三章 パワースポット防衛戦(2)
異世界人対応マニュアル――第一節。
未知の異世界生物と遭遇した場合、まずはコミュニケーションができることを確認する。
「あー、俺たちは怪しい者じゃない。言葉、わかるか?」
先に向こうがこちらに問いかけてきたので問題ないと思うが、そこはマニュアル通りに行動する真面目な俺です。
「わふっ、どっちかっつうとあたしの方が怪しいだろ? この世界の人間に獣の耳や尻尾なんて生えてないからよ」
可愛らしい少女のくせになんとも男らしい口調だった。こんな幼女がヤンキー化してんの? それとも種族的にそうなの?
「で、そんなあたしを見て騒がないお前らも普通じゃないんだろ?」
こちらを探るように少女らしくない笑みを刻むこいつは……なるほどな、この世界に来たばかりの異世界人ってわけじゃなさそうだ。
犬耳に尻尾。もしかしてリャンチェンコンビの知り合いとか? あっちは狐だけど。
「アタシたちは異界監査局の者よ。あなたに危害を加えるつもりはないわ」
俺の代わりに悠里が答えた。
「だからね、もうちょっとこっちに来てくれないかしら? ほら、そこはパワースポットっていって危ないのよ」
思わずぎょっとしそうなほど優しい喋り方で悠里は犬耳少女にゆっくり歩み寄っていく。なにそれ俺そんな優しい声で話しかけられたことないんだけど?
「な、なんか身の危険を感じるぞ……」
逆に警戒されたらしくたじろぐ犬耳少女。悠里は安心させるように目線を犬耳少女の高さに合わせ、両手を差し出して手招きまで始め――
「大丈夫大丈夫。ほら、こっちにおいでー。恐くない恐くない。チチチチチ」
「猫か!?」
ダメだこいつ、犬耳少女を完全に愛玩動物かなにかと思ってやがる。
「おい悠里、真面目にやれよ」
「や、やってるわよ! でも、ここに知り合いはあなたしかいないし、もう我慢できないのよ!」
「は? 我慢?」
悠里は一体なにを――
「ホントはリャンシャオとチェンフェンをもふりたかったけど、みんなの手前だし、ずっと我慢してたのよ! そこにこの子でしょ? もう無理。もう待てない。ねえ、こっち来てお姉さんともふもふしよ?」
「落ち着け!?」
ゴッ!
今にも犬耳少女に飛びかかりそうな勢いだった悠里の脳天に俺はチョップを振り下ろした。紅白殺戮ショーって呼ばれてた昔の俺たちだったら考えられない展開だぞ。
「なにすんのよ!?」
「変態から幼い子供を守ったんだよ!?」
犬耳少女を庇うように間に立つ俺。涙目の悠里に睨まれたが、ここをどくわけにはいかないんだ。
「わ、わわわわわわふぅ……」
だってさっきまでどこか達観してた犬耳少女が俺の背中に隠れて震えてるんだからな。それはもう携帯のバイブレーションみたいに震えてる。だからこれ以上この変態を近づけるわけにはいかない。
「ずるいわよ零児そこ代わって!?」
「代わるか!? あと五メートル離れてろ!?」
「やっぱりあなたロリコンなの?」
「断じて違う!? ていうか今のお前にだけは変態扱いされたくねえよ!?」
俺はライオットシールドを生成して断固防衛の構え。悠里はぐぬぬと悔しそうに唸っているが、怯える犬耳少女を見て諦めたらしく一歩下がった。
「まったく……そんで、お前はなんでこんなところにいたんだ?」
「お前じゃないぞ。あたしにはルウって名前があるんだ」
名前で呼べってことか。面倒臭い奴だな。
「そうか。じゃあルウはどうしてここに?」
「そうじゃねえだろー? あたしが名乗ったんだからお前らも名乗れよー。礼儀だぞ」
面倒臭い奴だな!
「あ、ああ、悪い。俺は白峰零児。あっちの変態は紅楼悠里だ」
「誰が変態よ!?」
「お前だよ!? 諦めたと思わせといてこっそり機会窺ってんのバレバレだからな!?」
指摘すると悠里はスイッとそっぽを向いた。こいつ、隙あらば死角からルウに抱きついて撫で回す気満々だな。俺が気をつけてないと!
