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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第六巻
208/314

一章 人間の心、魔王の力(2)

 酷い目に遭った。

 まあ酷い目に遭うのはいつものことだが……いや待て。『いつものこと』とか言っちゃってる時点でもう抜け出せないくらい日常化してしまっているわけだぞ。なんか悲しくなってくるな。俺の人生ってなんだろう? 人生じゃなくて魔王生かな? もうどうでもいいや。

「朝からなに机に突っ伏して黄昏てるのよ?」

 伊海学園高等部二年D組の教室。その中央最後列一個前にある自分の席で長い長い溜息を吐いていると、燃えるようなセミロングの赤い髪を後ろで一つに束ねた女子生徒が呆れたように声をかけてきた。

「なんでもない。ちょっと人生を振り返って絶望してただけだ」

「なんでもなくはない気がするけど、その絶望で魔王化しないでよ? アタシが滅ぼさないといけなくなるんだから」

「それで魔王になるなら俺はとっくになってるよ」

 こいつは紅楼悠里。つい最近まで異世界で行方不明になっていた俺の幼馴染だ。いろんな異世界で勇者をやっていたらしく、幾多の魔王と戦っては世界を救って来たんだそうだ。

 なんともまあ信じ難い話だが、それがただのフィクションじゃないのは直接聞いていた俺にはわかる。まあ、多少の主観的脚色はあるだろうけどな。

 ただ――

「俺のことより、お前こそちょっとでも記憶が戻ったりしてないのか?」

 悠里には、この世界で生活していた時の記憶がないんだ。確か最初の記憶はどこかの異世界で目覚めて、その世界の気弱で影の薄そうな勇者と一緒に魔王を倒したことだとか言っていたな。

「……まだなにも思い出せてないわね。ところどころで懐かしい感じはしてるんだけど」

 悠里は残念そうに目を伏せた。記憶喪失になったことのない俺には想像もできないが、かなりキツイはずだ。周りは自分を知っているのに、自分はなにも知らないんだからな。それなのに悠里はクラスメイトたちとも笑顔で接している。

 決して作り笑いなんかじゃない。心からの感情で笑っているんだ。昔から細かいことは気にしない感じだったが、その裏で寂しさを抱え込む性格だったことを幼馴染の俺は覚えている。

 その寂しさは、俺にも数えるほどしか見せたことがない。

 だから強いんだ、悠里は。

「何度も言ってるが、ゆっくり思い出せばいいさ」

「そうさせて貰っているわ。今のアタシは自分の記憶なんかより、あなたたちの方が気になってしょうがないわけだし」

 そう言って悠里は横目で教室の前方を見た。そこには一見中学生と思しき金髪のカウガールがツンツンした鬣の小馬に跨っていた。カウガールは手に持った鞭でビシバシと楽しそうに馬を扱いているな。馬は馬で叩かれる度に嬉しそうな嘶きを上げているよ。

 ていうかリーゼだ。

 そして馬は桜居だ。

 いや、なにしてんのあいつら?

「リーゼちゃん、もうすっかり魔力が定着したみたいね。正直、〝魔帝〟って言われた時は半信半疑だったんだけど……こうして直に魔力を感じてみると信じざるを得ないわ」

 リーゼはついこの間まで魔力を失っていた。その原因はまあ、俺なんだが、とにかくちょっと身体能力が高いだけな普通の女の子になっていたんだ。

 本人もそのままでいいと言っていた。リーゼの魔帝化した姿――翼や尻尾や角が生えた姿は父親とそっくりで、それが死ぬほど嫌だったらしい。

「まさか倒そうだなんて思ってないよな?」

 もしそうなら俺は全力で止めなくちゃならない。

「安心して。リーゼちゃんの魔力は今までアタシが斃してきたどの魔王よりも深くて、濃くて、禍々しい。でも、今のあなたと同じで嫌な感じはしないの」

「禍々しいのにか?」

「上手く言葉にできないけれど、たぶん魔王が魔王たる行動を起こす根本的要因が欠如しているんだと思う。魔王が生まれながらにもつ絶対悪の破壊衝動。アタシたちは〈魔王因子〉って呼んでいるわ」

 魔王には抗い難い破壊衝動がある。俺も聞いた『声』だ。壊せ、殺せ、奪え。そんな自分の意思とは違う『声』を四六時中聞き続けていたら気が狂っちまうよ。

 今はもう聞こえない。俺も、恐らくリーゼもな。

 克服したとは違う気もする。俺もリーゼも特殊なんだ。先天的に魔王だったネクロスと違って、俺たちは後からその破壊衝動を植えつけられたような感じだったからな。取り除くことができたってことだと思う。

 いや、リーゼについては先天的か。それをアルゴスが封じて、俺が奪った。リーゼにはネクロスの魔力が注入されたわけだけど、格下の因子なんて捻じ伏せてすっかり自分の物にしちまったんだろうな。


