三章 パワースポット防衛戦(3)
パワースポットの案内板があった場所まで下りて来た俺たちは、さっそくルウの保護者を捜しながらコースを進むことにした。
金閣寺で迷子になったのなら近くにいるはずだからな。
ルウの犬耳、もとい狼耳と尻尾は綺麗になくなっている。リャンシャオとチェンフェンが使っていた狐妖術みたいなもので変化したらしい。今は人間の耳が見えてるよ。悠里がめっちゃ残念そうな顔をしたのは言うまでもない。
「ルウ、お前の連れってどんな奴なんだ?」
「銀髪で背の高い男だぞ。瞳が空みたいに青くて、頭がよくて、あたしの好みじゃねえが割とイケメンだな。あとあの野郎クッソ真面目だからなー。たぶん観光ルートを逆走したりはしねえはずだ」
「いや、迷子を捜してるなら逆走くらいするだろ」
もし本当にそいつが迷子になってるんだとすれば可能性はあるか。まあ、十中八九ルウの方が迷子だろうけどな。
「その人の名前はなんていうの?」
「あたしはガルって呼んでるぞ。フルネームは長ぇからイチイチ覚えてらんねえなー」
いるいる、無駄に長い名前の奴。わかるわー。セレスとかクロウディクスも大概だしな。そいつってもしかしてラ・フェルデ人?
ていうか――
「家族じゃないのか?」
「そんなわけないだろー。生まれた世界から違うっての。まあ、一緒に暮らしてるって意味なら家族ってことになるなー」
「え? じゃあ、その人、もふもふじゃないの?」
「ユウリの言う『もふもふ』が獣耳と尻尾のことならあいつにはないぞ。この世界の人間と大して変わんないぜ」
「……」
あ、悠里の瞳から光が消えた。
「ねえ、零児、もしそのガルなんとかさんが見つからなかったら――」
「おいやめろ!? お持ち帰りする気だろお前!?」
「だ、だって放っとくわけにはいかないでしょう? これは監査官として言ってるのよ。監査局で保護してもらった方が……」
絶対個人の趣味百パーで言ってると思うのだが……なんだ? 悠里のやつ、言葉の途中でなにやら真剣な顔になって考え込んだぞ。
「銀髪の男……ガル……まさか……?」
「悠里?」
「なんでもないわ。どっかの世界で似たような人を見たことある気がしただけ。ほら、異世界だと銀髪なんて珍しくないし」
ほらと言われても、俺の異世界経験はイヴリア数時間のラ・フェルデ一瞬だからなぁ。でもまあ、セレスも銀髪だし珍しくはないんだろうね。
「っと、出口まで来ちまったな」
人は大勢いたが、銀髪なんて目立つもんは見当たらなかった。俺たちより後にいるんだとしたら、このままここで待ってればいい。最悪、係員に迷子のお知らせをしてもら――
「あっ!」
ルウがいきなり嬉しそうな声を上げた。
「どうした、ルウ? ガルなんとかさんが見つかったか?」
「ヤツハシの匂いがするぞ! こっちだ! 約束だから奢れよな、レイジ!」
違った。あと別に約束はしてねえぞ。
「お前迷子の自覚……ないんだったね。そうでしたね」
トタタタタッと出口へと駆けていくルウ。
俺は悠里と顔を見合わせる。
「仕方ないわね」
「金閣寺からあんまり離れなけりゃいいか」
諦め、お互い肩を竦めてからルウの後を追うのだった。
そうして入った和風で趣のある店舗の中には――
「へえ、思ってたよりいろんな味があるんだな」
色取り取りの八つ橋がずらりと並んでいた。試食もできる。うまっ。
「焼きヤツハシは薄いけどパリパリしてて美味いぞー。こっちの生ヤツハシはもっちりしてて中にいろんな餡が入ってんだ。定番はニッキ、つぶあん、抹茶だな。ラムネやコーヒーやフルーツ系も美味かったぜ」
「まさか全部食ったことあるのか?」
「わふふ♪」
ドヤ顔で平坦な胸を張るルウ。そんなに食いまくってるのにまだ食べたいのか。八つ橋って飽きないの? いや、こんなに味があれば飽きないな。
「さてさて、どれにしよっかなー? どれも美味いからなー」
ルウは涎が出そうなほど口元をだらしなくして店内をあっちこっち駆け回り始めた。こりゃ買ってやるまで絶対店から出そうにないぞ。