「なるほど、レイジに変態か」
「ちょっと零児!? こういうのっていつもあなたの役割でしょう!?」
「今回ばかりはお前の自業自得だよ!?」
もはや俺の前では自分を偽る気がないらしいな。いつもの真面目な悠里ちゃんに戻ってほしい。切に。
「わはっ、面白い奴らだなー。漫才師だったっけ?」
「異界監査官だ!」
ケラケラ笑い始めたルウは、どうやら俺たちの漫才で多少は緊張が解れた様子だ。チラリと見える八重歯がなんとも可愛らしいな。
「で、いい加減に答えてくれ。ルウはどうしてパワースポットにいるんだ?」
「どうしてって、変なこと聞くなー。珍しいものがこっちにあるって看板があったから来てみただけだぞ?」
「あー」
そういえば思いっ切り看板で案内されてたわ。道がないから普通はそのまま立ち去るもんだが、中には突撃していく輩もいたって不思議じゃない。
ルウはただの観光客ってことか?
「一人か?」
「連れも一緒だったんだけどなー、あの野郎どっかで迷子になったみたいなんだよなー」
「なんだ迷子か」
「迷子なら保護者に届けないといけないわね。きっと保護者さんももふもふして……心配してるわ。ダブルもふもふ」
「言い直した意味!?」
だが、そうか。ルウは保護者とはぐれてこんなところまで来ちゃったんだな。強がってるっぽいけど内心は不安に違いない。
「ん? 違うぞ。あたしじゃなくてあいつが迷子だぞ?」
「そうかそうか、大変だったな」
「さては信用してないな?」
「零児、一旦麓まで下りてルウちゃんの保護者を捜すわよ」
「信用してないな!?」
大丈夫大丈夫、俺は全部わかってる。うちにも自分が迷子になった自覚なんてなさそうなお嬢様がいるからな。セレスが苦労してなければいいけど。
「パワースポットはどうする?」
「別に異変はなさそうだし、他に人の気配もない。だったら念のため結界だけ仕掛けて次のパワースポットを回った方がいいわ」
「それもそうだな」
俺たちは人数が圧倒的に足りない。一箇所だけに留まって監視なんてできないから、もともと魔導具で侵入者の妨害と警報装置的な役割を果たす結界を張る手筈なんだ。
「異世界人の迷子を保護したことも監査局に伝えないとな」
「だから迷子はあいつの方だって言ってるだろー! がるるるるぅ!」
「い、威嚇してる顔もかわいい……」
「うっとりしてるとこ悪いけど魔導具の設置手伝えよ!」
そんなこんなで俺と悠里は手分けしてパワースポットの周囲を囲むように結界魔導具を設置していく。クラゲのようなフォルムをした掌サイズの機械を地面に突き刺し、ボタンをポチッと押すだけ。簡単!
そうして三分とかからず設置を終え、結界が正常に作動していることを確認し、俺たちは山を下りることにした。
「あ、その犬耳と尻尾は仕舞えるか? 流石にそのまま街に繰り出すわけにはいかんぞ」
「フン、そのくらい余裕だ。ていうか犬じゃねえ。あたしは狼だ。次に犬呼ばわりしやがったら食うぞコラ!」
「はいはい、そりゃ悪かった。以後、気をつけるよ」
ぶっちゃけ犬も狼も変わんねえだろ。どっちもイヌ科だ。あと悠里さん、後ろで「この子に食べられるのもいいかも♪」とか呟いてるけど変態レベル上がってません?
「詫びとしてあたしにヤツハシを奢れ! 好物だ! いっぱい奢れ!」
「だってさ悠里、餌づけのチャンスだ」
「京都中から買い占めるわ」
「そこまでしなくていいわ!?」
ルウはけっこう図々しい性格してると思うんだが、今の常識がぶっ飛んでる悠里には敵わないようだな。
「くそう、調子狂う奴らだなー」
不貞腐れたようにルウは唇を尖らした。そのまま俺の代わりに悠里に対するツッコミ役をお願いします。