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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第六巻
210/314

一章 人間の心、魔王の力(4)

 午後の授業が終わると、俺たち高等部二年生の監査官一同は理事長室へと集められた。とはいえ、高等部二年の監査官と言えば俺たちD組四人と迫間・四条の影魔導師コンビだけなんだけどな。

 その六人だけのはずなんだが――

「で、なんで迫間と四条はいねえんだ?」

 理事長室にはなぜか俺とリーゼとセレスと悠里の四人しかいなかった。待てど暮らせどあの二人が来る気配もない。まったく遅刻とはやる気のない奴らだ。やる気のなさなら俺も負けてないけどな。

「レンちゃんとルミナちゃんも修学旅行にはもちろん参加しますがぁ、レイちゃんたちとは行き先が違うのですよ」

 室内なのにふわりと風が舞い、無駄に高そうな執務机の向こうからおっとりのんびりした声がかけられた。

 風にはためく色鮮やかな十二単が虚空から出現する。

 淡緑色の波打つ髪に白磁の肌。天女のような柔らかな微笑みを浮かべて理事長席に座った少女は、日本異界監査局の最高責任者――法界院誘波だ。

「お前もいい加減普通に登場できないのかよ」

「私のアイデンティティに関わる問題なので無理ですねぇ」

「捨てちまえそんな迷惑な個性!? ほらそこの書類とか吹き飛んでるじゃねえか!?」

 少し前まで俺はこいつも異世界人だと思っていた。だが、正体は世界を支える『次元の大柱』の一本を守護する大精霊らしい。つまりこの世界が生み出した、純粋なこの世界の存在だ。その証明として、先日『柩の魔王』が使った〈異端の教理(ペイガン)〉――発動した世界の純粋な存在を因果から切り離す結界の影響を諸に受けていた。

「誘波殿、もう体の方は大丈夫なのか?」

 セレスが〈異端の教理〉の後遺症を心配して訊ねた。

「はい。先日レイちゃんたちと模擬戦も行いましたが、問題はなさそうですねぇ」

 あの戦いはパワーアップした俺たちの実力を測るだけじゃなかったのか。自分の体調の具合を見るために魔王の力を得た俺や〝魔帝〟の娘たるリーゼ、そして勇者の悠里とまで連続で戦闘するとかやっぱりこいつ化け物だわ。

「こんなイタイケな美少女を捕まえて化け物なんて酷いですねぇ、レイちゃん?」

「だからなんで俺の都合が悪い時に限って読心術を覚醒させるんだお前は!?」

「あらあら、本当に思っていたんですねぇ。――潰れますか?」

 ズン!

 俺の頭上から超重力もかくやというとてつもない下降気流が――

「む? 避けるとは生意気になりましたね」

「そう毎度毎度くらって堪るかよ」

 今の俺は対等にこいつと渡り合えるんだ。パターン化された理不尽なお仕置きを回避する程度わけないのさ。

「……まあいいです」

 誘波は面白くなさそうに膨れっ面をした。くくく、その顔が、ずっと見たかった!

「それでえっと、迫間くんと四条さんは別の行き先ってどういうこと?」

 悠里が脱線しかけた話を軌道上に戻した。いや、別にあいつらの行方が主題だったわけじゃないんだけどね。

「レンちゃんとルミナちゃんは影魔導師連盟の関連で台湾行きになっているのですよぅ」

「ああ、それはご苦労なことだな」

 影魔導師連盟とは異界監査局と提携している地球人たちの組織だ。影魔導師がそもそも地球人にしかなれないって話だから当然か。そっちからの要請ということは、また鷹羽辺りに扱かれるのかな? ご愁傷様。

「ふぅん、あいつら来ないんだ。別にわたしはどうでもいいけど」

 影魔導師コンビの片割れ、四条瑠美奈に対抗意識を燃やしているリーゼはどうでもいいと言いながらちょっと不服そうだな。なんやかんやで仲良くなったもんなチビ同士。

「ですので、京都にある第二十八支局への応援は「へぶおわっ!?」レイちゃんたち四人と、引率のジーちゃんとバーちゃんだけでお願いしますねぇ」

「普通に説明しながらさりげなく俺を押し潰してんじゃねえよ!?」

 根に持ち過ぎでしょ。そんなに俺が避けたの気に食わなかったの? なんの警戒もしてなかったから普通にくらっちまったじゃねえかチクショウ!