「リーゼロッテ・ヴァレファール! なにをしている! 桜居殿から降りるのだ!」


 おっと、流石に見兼ねた銀髪ポニテの真面目系女子がリーゼに注意をした。異世界ラ・フェルデの聖剣十二将が一人――セレスティア・ラハイアン・フェンサリルだ。

「アハハ、いいじゃない。楽しいんだから」

「貴様の感情の問題ではない! 学校の風紀を乱すようなことをするなと言っている!」

「オレは大丈夫ですセレスさん! 寧ろご褒美です! ヒヒーン!」

「……」

 嘶く桜居を汚物のように見下げるセレス。桜居はそんなセレスの視線にもゾクゾクとしている様子だ。知ってたけどあいつヘンタイだな。

 なんか他の男子たちも集まってきたぞ。

「おい桜居次は俺に変われ!」「いや俺だ!」「馬のモノマネなら俺の方が上手くやれる!」「母ちゃんの実家が馬を飼ってる俺に任せるべき」「というかセレスさんに乗ってほしい」「それある!」「どうですかセレスさん俺に?」「ふ、ふざけるな誰が乗るものか!」「ボクは白峰くんの馬になりたい!」「おい、いい加減誰だお前!?」

 このどさくさに紛れて度々出現するホモホモした野郎はどこのどいつなんだ? 見つけ次第叩き潰してやる! 俺の貞操を守るために!

 と、そんな教室前方の騒ぎを眺めていた悠里がクスッと小さく笑った。

「あんな風に守護者やこの世界の人たちと仲良くやってるんだから、きっと大丈夫よ」

「俺にはヘンタイを量産しているようにしか見えないけどな」

 まあ、リーゼについて俺はもう心配していない。悠里は俺を含めて一応警戒しているようだが、もうあんなことにはならないさ。

 そこでチャイムが鳴る。

 朝のHRが始まるな。訓練された生徒諸君は先生が教室に入ってくる前にそそくさと自分の席へと撤退していく。なにせ担任の岩村先生(三十三歳独身・男に飢えた雌狼だが同性愛にも理解あり)は席に着かなかった生徒を生活指導という名目でホテルに拉致しようとするからな。恐ろしすぎる。


「あら? みんな席に着いているわね。真面目な生徒が多いのかしら、このクラス?」

「知っている。岩村教諭の指導の賜物だ」


 だが、教室に入ってきたのは岩村先生じゃなかった。

 鮮やかなローズ色の髪をした一目で美人だとわかる女性と、片眼鏡をかけたダンディな顔立ちの中年男性だった。女性は胸元を大きく開いた露出度の高い動きやすそうな改造スーツを着ており、男性は逆にこの季節でも暑苦しそうな灰色のロングコートを纏っている。

 教室が混乱でざわめく。

 リーゼは興味なさそうだが、俺とセレスは別の意味で混乱して目を丸くしていた。

「あいつら……なんで……」

「零児、知ってるの?」

 後ろの席の悠里がシャーペンの尻で俺の肩を突きながら訊いてきた。知っているもなにも、いや名前までは知らないんだけど――

「あいつは教師の監査官だ。お前も一応会ってるはずだぞ」

「記憶を失う前にってこと?」

「いや、ネクロスの騒動の時にだ」

「あー、そういえば見たような見なかったような……」

 悠里はこめかみを押さえて思い出そうとするが、あの時はドタバタしていてあまり印象に残っていなかったのだろう。記憶が曖昧なようだ。

「てか、あいつら中等部を担当していた奴らだぞ」

 それがなぜ高等部に? なぜ俺たちのクラスに? 嫌な予感が収まらないぜ。

「はい、静かに。アタシはジル・マーティン。こっちのオジサマはバートラム・リード」

 柏手を二回打って生徒たちを注目させた女性が自己紹介をする。

「このクラスの担任だった岩村先生は想像妊娠で長期の休暇を取られることになったので、急遽アタシたちが担任と副担任を担当することになったわ。よろしくね♪」

「なにしてんの岩村先生!?」

 想像妊娠ってどんだけ飢えてたんだあの人!?

「知っている。白峰零児だな。質問は後だ」

 渋いオジサマ――バートラムが短い言葉だけで俺を諫める。質問は後……つまり、なぜ監査官の二人が俺たちのクラスの担任副担任になったのかはちゃんと説明してくれるらしい。というか、そういえばこのクラスって今まで副担任いなかったな。

 バートラムの異様な覇気に俺以外の生徒も困惑顔のまま口を閉じる。

 その静まり返った空気にローズ髪の女性――ジルは苦笑を浮かべ、生徒名簿を開いて出欠の確認を取り始めた。

 そうして皆が借りてきた猫のように大人しく返事をし、全員が揃っていることを確認すると、ジルはふくよかな胸の下で腕を組んで本題に入った。


「早速で悪いけど、もうすぐ行われる修学旅行について話をさせてもらうわね」


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