二章 伊海学園修学旅行(5)
双子と一旦距離を取ったリーゼとセレスは、審判の俺から程近いところで作戦会議を始めた。
「リャンシャオ殿とチェンフェン殿は珍妙な術と多彩な武器でこちらを翻弄する。まずは彼女たちの動きを制限したい。〝魔帝〟リーゼロッテ、貴様の黒炎でそれは可能か?」
「あいつら取り囲めばいいの? それなら簡単よ」
「動きを封じたら、避けられない規模の攻撃で一気に叩く」
「アハッ、わかりやすくていいじゃない」
リャンシャオとチェンフェンの戦闘は狐妖術と武器が目立っているが、それらを使ってこちらを惑わせる身軽で素早い動きこそ厄介だ。その機動力を封じることができればだいぶ有利になる。悪くない作戦だ。
「貴様が大火力の術で追い込めばもっと簡単なのだがな」
「レージにダメって言われてるもん」
リーゼがチラッと俺を見る。リーゼが本気を出せば京都の街が消し炭になりかねないからな。この決闘はちゃんと力をセーブして戦う訓練にもなるはずだ。
「作戦は筒抜けアル!」
「ワタシたちは耳がいいネ!」
狐耳をピコピコさせていた双子が疾走して左右に散った。あいつら、動物並みの聴力を備えているのか? しかしこうなったら捕まらないように動き続けてしまうぞ。
さて、セレスたちはどうするかな?
「くっ、二人を一ヵ所に集める! 私はチェンフェン殿を追う! 貴様はリャンシャオ殿を頼む!」
「わかった!」
二手に分かれて追い詰めるつもりらしい。セレスはチェンフェンを追って境内の右翼側へ走る。が、なぜかリーゼもセレスと併走を始めたぞ。
「待て!? なぜ私についてくるのだ!?」
「キツネを追えって言ったのはお前よ!」
「私はリャンシャオ殿を頼むと言ったのだ!」
「? どっちも同じでしょ?」
「……」
「……」
二人は立ち止まり、沈黙。
「〝魔帝〟リーゼロッテ……まさか、見分けがついていないのか?」
「だって同じ顔だし」
ちょっと拗ねたように唇を尖らせてリーゼはそっぽを向いた。一応自己紹介はホテルの前でやったはずなんだが、リーゼは興味のないものは覚えられない、もとい覚えようとしない子だった。どっちも『キツネ』って認識らしいな。
セレスはしばらくリーゼを睨んでいたが、やがて小さく溜息をついた。
「髪を一つにまとめている方がリャンシャオ殿、二つに分けている方がチェンフェン殿だ」
指差して双子の特徴を教えるセレス。リーゼには個人名じゃなくそういう風に特徴で指示を出した方がいいかもしれないな。
ただ、今回のも聞かれているぞ。
「だったら髪を解くネ!」
「こうすれば騎士にも見分けつかないアル!」
ニヤァと悪戯的に笑ったリャンシャオとチェンフェンがさっと三つ編みを解いて髪を下ろした。ゴトリ、と髪に仕込んでいた柳葉刀が地面に落ちる。黒髪ストレートになったら俺もどっちがどっちかわからん。
「ついでに分身もするアル!」
「さらについでに旋風砲出しとくヨ!」
ポンポンポン! と白煙を噴き上げてリャンシャオとチェンフェンが大量に分身を生み出したぞ。
多い。一人二人なんてもんじゃない。数にして百人はいる。その分身たちの内、半数ほどが旋風砲の梢に結ばれた麻紐を一本ずつ手にした。
旋風砲は人力とてこの原理を用いて石弾を投射する兵器だ。それだけなら普通の投石砲と大差ないが、旋風砲の大きな特徴はてこを固定する支柱が旋回する点にある。これによって発射する向きを自由に変更できるんだ。一台につき五十人で動かす兵器だが、分身を使えるリャンシャオとチェンフェンにはなんら問題もない。
「発ぇーッ!!」
本物か分身かわからないが、指揮官のリャンシャオが指示を出し、超威力の石弾が発射された。リーゼとセレスは横に飛んでかわすが、境内の地面が大きく抉れ、衝撃波が二人を襲う。
「さらに兵器を追加していくネ!」
「猛火油櫃に仏朗機炮、も一つおまけに紅夷炮も出血大サービスアル!」
猛火油櫃は石油の成分であるナフサを使用した火炎放射器。仏朗機炮は砲身を母炮と子炮に分けることで連射性能を高めた大砲。紅夷炮は発射速度を捨てて威力・強度・射程の性能を極めた拠点防衛または攻撃用の移動砲台だ。
残り半数の分身たちがそれぞれの兵器を惜しみなくぶっ放す。戦争を起こせそうな兵力が絶え間なく爆撃を続けることで、リーゼたちは近づくこともできないようだ。俺と悠里も危なすぎてかなり後ろに下がってしまったよ。
「対抗戦の時より分身と兵器の数が多い!?」
なんとか光の壁で砲弾と衝撃を防ぐセレスが隙を見て光の弾丸を放つも、上手いこと分身を撃ち抜いたところですぐに補充されてしまう。アレに対抗するには、同等以上の火力が必要だろう。
対抗戦ではその兵器すら囮に使って、砲弾に化けた双子が仕留めにきたが……今回は同じ手は使わないようだ。このまま火力で押し勝つつもりだろうね。
ドッカンバッカンと冗談のように爆発が続く練武場。
地面が抉れ、狛犬が薙ぎ倒され、爆風が神社の社を危なげに嬲る。俺の方に飛んできた砲弾はシールドを生成して防いだけど、これもう決闘なんてもんじゃねえだろ!
