二章 伊海学園修学旅行(4)
旅館の中も外観と同じく和モダンな造りになっていた。
樹をふんだんに使用した温かさを感じる内装。一部の壁には土が使われていて、その独特の模様は美術館にでもいるようで見ていて退屈しないな。渡り廊下から見渡せる日本庭園も手入れが行き届いており、人工的に引かれた川には色鮮やかな錦鯉が数え切れないほど泳いでいた。
すれ違う従業員はチャイナ服や漢服を纏い、京都の純和風な雰囲気に溶け込んで……ねえわ。違和感しかねえわ。
「和服着ろよ!? 和の旅館だろ!?」
気づいたらツッコミ入れてしまった。
「これがこの旅館の仕様アル。支局長が日本と中華が大好きでどっちも取り入れたらこうなったネ」
リャンシャオがカラコロと笑いながらそう答えた。欲張りすぎだ支局長。まだ誘波の方がマシに思えてきたな。景観条例に引っかからないのコレ?
「それより決闘なんてしてる余裕あるの? アタシたち詳しい事情なんにも聞いてないんだけど?」
不安そうに訊ねる悠里に、今度はチェンフェンが愉快そうに笑って口を開く。
「大丈夫ヨ。どの道、本局監査官のお手並みは拝見する必要があるネ。残念な実力だったら危険な任務は与えられないアル」
「〝魔帝〟で最強のわたしに勝てると思ってるの?」
「下に見られたものだな」
どうやら今の言葉はリーゼとセレスの闘志に油を注いでしまったようだ。ていうかこの二人の実力は対抗戦で見てるはずだろ? なのに双子は恐れている様子もない。
余程腕を上げたってことか。
「異世界人たちのガチバトル! ふぉおおおお! 燃えてきた! これは是非録画して永久保存しなくては! カメラカメラ」
テンションを上げて4Kのビデオカメラの調整を始めた桜居は、無視でいいと思う。
「ま、そういうことなら仕方ないわね。支局長への挨拶は私たちだけで済ませておくわ」
と、決闘についてはなにも言わなかったジル先生が溜息をついた。様子からして、決闘の内容によっては止めるつもりだったのだろう。
「支局長室の場所はわかるアルか?」
「知っている。我らは何度か来たことがある」
バートラム先生がリャンシャオにそう答えると、ジル先生と共に丁字路を俺たちとは逆方向に曲がった。
すると、なにかを思いついたようにジル先生が立ち止まった。
「あ、桜居くんは生徒代表として一緒に来なさい」
「ふぁ!? なんでオレなんですか!?」
「あなたは普通の地球人でしょう? 決闘なんて危ないことに立ち会わせるわけにはいかないの」
最近はあんまり気にしたことなかったが、そりゃそうだ。自分の身を守ることもできない一般人を、なにが起こるかわからない異世界人の戦いに巻き込んでいいはずがない。特に引率の先生の立場だったらそうだろうね。
「諦めろ桜居。こっちより先生たちと一緒にいた方が安全だ」
「ぐぬぬ……だったら白峰! 俺の代わりにリーゼちゃんとセレスさんの勇姿をビデオに収めてくれ!」
断っても無理やり連行されるだろうと悟った桜居にビデオカメラを押しつけられた。あまり映像とかに残さない方がいいんだけどな、と思ってセレスを見ると、腕で×印を作って撮影拒否の意思表示。土壁の模様でも撮り続けておくか。
そのまま俺たちは関係者以外立ち入り禁止の立て札を越え、階段で地下へ地下へと降りていく。やがてエレベーターがあれば楽なのにと思い始めた頃、最下層の扉の前へと辿り着いた。
「この先が練武場になってるアル」
リャンシャオがそう言ってポン! と白煙を出現させる。狐妖術で取り出したのは錆びついた鉄鍵だった。
それを鍵穴に入れ、扉を開けると――
「これは」
そこには、とても地下とは思えないほど広大なグラウンドが存在していた。魔術的に拡張された空間だ。それを見て「ああ、やっぱり監査局だわ」と安心する俺はなかなかに常識のネジが狂ってる気がする。
空間の異常さは広さだけじゃないな。
