の能力や、人工の『次元の門』なら制御できる。だが、そうじゃない天然の門は違う。それができるならそもそも『異界監査官』なんて職業は不要なんだ。
今回は人為的に発生させたとはいえ、門それ自体は天然物だ。残念ながら監査局では干渉できないな。
それでも――
「そいつをぶっ挿すことがあんたらの計画だ。だったら、俺たちは絶対に認めるわけにはいかねえんだよ」
自然発生した『次元の門』ならいつかは消える。ガルワースが次空を歪ませた方法を突き止めて解除したっていい。ここで安易に見逃せば敵の思う壺だ。
「君の魔力で生成した武器はオレには通じない。それでも、抗う気かい?」
「間違えるなよ。『さっきの出力じゃ通じなかった』ってだけだろ」
ハッタリだ。〈魔武具生成〉はいくら魔力を込めようと武具そのものの威力には影響しない。武具を扱うのはあくまで所有者だからな。日々の鍛錬。筋トレメニュー増やせばワンチャン?
「あーもう! めんどくせーなーッ!」
と、睨み合う俺たちに痺れを切らしたらしいルウが吠えた。
「寄越せガル!」
「あっ」
「なっ!?」
ガルワースに飛びかかったルウは霊的な杭を奪い取ると、巨岩の上まで一跳びで登って――その頂上に躊躇いなく突き刺しやがった。
「ルウ!? てめえ!?」
くそっ、やられた! 止める暇もなかった!
「うっさいぞレイジ! あたしは面倒な駆け引きするくらいならさっさと終わらせてヤツハシ食いたいんだよ! いいだろー! これはお前らのためでもあるんだぞ!」
「は? なにが……」
「!? 零児! そこから離れて!」
ルウが挿した杭から強烈な閃光が迸る。悠里のおかげで間一髪バックステップを取れたが、特に衝撃とかはないな。ただ眩しいだけだ。
いや、違う。変わった。変わってしまった。
このパワースポットの力の流れが、あの杭を起点に。
「やれやれ、ルウの短気には困ったものだ。まあ、結果的には予定通りだからよしとしよう」
声はどこからともなく聞こえた。
ハッとして辺りを見回すが、ガルワースの姿もルウの姿も見当たらない。ついでに『次元の門』もしっかり消えてやがる。
「待て!? 逃げるな!? 俺らのためってどういうことなんだ!?」
「悪いが刻限がある。あと三つ、それまでに完了しなくてはならないんだ。でなければ――」
ダメだ。山に木霊して位置を特定できない。
「この世界に、最悪の災いが降り注ぐことになるだろう」
まるで預言者のようにそう告げると、ガルワースの声はそれっきり聞こえなくなった。
「どういう意味だ! せめて答えてから逃げやがれ!」
「……もう周りにはいないわ。たぶん転移でもしたんだと思う」
悠里が小指を動かして鋼糸の結界を確認し、首を横に振った。
「監査局に報告だ。次はなんとしてでも防いでやる」
ガルワースの言葉がフェイクじゃなければ、まだ次が残っているはずだ。それに時間もなさそうだった。となればアクションはすぐに起こす。急がねえと。
「……零児は、それが正解だと思う?」
「悠里?」
どこか真剣な声に振り返ると、悠里はまっすぐに俺を見詰めてきた。
琥珀色の瞳が、少し不安げに揺れている。
「アタシの〝正義〟は彼らが完璧に〝悪〟だなんて思えない。本当は彼らがやってることの方が正しくて、それを止めようとするアタシたちは間違ってるんじゃない?」
「……」
確かに俺もあの二人は根っから悪い奴だとは思っちゃいない。そんな奴らがやってることがただ悪戯に世界を破壊するだけだとは思いたくない。
そういうのは、魔王だけで充分だ。
そんなことより。
「らしくないな」
「え?」
「お前が自分の〝正しさ〟を疑うなんて。いや、前もそういうこと言ってたけど、それでも自分の〝正義〟を貫くんだろ?」
先日捕縛した異世界人犯罪者・ウン=リョークにいろいろ言われた後のことだ。悠里は異世界で自分が正しいと思ってやったことが、実際はそうじゃなかったって経験を幾度かしていることを俺に伝えた。
とっくに振り切って、開き直って、自分が正しいと思うことはもう曲げない。もしそれが間違っているのなら、その時は力づくででも止めてほしい。そう言っていた。
「悠里が間違ってたら俺が止める。いつものことだ。そうやって意見が合わない時は喧嘩して……ああ、これはお前がまだ異世界に行く前の話な」
その悠里がこんな話をするってことは――
「悠里は、あいつらが正しいと思ってんのか?」
「ごめん。そんなんじゃないわ」
軽く首を振って否定し、悠里は続ける。
「アタシたちはまだなにもわかってない。だから闇雲に捜索する前に、ルウちゃんたちの目的をちゃんと知った方がいいって思ったのよ。直接は教えてくれなかったけど、せめてこのまま杭を打ち続けられたらどうなるのかくらいは予想を立てるべきだわ」
一理ある。今までの情報だけじゃ不足すぎて予想もクソもあったもんじゃなかったが、俺たちは犯人と直接会ったんだ。敵が『王国』だと確定もした。
「支局に戻るわよ。その予想次第で今後どう動けばいいかわかるはずよ」
そうだ。
きっと今なら、なにかが――。