 あとジル先生とバートラム先生をジーちゃんバーちゃん呼ぶのやめたげて! 老夫婦みたいになってるから! しかも性別逆だから!

「それで誘波殿、そのジル先生とバートラム先生はどこに?」

 そういえば、迫間たちだけじゃなくあの教師二人の姿も見えないな。

「呼んだのは生徒だけか?」

「違うわよ。遅れて申し訳ないわね。資料の用意をしていたの」

 と、噂をすれば理事長室の扉が開いて件の教師たちが入ってきた。二人は手作り感満載の分厚い冊子を両腕に積み上げていた。

「ご苦労様ですぅ、ジーちゃん、バーちゃん」

「あの、理事長、生徒の前でその呼び方はちょっと……」

「知っている。俺がバーちゃん……」

 ニコニコと微笑んで労う上司に二人はめっちゃげんなりしていた。諦念が滲み出ているな。ジル先生を『ジーちゃん』と呼ぶ辺り絶対に確信犯だ。

 ジル先生は俺たちを見ると、恥ずかしいのかちょっと赤らんだ顔で――

「わ、わかってると思うけど、ジルだから『ジーちゃん』でバートラムだから『バーちゃん』よ!? 決してお年寄りのことじゃないから!?」

「わかってるからイチイチ言わなくていいって!? 大体婆ちゃん呼びするなら遥か古代から生きているこのエセ天女の方が――殺気!?」

 俺は咄嗟にその場から飛び退った。一瞬遅れて挽肉になるレベルの風圧が……来ないだと?

「なにをしているのですか、レイちゃん。早く修学旅行の裏しおりを受け取ってください」

 誘波は変わらぬ笑顔で警戒する俺にそう促した。ジル先生とバートラム先生が持っている複数の冊子。それが全部裏しおり――つまり監査官専用のしおりだ。

「――って多過ぎだろ!?」

 三百ページ以上全五冊ってなにがこんなに書かれてんだよ。

「そこにはレイちゃんたちの裏スケジュールの他に、支局の人員リスト、局内構造図、局内食堂日替わりメニュー表、最近の次元調査報告など必要なものから全くどうでもいいものまで全部まとめております」

「必要なもんだけにしろよ!? 重過ぎるわ!? 持って行けるかバカヤロウ!?」

「持って行けないなら全部覚えるしかないですねぇ」

「無茶言うな!?」

 俺には完全記憶能力もなければ脳に直接情報を書き込むような魔術も使えねえんだよ。だいたい分厚い冊子を五冊も旅行に持って行けとか正気の沙汰じゃない。ほら、ちっちゃい手でなんとか抱えてるリーゼなんて既に嫌そうな顔してるぞ。