俺たちは扉を通って来たはずなのに、後ろを振り返ってもその扉がどこにもない。代わりに石造りの巨大な門が聳えていて、目測で百五十段ほどの石段が続いている。その奥には立派な社が見えるし、グラウンドの周囲には狛犬っぽい像が乱雑に立ち並んでいた。
グラウンドと言うより、神社の境内だな。
俺たちが出てきたのは石の門――鳥居からだ。空間を魔術的に繋げているのだろう。となると、この練武場には物理的に辿り着くことはできない構造になっているようだ。
「これも支局長の趣味なのか?」
なんとなく気になったので訊いてみると、リャンシャオとチェンフェンは顔を見合わせて首を横に振った。
「詳しくは知らないネ。何代も前の支局長の時からあるらしいヨ」
「京都の地下には遺跡がいっぱいあるネ。ここもその一つだったという噂アル」
「だとすれば歴史的重要物だろ。いいのか? 練武場にしちゃって?」
リーゼあたりが燃やしちゃったら土下座で謝るしかねえな。
「リーゼ、頼むからあんまり派手にやりすぎるなよ? いろいろ壊したら怒られそうだ」
「えー、別に燃やしてもいいでしょ?」
「ダメ。遺跡ってのは貴重なんだ」
「むー」
歴史になんてミジンコほども興味のないリーゼは腰に手をあてて剥れてしまったよ。でもダメなもんはダメなの。
「セレスも、わかってるよな?」
「無論だ」
背負っていた超長剣の布を取り払い、鞘から抜くセレス。ちょっと心配だけど、まあセレスなら大丈夫だろう。
「ルールは対抗戦と同じ、二体二のチーム戦ネ!」
「相手を戦闘不能にするか降参させた方が勝ちアル!」
バッ! とリャンシャオとチェンフェンはその場で大きく跳躍して境内の端へ移動する。鳥居から見て右側だ。リーゼとセレスも左側の端へと歩いていく。
「アタシたちは見物してるだけでいいのかしら?」
「二人は審判をやってほしいアル」
「公平にお願いするアル」
「わかったわ」
悠里は頷くと、境内を横切って向こう側へと走った。身内を贔屓するつもりなんてないから、俺も悠里も公平さには心配いらないだろうね。やりすぎだと判断すれば止めに入る力だってある。
審判と選手が位置に着き、準備完了。
リーゼは両掌に黒炎を灯し、セレスは聖剣を中段に構えた。
対するリャンシャオとチェンフェンはニヤリとした笑みを張りつけたまま、カンフーのような徒手空拳の構えを取った。対抗戦と同じだな。あの構えを見て俺は双子が素手だと勘違いしたもんだ。
感慨に耽るのもほどほどに、俺は右手を天に翳す。そして魔武具生成でピストルを作った。魔王化したおかげで触れてなくても生成物を維持できるようになった今の俺なら、こうやって拳銃みたいな遠距離武器だって扱えるんだ。
「じゃあ、始めてくれ!」
決闘開始の宣言と共に、俺はピストルの引き金を引いた。
乾いた発砲音が空間内に響く。
その瞬間、リーゼが黒炎に包まれて消えた。
「むむ?」
「およ?」
双子を分断するように黒炎が吹き上がる。左右に飛んでかわそうとした双子を、黒炎の中から伸びた手が掴み取った。
「アハッ♪」
ルビー色の瞳を爛々と輝かせて笑うリーゼは、その小さな体からは考えられない膂力で双子を振り回し――練武場の中心部へと放り投げた。
「あの子、すごい力ネ!」
「転移の術とか卑怯アル!」
投げ飛ばされた双子を待っているのは、白い輝きを刃に纏う聖剣。右肩側に挙げるようにして刺突に構えたセレスが、その場で空中を一突きする。
カッ!! と。
聖剣の剣尖から極太の白光が放射された。双子と戦ったことのあるセレスだ。相手が狐妖術でなにか予測できない技を繰り出す前に決着をつけるつもりだろう。
空中の双子にアレを避けるすべはない。
だが、リャンシャオとチェンフェンは焦るどころか愉快そうな笑みをさらに深く刻んだ。
光が二人を呑み込む。
間抜けな音がポポン! と鳴り、リャンシャオとチェンフェンが白煙となって姿を消した。
「分身か!?」
セレスが周囲を警戒する。いつの間に入れ替わったのか審判として見ていた俺にもわからない。が、恐らく決闘開始直後にはもう分身だったのだと思われる。
双子はまだ姿を現さない。