いや、こんな戦場でもリーゼとセレスは普通に生き残っているんだから、まだ決闘の枠内なのかね?
「どうしたヨ? もう反撃はしないアルか?」
「小細工はしないネ! ワタシたちの全火力を叩き込むアル!」
どのリャンシャオとチュンメイが喋ったのかわからんが、このままだと地下空間が崩壊しかねないぞ。
だが、その前に――
「あーもう! めんどくさい! レージ、強いのやるけどあいつらだけ燃やせばいいんでしょ?」
リーゼが、キレた。
「え? ああ、まあ、あいつらもめちゃくちゃやってるし……」
今更この状況でリーゼに力を抑えろなんて俺には言えません。だが、リャンシャオとチェンフェンだけを燃やすだと?
「アハッ♪」
リーゼは俺が許可した途端、いい笑顔を浮かべた。好戦的な意味で。
瞬間、周囲一帯に暗い影が落ちた。
見上げると、無数の黒い炎で描かれた魔法陣が天井を埋め尽くしていたんだ。あれ? 範囲広くね? 俺たちも逃げ場なくね?
「ちょ、なんかでっかいの来そうアル!?」
「あんなのくらったら一溜りもないアル!?」
魔法陣に気づいた双子の攻撃が、一瞬止む。その隙を、突いたかどうかは知らないが、魔法陣から一斉に黒炎の奔流が暴れ狂うように放射された。
万物を呑み込み焼き尽くす〝魔帝〟の黒き劫火。双子の分身はあっけなく喰らい尽くされ、あくまで地球産である普通の兵器なんか炎に触れる前に次々と溶解していく。まだまだ本領発揮には程遠いとはいえ、こんなん軽くマップ兵器のレベルだ。
「燃やすものがいっぱいあると楽しいわね♪」
この大惨事を引き起こした金髪お嬢様は、荒れ狂う黒炎の中に立って無邪気かつ凶悪に笑っていた。
「やりすぎだリーゼ!? こっちま炎が……え?」
今になってようやく、俺は気づいた。
「熱くない?」
そうだ。
リーゼの放った黒炎から熱を感じない。俺の感覚が麻痺したとか、魔王の力を得たからとかそんな理屈じゃないぞ。見れば砲弾で吹き飛んだ狛犬も、地上とのゲートになっている鳥居も、木造の社さえも焦げ一つついていない。
リーゼが、黒炎を制御しているのか?
燃やしたいものだけ、燃やせるように。
「ま、まだ終わってないアル!」
「もっと強い武器もあったはずヨ!」
分身同様に本体も蒸発しちまうんじゃないかと心配したが、そこも上手く制御していたらしい。黒炎が消えるや否やリャンシャオとチェンフェンは飛び跳ねるように立ち上がった。
だが――
「すまないが、もう決着だ」
あの黒炎の中で双子に接近していた白い騎士が、静かに聖剣の刃を閃かせた。
「はうっ!?」
「ひゃあっ!?」
チャイナ服が弾けるように斬り刻まれたリャンシャオとチェンフェンは、その場にぺたんとお尻をついて――ポン! 頭の上に小さな白旗を出現させるのだった。