三章 パワースポット防衛戦(1)
公正なるジャンケンの結果、俺は悠里と組むことになった。
一応、修学旅行で来ているのだから班員同士で行動しなければならない。つまり必然的にリーゼとセレスが組むことになったんだけど、不安すぎる。大丈夫かあいつら。
「そして支局からの移動もチャリかよ! 車くらい用意しろよ広いんだから!」
俺はレンタサイクルの自転車をシャーッと漕ぎつつ、あまりの面倒臭さに不満を口に出さずにはいられなかった。
「別にいいじゃない。これの方が小回り利くし、アタシは風を感じられて好きだけど?」
「亜光速で移動できる人がなに言ってんの?」
後ろからついて来る悠里は上機嫌だった。そんなにチャリがいいのかね? まあ、俺も普通に観光するならこれでもいいけど。
悠里の光速移動を使えば一瞬ではあるが、アレは加減が難しいからな。土地勘のない場所では極力使わない方がいいだろうね。変な場所に飛んでも困るし。
「アタシたちが監視する場所……金閣寺だっけ? まだ着かないの?」
「えーと、たぶんもうちょっとだと思う」
信号待ちの時間を活用して地図を見ると、あと一キロもなさそうだ。
霊的な杭が打ち込まれる可能性があるパワースポットは、清水寺や二条城など世界遺産登録されている観光地だけでも十ヶ所以上ある。全部をカバーするにはぶっちゃけ俺たちが加勢したくらいじゃ足りやしない。
だから絞ることにした。
今回の事件を『王国』が起こしている物と過程すれば、『次元の柱』の小柱に繋がるパワースポットをマークすればいい。奴らはその破壊が目的だからな。
でも、今までは必ずしも小柱がある場所で発生したわけじゃない。小柱がある場所でも霊的な杭を打ち込まれただけで破壊自体はされていなかったらしい。
もしかして『王国』の仕業じゃないのか? それとも違う目的があるのか?
現時点じゃなにもわからないが、とりあえず俺たちは金閣寺を中心に北側を担当することになったんだ。リーゼとセレスは南、ジル先生とバートラム先生が東、リャンチェンコンビが西といった具合だな。
なぜ金閣寺かと言えば、そこが北側で一番でかいパワースポットだからだ。
「なんとか迷わず着けたな」
近くの駐輪場にチャリを置いて金閣寺の入口へと向かう。
「金閣寺も世界遺産なんでしょ? もし戦闘になっても壊さないようにしなきゃね」
「世界遺産じゃなくても壊しちゃダメだろ」
弁償が全部俺に来そうだから戦うとしても絶対安全に戦ってやる!
「正式名称は『鹿苑寺』っていうらしいわね。鎌倉時代の藤原公経って人が『西園寺』を建てたのが前身で、鎌倉幕府滅亡後に荒れ果ててたところを足利義満が譲り受けて――」
木漏れ日が綺麗な長い参道を歩きながら、悠里が調べてきたらしい知識をドヤ顔で披露し始めた。いるいるそういう知ったばかりの知識を語っちゃう人。でもまあ、修学旅行めっちゃ楽しみにしてたんだなってわかるよ。
監査局のせいで俺なんかと二人っきりだなんて、悪いことした気分になっちまうな。
「お、見えてきたぞ」
と言っても入口の門なんだけどな。金ピカはまだ見えない。ちらほらと伊海学園生の姿もあるな。クラスの野郎どもに俺と悠里が二人っきりだとバレたら殺されちまう。
気をつけねばと任務とは関係ないことで警戒しつつ、受付で二人分の料金を払って入場券を受け取る。
「へえ、入場券ってお札になってんだな」
「面白いわね。これ、零児に貼ったら魔王の力が浄化されないかしら?」
「入場券で浄化されるとか嫌すぎる……ていうか、あれはもう俺自身の力なんだから手放すつもりはねえぞ?」
魔王化するのはお断りだが、利用できる力は利用しないと勿体ないからな。
「わぁ」
大きな池の向こうに見えた大本命に、悠里が思わず感嘆の息を漏らした。
「凄いわ! 思ってた以上にキンキラキンね!」
池の柵から身を乗り出す悠里は、テンション上がってるなぁ。まるでリーゼお嬢様みたいにお目目を輝かせてるよ。
「観光気分もいいけど俺たちの任務を忘れるなよ?」
「わかってるわよ。零児こそ、スマホで写真撮りながら言っても説得力ないわよ?」
しまった、つい。
撮った写真は後で母さんと誘波に送っとくか。日本大好きな誘波は京都についていけなかったことを泣いて悔しがるだろうな。是非この目で見たかったぜ。
Trrrrn! Trrrrn! Trrrrn!