逃げたわけじゃないだろうけど……ん? なんか、狛犬の中に狐が二つ混じっているぞ。
「ここアル!」
リーゼの背後にあった狐像がリャンシャオに、セレスの真横にあった狐像がチェンフェンへと姿を変えてそれぞれ飛びかかった。
二人とも武器は持っていない。今回は真面目にカンフーで相手するのかと思ったが、違う。
双子の両手の中指。そこに真ん中に指を通す輪がついた三十センチくらいの鉄の棒が嵌められていた。
「峨眉刺か!」
中国は清の時代に発明された武器だ。両端を尖らせた鉄の棒を中指に通して握り締め、拳を振り下ろして敵を突き刺すようにして使う。流石は『移動武器庫』と呼ばれる監査官。またマニアックな武器を持ってらっしゃるよ。
峨眉刺の一撃をセレスは聖剣の腹で受け止める。リーゼはヒラリヒラリと楽しそうに拳打をかわし、黒炎の弾丸を射出して応戦している。
身を屈めて黒炎を回避したリャンシャオは、足のバネを使って飛び上がり、回し蹴りを放った。リーゼは僅かに身を逸らしてかわすが、リャンシャオの三つ編みポニーテールが遠心力に引かれてリーゼに迫る。
髪の中にギラリと光る物。
「〝魔帝〟リーゼロッテ! その髪に触れるな!」
リャンシャオとチェンフェンの髪には柳葉刀が仕込まれている。下手に受けるとバッサリと斬られちまうぞ。
「フン、そんなもの効かないわ」
だが、リーゼは黒炎を鎧のように纏わせた腕でリャンシャオのポニーテールを弾いた。
「アウチャー!?」
黒炎が髪の毛に引火したようで、リャンフェンが慌てて地面を転がっていったぞ。今のリーゼも魔帝として覚醒してから相当パワーアップしているからな。ただでさえチート級だったわけだからリャンシャオではちょっと荷が重いか?
「余所見はいけないアルヨ、騎士」
「くっ」
と、こっちではセレスがチェンフェンの峨眉刺の乱打を防いで距離を取った。しかし、次に白煙と共に出現した武器を見て目を瞠っている。
「これが防げるアルか!」
チェンフェンが小脇に抱えた武器は、導火線のついた六角形の箱。四十発の火箭――燃焼ガスを利用した弓矢などの投射機――を同時発射できるように設計された群豹横奔箭という装置だ。
チェンフェンは導火線に火をつけ、ロケット花火のごとく四十発の火箭をセレスに向けて殺到させる。さらに無数の魚影――火箭の多段式ロケットである火龍出水も同時に仕掛けやがったぞ。
迫りくる火箭の雨を、セレスは――
「私にそれは利かないぞ」
聖剣で地面に傷をつけ、立ち上る白光の壁によって全ての火箭を防ぎ切った。
だが――
「もちろん、そうなることは知ってるアル」
「なっ!?」
チェンフェンが光の壁を回り込んできた。その両手には鉄扇を握り、かろうじて防御を間に合わせたセレスの聖剣と衝突する。
「そうやって防いだ後は、隙が大きいこともわかってるヨ」
さらにリーゼの相手をしていたはずのリャンシャオも柳葉刀で挟撃に加わってきた。リーゼはどうしたのかと思って見ると、あっちは五人のリャンシャオの分身と戦っていたよ。いや、どれが分身でどれが本物なのか見分けつかんけど。
とにかくこれはチーム戦だ。一対一で戦うより、二対一にして戦える状況を作った方が断然有利になる。
理屈ではそうなんだが、俺としてはリーゼとセレスが共闘はしても協力できるか激しく不安だった。
「ホワチャーッ!!」
チェンフェンの強烈な蹴りがセレスの腹を捉えた。
「神火飛鴉で吹っ飛べアル!!」
火薬を仕込んだ鳥形のハリボテにリーゼが轢かれるように吹っ飛ばされる。
二人は背中から激突し、追撃とばかりに神火飛鴉が大爆発を起こす。
「零児、止めなくていいの!?」
俺の反対側で審判をやっていた悠里が叫ぶ。俺は爆煙を見据え――いや、判定はまだだな。
煙の中で、二人の人影がゆらりと立ち上がったからだ。
「〝魔帝〟リーゼロッテ、頼みたいことがある」
「騎士崩れの命令なんてムカつくけど、聞いてやるわ」
どうやらこれは、珍しくあの二人が手を取り合う光景を見れるかもしれないな。