「……イザナミ、これ邪魔。燃やしていい?」

「いいですよぅ」

「いいのかよふざけんな!?」

「わからないことがあれば全部暗記するらしいレイちゃんに訊いてくださいねぇ」

「レージに? わかった」

「お前攻撃を口撃に変えて来たな!?」

 俺に風で物理的に攻撃しても避けられるから精神攻撃に切り替えやがった。

「そろそろいいかしら?」

 俺が胃の辺りを押さえながら誘波を睨んでいると、疲れたように息をついたジル先生が言葉を挟んだ。

「スケジュールだけれど、今朝のHRの最後に配った一般生徒としてのしおりは確認しているわね?」

 班と行き先が決まった後にそれぞれ配られたしおりだ。あっちは一冊で十ページもねえぞ。見習えよ。

「京都組は自由時間が多くなっていることに気づいているわね?」

「というかほぼ自由時間だった気がするけど」

 悠里が確認のために鞄から件のしおりを取り出して開いた。横目で俺も覗き込む。四泊五日。出発日と最終日を除くと、朝食~夕食まで完全自由時間だった。

「我が学園では生徒の自主性を重んじていますからねぇ」

「そのせいで体育祭がカオスになったことを忘れるな!?」

 特にあの司会はふざけすぎだった。俺たちの玉あて合戦も大概だったけどね。

「知っている。その自由時間が監査官として動く時間だ」

「ほぼ全部じゃねえか高校生の青春の価値舐めんなよ!?」

 俺たち観光すらできずに仕事するの? なにそれ超帰りたくなる。

「つまり、それほど向こうの状況は芳しくないと?」

「セレスちゃんの言う通りです。どうも次空がかなり不安定になっているようです。それも、人為的に」

「! 誘波、それってまさか……」

 嫌な予感がした。

 人為的に次空を歪めるような連中には、心当たりが一つしかない。

「確定ではありませんが、『王国(レグヌム)』が動いている可能性が高いです。ここ最近の彼らは海外での活動が主でしたが、日本に戻ってきたとすると積極的に小柱を破壊していくでしょう。京都の地域は特に小柱が集中している箇所の一つです。このまま歪みが増加し続ければ、丁度修学旅行とピークが重なると予想されます」

 大きな動きがあるとすればそのタイミング、ということか。偶然重なったのではなく、重なるように予定を組んだんだろうけどな。

「……『王国(レグヌム)』ね」

 ふと呟きが聞こえて横を見ると、悠里がどこか神妙な顔をしていた。

「悠里?」

「確か、ここに軟禁している混沌が所属している組織だったわよね? だったらそちらが囮で、彼女の奪還が狙いという可能性は?」

 混沌とは『王国』の第六柱執行騎士――〝影霊女帝〟望月絵理香のことだ。『王国』の幹部である彼女を奪還するために、奴らが大掛かりな仕掛けを計画しているのではと悠里は警戒しているのだ。

 誘波は真面目な顔で頷いた。

「充分あり得ます。なので、残念ながら私は修学旅行にはついていけません。残念です。非常に、残念です……」

 こいつ、なにもなかったら絶対についてきてたな。

「それも警戒すべきだが、また大群で戦争吹っ掛けて来やがったら俺たちが支局に加勢した程度じゃどうにもならなくないか?」

「そこはパワーアップしたレイちゃんたちを信じます。今のレイちゃんなら、執行騎士未満の有象無象がいくら寄せ集まっても蹴散らせるでしょう?」

「まあ、前回程度ならなんとか……」

 こちらがパワーアップしているんだ。相手がそのままって考えるのはよろしくない。

「大丈夫よ、レージ。〝魔帝〟で最強のわたしがいるんだから!」

「毎回先手を打たれて肝心な時に戦闘不能なお姫様がなにを仰いますか……」

 魔力疾患で寝込んだところをスヴェンに攫われそうになり、魔眼のせいで仮死状態になっていたところをスヴェンに攫われ……あれ? 敵なんも先手打ってなくね? あとあのメガネ野郎がいなければ問題なくね?

「零児、もしカーイン師匠……カーイン・ディフェクトス・イベラトールが現れた時は私に任せてほしい」

「あ、ああ、因縁だもんな。わかった」

 メガネ野郎はともかく、セレスの剣の師匠があちら側についているんだ。そこはしっかりと決着をつけてもらいたい。だが、本当に危なくなったら俺も加勢するからな。

「修学旅行を楽しむのはもちろんだけれど、今の話を聞いたらそれ以上に警戒が必要なことは理解したかしら?」

「ああ、寧ろ楽しむ余裕なんてなさそうだ」

 ほぼ自由時間になっていたことも納得だ。足りないくらいかもしれん。

 パンパン、と誘波が控え目に柏手を打つ。

「ではではぁ、話は以上です。各自修学旅行までにしっかり準備を整えておいてくださいねぇ。――あ、そういえばレイちゃんにアーちゃんから伝言がありました」

「アーティから?」

 思い出したようにそう言って誘波が俺を見据える。それからコホンと咳払いをすると、全く似てない声でアーティ――異界技術研究開発部第三班班長アーティ・E・ラザフォードの物マネを始めた。

「『あー、渡したい物がある。話し合いが終わったら異界技術研究開発部に来い』だそうですよぅ」

「あそこあんまり行きたくないんだけどなぁ……」

 なんてったって変態の巣窟だ。できれば関わりたくないが、来いと言われたなら行くしか選択肢はない。改造されたくないからな。

 俺は渋々了承し、悠里たちと共に理事長室を辞去しようとして――


「あと誰の年齢がジュラ紀の化石お婆ちゃんですかぁ!」

「忘れた頃に貴様ぁあああああああああああああッ!?」


 思いっ切り、風の圧力で押し潰されてしまった。


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