と思ってたら誘波から電話だ。
いつもならスルーしたいが、俺たちがいない間に向こうでなにかあったのかもしれん。
「なんの用だ? こっちは修学旅行中だから手短にな」
『いえ、そろそろレイちゃんが泣いて悔しがる私を想像してる頃だと思いまして』
「お前のそのエスパーなんなのマジで!?」
『レイちゃんは顔に出やすいですからねぇ』
「新幹線の距離だけど!? え、なに? 実は近くにいんの?」
キョロキョロと不審者みたいに辺りを見回すが、あのクソ目立つ十二単は幸いにも視界に入らなかった。
「ホントはなんの用だ?」
『お土産は本家の八つ橋をお願いしますと言いそびれていま――』
俺は静かに通話を切った。向こうは平和なようでなによりだまったく。
「誘波さんからなんて?」
「お土産に八つ橋買って来いだってさ」
「ふぅん、確かここの前にお店があったわね。アタシも食べてみたいし、帰りに寄っていきましょう」
「寄るのは別に構わんが、初日から荷物が嵩張るのは嫌だな」
奴への土産は帰りの京都駅でテキトーに買えばいいや。
そうして面倒なことは放置し、俺たちは一通り金閣寺の観光ルートを回ってみることにした。
思わず見惚れそうな日本庭園を存分に堪能できるのはいいんだが……。
「問題のパワースポットってどこだ?」
ハオユー支局長は「行けばわかるで候」とか言っていた。異能を感知する力があれば見つけられる場所なのか?
と、悠里が急に立ち止まった。
「零児、パワースポットの場所がわかったわ!」
「本当か? 俺はなにもわからんが」
目を閉じて不自然な気配を探ってみるが、さっぱり感じられないぞ。
「え? アレ見てわからないって相当なアホよ?」
呆れたように言われた。
目を開け、悠里が指差す先に視線を向ける。
看板があった。
【パワースポット。こっち→】
「親切か!?」
そして雑だな! 敵どころか一般人にも教えちゃってんじゃねえか!
とはいえ道なき道を大北山の方へと登っていくため、一般の観光客は首を傾げて立ち去ってるな。
「これを登るのか……」
「ボーっとしてたら置いてくわよ、零児」
お構いなしに茂みの中を突き進んでいく悠里。俺の幼馴染が逞しすぎる件。
整備されていない山道ってのはきついもんで、十分ほどえんやこらして登っていくと……流石に、わかってきたな。
魔力に近いエネルギーが濃くなってやがる。その発生源がパワースポットってことだろうね。
「あそこね」
「間違いないな」
そこには巨大な丸い岩がでん! と鎮座していた。岩にはしめ縄が巻かれていて、まるで妖怪かなんかを封印してそうな雰囲気だ。
封印どころかめっちゃエネルギーが漏れてるけどね。もしかしたらこれでも抑えてんのかもしれん。
今のところ異常事態にはなってなさそうだが――
「待って、誰かいるわ」
悠里が警戒した声を放つ。俺も気配を消し、木々に身を隠して大岩の真下を見る。
アレは……女の子?
十歳くらいの少女が俺たちに背中を向けて大岩を見上げている。
だが、ただの少女じゃねえぞ。
「も、もふもふ――ッ」
悠里がなんか感激したように息を呑み込んだ。
それもそのはずで、少女の頭にはぴょこんと犬耳が、お尻の辺りにはフッサフサの尻尾が生えてたんだ。
異世界人だ。
「んー?」
少女の耳がピコンと動き、鼻をすんすんさせ――振り返って真っ直ぐ俺たちを見た。
「隠れても無駄だぞー。そこにいるのは誰だ?」
ニィと笑った少女は、快活な声で俺たちの存在を看破しやがった。