まあ、誘波に頼まれたお土産の参考にはなるか。
「一番好きなのを買ってやるよ」
「全部好きだぞ?」
「ここからここまで全部ください」
「待て悠里!?」
なんでそんな大富豪みたいな買い方してるんですか悠里さん? お給料俺と同じだよね? 同じ……だよな。不安になってきた。
「じゃあもう俺が決めるぞ。さっき言ってた定番のやつでいいな?」
というわけで定番の三種を買い、店の外にあった腰かけに三人並んでもぐもぐ食べることにした。ルウ、俺、悠里の並びだ。
つぶあんや抹茶もいいが、俺はこのシナモンっぽい風味のニッキが一番好きだな。いや、マジで美味いよ。お土産はこれにしよう。
「ねえ、ルウちゃんはいつ頃この世界に来たの?」
抹茶の八つ橋を齧っていた悠里がふと思い出したように訊ねた。狼耳と尻尾を見えなくしているからか、今の悠里はちょっと落ち着いているな。
「わふ? ああ、いつだったかなー? たぶん一年は経ってんなー」
「けっこう長くいるんだな」
慣れてる感じはしていたが、そんなに前からだとは思わなかった。
「住めば都ってやつだ。あたしの世界も暮しやすい場所だったけど、この世界も好きだぜ。美味いもんがいっぱいあるからな!」
ニシシと笑ってつぶあんを一口でパクッとするルウは、なんというか、全力で今を楽しんでいるような雰囲気だ。
だから、俺も悠里も気になってしまう。
「元の世界に帰りたいって思わないの?」
「そりゃあ、思ってるさ。でも、帰れないからしょうがねーだろー」
ルウは八つ橋を咀嚼しながら両手を頭の後ろに回して足をブラブラさせた。ノリは軽いが、そこには確かに望郷の思いが読み取れた。
帰れるなら帰りたいが、その方法がない。運よく『次元の門』が開いたとしても、その先が自分の故郷だという保証はない。寧ろ可能性は限りなく低い。
たぶん、諦めてるんだな。だからこの世界を楽しもうとしている。
だが、可能性でいいのなら――
「次元を渡る方法ならあるわよ」
「おい悠里」
少し焦って悠里を諫める。俺も思わず漏らしてしまいそうだったが、人工の『次元の門』についてはまだ口外しちゃいけないんだ。どうしてもラ・フェルデ経由になっちまうから、向こうの受け入れ態勢やらなにやらが確立するまでは動けないんだよ。
「大丈夫よ。アレのことじゃないわ。ていうか零児、アタシ自身が〝次元渡り〟の能力者だってこと忘れてるんじゃない?」
「……あー、そうだったな」
うん、完全に忘れてました。そっちなら、まあ、話してもいいのか。たぶん。
「一ヶ月に一回くらいしか使えない力だけど、アタシが行ったことのある世界ならどこへだって連れて行けるわ。だからルウちゃん、帰りたいのならアタシに――」
「無理だな。いくらユウリが次元を渡れても、あたしの生まれた世界には行けねえよ」
一瞬すら悩む素振りすらなく、ルウはそう断じた。
「だってあたしの世界はもう滅んじまってるからなー」
「なっ!?」
「まさか、魔王が!?」
さらりととんでもないことを言ったルウに俺と悠里はぎょっとする。故郷が滅んでるのに、なんでこんなに平然としてるんだ? もしかして、ルウも見た目通りの年齢じゃなかったりするんだろうか? 聞くのが怖い。
「まあ、気にすんな。あたしはあたしで今を面白おかしく生きてっからよー。やりたいことだってあるんだ。世界が無事だったとしても、それを成すまでは帰る気なんてねえぜ」
「やりたいことってのは――」
その時、なにかが砕けるようなイメージが頭の中に流れ込んできた。続いて大北山の方から莫大な力が溢れ、歪みの気配が肌に刺さる。
「これは……」
「零児! 結界が破られたわ!」
「やっぱりか。チッ、俺らが離れた途端かよ!」
敵が近くにいたってことか。くそっ、暢気に八つ橋を食べている場合じゃない。
「パワースポットまで戻るぞ! ルウ、悪いがしばらくここで大人しくしていてくれ!」