一章 人間の心、魔王の力(3)
毎年秋の中旬に行われる伊海学園高等部二年の修学旅行は、三つの選択肢の中から生徒たちが自由に行き先を決めることができる。国内が二つで海外が一つ混ざるのが通例らしい。
今年は――京都、九州、台湾の三つだ。
無難なチョイスだな。この微妙な時期に沖縄や北海道に行くよりはいいんじゃないか?
だが、自由に選択ができるのは一般の生徒たちだけだ。俺たち監査官は最初から行く場所が決まっている。
三つの選択肢の中に一つだけ、今最も人手が足りていない支局の管理地域が混ぜられるんだ。つまり俺たちはその助っ人に向かわされるわけになるんだよ。
「……そういうことか」
どうしていきなり監査官の教師を捻じ込んできたのかと思えば、単純な話だ。俺たち生徒の監査官を引率するためだろうな。教師の監査官は少なくて、今年の高等部二年は他に一人だけだったはずだ。そいつは確か迫間たちの担任をしていたな。
さて、俺たちが修学旅行で派遣される場所は――
「四人一班を作りなさい。行く場所はその班で話し合って決めるように」
ジル先生はそう指示を出しながら――コンコン。自然な調子で黒板に書かれた行き先の一つを小突いたな。
そこは――
「……京都」
だった。
京都は初めてってわけじゃないが、ちゃんと見て回れたことはない。あの辺りはどこの支局だったかな? 思い出せないが、本局からの助勢を求めるくらいには状況がよくないらしい。
あと班が四人というのもあからさまだ。俺、リーゼ、セレス、悠里。このクラスにいる監査官で班を作れってことじゃないか。
俺は両隣と後ろに目配せする。意味を理解したらしいセレスと悠里はこくりと控え目に頷いてくれた。リーゼは「みんなで旅行? なんだか楽しそう!」と俺の合図に全く気づいていない。まあいいけど。
問題はどうやれば自然に俺たち四人が班になるかだ。一般生徒は俺たちが監査官だと知らない。そもそも監査官という存在から知らない。
「白峰、一緒の班になろうぜ!」
「ふむ……悠里君、セレスティナ君、リーゼロッテ君、私で丁度四人だな」
だからこうやって班に誘って来るんだよな。てか桜居、お前は知ってるはずだろ。
「桜居、察しろ」
「ん? あー、じゃあしゃあねえな」
監査官にとっての修学旅行の意味までは詳しく知らないはずの桜居だが、こいつはアホで変態のようでいてきちんと空気を読める男だ。でなければとっくに監査局が記憶を消しているだろうよ。
「リーゼロッテ君は温泉が好きだったかな。だったら別府にも行く九州コースがいいかもしれない」
「温泉! 行きたい! ミツルとキューシューってとこに行けば入れるの?」
厄介なのがこっちの巨乳白衣女だ。
郷野美鶴。なにかと勘が鋭くて俺たちを探っている危険人物だ。リーゼたちとも仲はいいようで、こいつらが女子四人の班になるのはなんの不自然もない。
普通の修学旅行ならな。
「郷野、えーとだな……」
「ごめんなさい、美鶴さん。アタシは零児と同じ班になるって決めてるから」
「私もだ、美鶴殿。どうしても零児と同じ班でなければならないのだ」
「むぅ、ユーリと騎士崩れだけずるい! わたしもレージと一緒がいい!」
どう説明するか戸惑っていると、悠里が俺の首に両腕を回し、セレスが左腕を取り、それを見たリーゼが対抗するように右腕を強引に抱き寄せた。
悪いな郷野、修学旅行の班は四人組なんだ。お前は別の誰かと組むんだな!
「さて諸君、白峰をどこにどうやって埋めるかの話だが」
「実にトレンディな話題だな」
「あ、オレ都合よく人数分のスコップ持ってるぜ」
「奇遇だな、俺も人数分のツルハシを持ってきていたところだ」
「じゃあまずこのアフリカゾウも掠めただけで気絶させられるスタンガンで」
「亀甲縛りは得意技だ。任せろ」
「俺んちの裏に立ち入り禁止の廃坑があるんだが」
「「「じゃあそこで」」」
「待ってみんな! このクラスは三十八人。二人余る。だからボクが白峰くんと二人で班になれば解決だよ!」
「「「それだ!!」」」
よし逃げるか。
「知っている。白峰零児、まだホームルームは終わっていない」
「うわっ!?」
ダッシュで教室後方の扉から脱出しようとした俺を、ダンディなオッサンがダンディな佇まいで通せんぼしやがった!
「そこをどけ! えっと……バートラム先生!」
「知っている。休み時間でもないのに教室の外に出ることは教師として認めない」
「お前には見えないの!? ほら俺の後ろでツルハシとスコップを持って幽鬼のように迫ってくる馬鹿どもが見えないの!?」
「知らん」
「知れ!?」
こうなったら力づくで……いや、そんなことしている間に俺は袋叩きだ。そもそも教室で異能なんて使えないからな。
うん、詰んだ。
廃坑の土は温かいかなぁ?
「はい、そこまで」
パァン! 見兼ねたジル先生が柏手を打った。
「各自に任せた班決めが納得いかないと言うのなら、恨みっこなしのくじ引きで決めることになるわよ? 運が悪かったら気まずい修学旅行になるけど、いいかしら?」
「甘いですね、ジル先生。このクラスの仲は皆良好。誰と誰が組もうと気まずくなることはあり得ません」
人生に一度の青春を台無しにし兼ねない提案だったが、桜居がエアメガネをクイクイさせながら否定した。男女で争うこともあるが、確かにこのクラスは仲がいい。特に男子の俺に対する猟奇的なチームワークは人間を超えている。だが桜居、お前、郷野と組むことになっても同じこと言えんの?
「岩村先生、苦労してたのね……」
ジル先生は大きく溜息をついた。いや、岩村先生はそんなに苦労してなかったと思うぞ。
「わかったわ。じゃあ、本当にくじ引きにするけどいいわね?」
「「「白峰だけが美味しい思いをしないなら望むところ!!」」」
「「「私たちだって紅楼さんたちと思い出作りたいのよ!!」」」
俺たち以外のクラスメイト全一致で班決めがくじ引きになってしまった。
結論から言おう。
俺の班は……俺、リーゼ、セレス、悠里、二人余った内の一人である桜居を加えた五人になってしまった。
くじ引きはなんのタネも仕掛けもないアミダだったはずだ。なのにピンポイントで監査官の俺たちが一緒になり、監査局の事情を知る桜居をつけることで男子たちの言う『俺だけが美味しい思いをしない』という条件まで満たしてしまった。
「零児、これは本当にただの運によるものなのか?」
この結果にクラスメイトたちが絶望に打ちひしがれている中、俺と同じ疑念を抱いたセレスが耳打ちしてきた。
「そんなわけないだろ。なにかしやがったんだ。ジル先生か、バートラム先生がな」
「現実改変系の異能かしら? それとも……」
悠里が顎に手をやってジル先生を見据える。俺も釣られて教壇に立つ彼女を見ると、パチンと可愛らしくウィンクなんかしやがったよ。
「レージレージ! わたしたちはどこに行くの? キューシュー?」
リーゼだけはそんなことなど心底どうでもよさ気で楽しそうだった。キューシューじゃなくてキョートだと伝えたら半日くらいダダを捏ねられたが、こっちにも温泉はあると告げるとあっさり機嫌を直してくれた。
本音を言えば、俺も別府で秘湯巡りとかしたかったです。




