二章 伊海学園修学旅行(2)
それから約一時間後、俺たちを乗せた新幹線は京都駅へと到着した。
駅のホームの片隅に集まって点呼を取り、バスに乗ってホテルへと向かう。ホテルのフロントで荷物を預けると、再び集合して諸注意を受け――班ごとの自由行動が始まる。
自由行動早すぎだろって思うかもしれんが、伊海学園の修学旅行は共通行動をほとんど設けていないんだ。生徒の自主性を重んじるとかなんとか誘波が理由付けていたが、要するに俺たち異界監査官が不自由なくお仕事できるようにするためだからな。
奈良公園へと向かうために貸切バスに乗り込んでいく班。
京都市内を広く散策するためにタクシーを利用する班。
とりあえず徒歩で近場を巡ろうと出発する班。
それらを見送っていると、やがてホテルの前には俺たちの班しかいなくなっていた。ちなみに郷野は奈良行だ。しつこく俺たちも誘ってきたが、こっちはこっちで予定があるんで無理だとバスに押し込んでやったよ。
「ジル先生、アタシたちはどうすればいいんですか?」
「まずは支局へ挨拶に行くわ。案内人が来るはずなんだけれど……」
「知っている。遅刻だ」
ジル先生とバートラム先生が腕時計の時刻を確認して眉をひそめる。案内人が支局の局員なら時間にルーズってことはないはずだ。
となると、なにか問題が発生した可能性も――
「――ッ!? 全員前に跳べ!?」
その気配に逸早く気づいた俺が咄嗟に指示を出した。悠里たちは流石の反応速度で動いたが、事情は知っていても所詮は一般人の桜居にはそういうことは無理だ。
状況を理解できず立ち尽くす桜居の頭上に降ってきた銀色の凶刃を、俺は空中生成した日本刀で受け止める。
金属音が響き、「へあっ!?」と今更自分が命の危機だったことを理解して腰を抜かす桜居。俺は日本刀を操って襲撃者を弾く。
ポン! と。
マヌケな音を立てて襲撃者が煙となった。
「今のは」
言いかけて、今度は俺の背後から何者かが迫る気配。
数は二人。左右から挟撃するつもりだ。
俺はあえて振り向かず、ぎりぎりまで引きつけて両手に生成した日本刀でそれぞれの攻撃を防いだ。右は身幅の広い刃の中国刀――柳葉刀、左は鉄扇だった。
翻る赤いチャイナドレス。黒髪の頭から生えた金色の狐耳がピコピコ動く。お尻からふさっと伸びた狐の尻尾。三つ編みにしたポニーテールとツインテールを、俺は忘れてはいない。
「リャンシャオにチェンフェンか!?」
名を呼ぶと、少女たちは俺から飛び退いて空中で一回転して着地した。夏休み前の学園祭以来の彼女たちは、人懐こい笑顔を浮かべてポン! と握っていた武器を虚空に消した。
「久し振りアル、レイ・チャン」
「また会えて嬉しいネ」
三つ編みポニーテールが姉のリャンシャオ。三つ編みツインテールが妹のチェンフェン。狐妖術という技を使いこなし、無数の中華系武具を操る双子の姉妹だ。
「なんでお前らがここにいるんだ?」
「ワタシたちは二十八支局の監査官ヨ?」
「レイ・チャンたちを迎えに来たアル」
言われてみるとそうだったような気がする。いちいち支局のナンバリングまで覚えてねえよ。
「それにしては物騒な挨拶だったが?」
「レイ・チャン、強くなってるネ。気配でわかったアル」
「ワタシたちの夫になる人の実力、知りたかったヨ」
「ならねえよ!? まだそんなのこと言ってんのかよ!?」
冗談だと思ってたのに、厄介なことにリャンシャオとチェンフェンの目は本気だった。優勝賞品の食材が欲しくて俺に胡麻すってたんじゃないのかよ。
と、背後から突き刺さるような冷たい殺気を感じた。
「久し振りだな、リャンシャオ殿にチェンフェン殿。壮健そうでナニヨリダ」
「なんか騎士の目が怖いアル!?」
「こんな娘たちにまで手を出してたの? 魔王は魔王でも夜の魔王じゃないでしょうね?」
「知らない赤髪の娘もすっごい睨んでくるアル!?」
セレスと悠里に睨まれて双子は震えながら俺の背中に隠れた。隠れたいのは寧ろ俺の方なんですけど!
「白峰てめえ!? まさか天然獣っ娘に知り合いがいたなんて聞いてねえぞ!? 紹介しろオラァ!?」
「わかった!? わかったから離れろ桜居鬱陶しいな!?」
ていうか桜居が俺たちと一緒する意味ってないよな。郷野と一緒に奈良行のバスに放り込んでおくべきだった。
そうして互いの自己紹介も兼ねて、俺はなにも知らない悠里のために夏休み前に行われた伊海学園学園祭のことをかいつまんで説明した。
「――というわけで、こいつらとは監査官対抗戦の本戦で戦ったんだ」
「あの時、レイ・チャンに強引に押し倒されてキュンと来たアル」
「ワタシも屈服させられたことは今も忘れてないネ」
「記憶が捏造されてる!? あとチェンフェンは俺と直接戦ってねえだろ!?」
ぽっと頬を赤らめて照れ臭そうにもじもじする二人に俺はツッコミを禁じ得なかった。武器破壊はしたけど押し倒してなんかないぞ! ないはず。ないよね? あれ? ちょっと心配になってきた……。
「ほほう」
「へー」
どうしてあるがままを語ったのに、セレスと悠里の視線はこんな冷たいの? セレスは当事者なのになんで今初めて聞きましたと言わんばかりなの? 記憶喪失?
「ねえ、こいつら敵? 燃やしていいの?」
「リーゼは話聞いてた!?」
俺にべたべたくっついてくる双子が気に入らないのか、リーゼは少し膨れっ面になっていた。ちゃんと説明したはずなのに空気が悪すぎる。こういう時桜居なら上手いこと取りなせるはず、と思って見てみると――腕を組んでなにやら黙考しているな。
「異世界人じゃなくてハーフとは、白峰や紅楼やレトちゃんと同じ。なんとも反応しづらい。オレはどうすれば?」
異世界人フェチの気持ちなんか知るか。
「はいはい、挨拶そこまでにしなさい。時間も押してるから、早速案内を頼みたいのだけれど?」
そこは流石引率の教師。ジル先生が手を叩いて空気を強引に変えてくれた。
「アイサー! 任せるアル!」
「そのための準備もできてるネ!」
ピョンと跳び跳ねてジル先生に敬礼するリャンシャオとチェンフェン。一応、目上の人だということはわかっているようだ。
「そう言えば、ジル先生とバートラム先生は対抗戦出なかったのか?」
ふと気になって訊ねる。もしこの二人が出場していたら予選突破くらい余裕だったはずだ。
「教師の監査官が学園祭を放り出して出られると思う?」
「知っている。そんな暇はない」
そうか。学園祭中の教師って見回りとか大変だもんな。
「支局まではこれに乗って行くネ」
「ちゃんと人数分用意したヨ」
ポン! ポン! ポン! ポン! ポン! ポン! ポン! ポン! ポン!
リャンシャオとチェンフェンが狐妖術でなにかを出現させる。まさかまた神火飛鴉かと青ざめそうになる俺とセレスだったが、白煙から出現したのはそんな危険な中華武具ではなかった。
二つの車輪にブレーキとギアとベルのついたハンドル。高さを調整できるサドルに、人力で漕ぐためのペダル。
「自転車かよ」
それはどこにでもある普通のレンタサイクルだった。