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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第六巻
206/315

序章

挿絵(By みてみん)

 某国某日。

 一般人の立ち入りが禁じられた自然保護区にある湖の畔に、その美しい景色とは相容れない漆黒の鎧に身を包んだ男が静かに佇んでいた。

 ニメートルを優に超える大剣を背負い、両目を閉じて腕を組んだ仁王立ちは、ただそこに在るだけで見る者を竦ませる威圧を纏っている。鋭敏な感覚を持つ野生動物は羽虫ですら彼の周囲数百メートル圏内に寄りつきもしないだろう。

 長い黒髪だけが吹きつける風を浴びて僅かに靡いている。

 男――カーイン・ディフェクトス・イベラトールは黙って『その時』を待ち続ける。

 風を読み、空間を感じ、次空の歪みを捉える。

 その状態のまま数分が過ぎた――瞬間。


「喝ぁッ!!」


 勢いよく目を見開いて吼えたカーインは、背中の大剣を抜いて大上段から一気に振り下ろした。

 轟音。

 妖しげに紅く反光する銀刃の魔剣が空を薙ぎ、纏っていた闘気が眼前に広がる湖を真っ二つに引き裂いたのだ。闘気の斬撃波は水深百メートルを越えるだろう湖の底まで届いている。だが、カーインの目的は湖底にはない。

 割れた湖の中心に聳える、陽炎のように歪んだ空間()()()()である。透明な円筒形となって軌道エレベーターのごとく天へと伸びているそれは、『次元の柱』と呼ばれる世界の安定化装置のようなものだ。

 それを破壊することがカーインの――カーインが身を置く『王国(レグヌム)』という組織の目的だった。

 魔剣ディフェクトスの剣身に紅の輝きが宿る。


「破ぁあッ!!」


 気合い一閃。

 次は横薙ぎに振るわれた大剣から再び不可視の波動が放たれる。それは円筒形に歪んだ空間に直撃し、食らいつき、跡形も残さず消滅させた。

 同時に割れた湖が戻す力に引き寄せられて大きく荒れる。飛沫が雨となって降り注ぐが、纏っている闘気が水を弾くためカーインが濡れることはない。

「……上々だな」

 カーインは魔剣を満足気に一瞥すると、何事もなかったかのように背中の鞘へと納めた。この魔剣は数ヵ月前に一度粉々に破壊されていたのだが、ようやく修復が完了したのである。今回はその試し切りの意味もあった。


「キヒッ、久々に見たけど流石の剣技だね。豪快なのに美しくて品がある。惚れ惚れしちゃいそうだよ」


 背後からクスクスと小馬鹿にしたような声で誉め言葉がかけられた。実際は馬鹿になどされていないが、決して言葉通りの称賛というわけでもない。それを知っているカーインは感情を一ミリも動かすことなく、そして振り向きもせず問いを投げた。

「何要だ、ゼクンドゥム?」

 カーインの背後には真っ白い反物のような布だけで裸体を隠した、中学生くらいの白髪少女が不敵な笑みを浮かべていた。

「もう仮面はつけなくていいの?」

「そんなことを訊きに来たわけではなかろう」

「まあね。でも少しぐらいボクの世間話に付き合ってくれてもいいじゃん。会うのは日本の監査局との戦争以来なんだしさ」

「時間の無駄だ」

 カーインはきっぱりと切り捨てる。ちなみに仮面については正体を隠す必要がなくなったからつけてないだけであって、ファッションや防具として愛用していたわけではない。

「そう言わずに。第四柱(カルトゥム)以下の古株って第二柱(ボク)以外に君しかこの世界に残ってないからさ。気安く話しかけられる相手がいなくて困っていたんだ」

「冗談に付き合う気もないぞ?」

 第四柱(カーイン)より後に執行騎士(エクエス)となった者は『あの旅』を経験していないとはいえ、彼女のチャラけた性格であれば初対面だろうと関係なくぐいぐい話しかけていくはずだ。

 取りつく島もないカーインの態度に、ゼクンドゥムは怒るでもなく当然と受け入れて肩を竦めた。

「わかったよ。――〝王様(レクス)〟からの通達があった」

 声のトーンを一段階落としてゼクンドゥムは告げた。カーインはやはり振り向かず、黙って耳だけを傾ける。

「先日空に描かれた魔法陣は見たよね? 日本に魔王が現れたんだってさ。もちろん、あの〝魔帝〟ちゃんのことじゃないよ」

「……」

「まあ、〝魔帝〟ちゃんも関わってないどころか渦中なんだけどね」

「要点を言え。お前はいちいち回りくどい」

「性分だから気にしないでほしいな。キヒヒッ」

 茶化すように笑うゼクンドゥム。彼女のペースには乗らず、カーインは無言で続きを促す。

「その魔王を日本の監査局が倒したわけなんだけど」

「ほう、あれほどの術式を展開できる魔王を倒した、か。やはり侮れんな」

 そこはカーインも素直に感心した。ゼクンドゥムが言ったように、先日この星の半分を覆うほどの魔法陣が空一面に広がった。それは地上を害することなく唐突に消え去ったが、高位の魔王が現れたのであればその現象も納得だ。法界院誘波がいるとはいえ、日本の監査局の実力で討伐に成功したとは正直驚きである。

「まず、その魔王がなぜこの世界に現れたのか。そしてそれをどうやって倒したのか。詳細まではボクも見てないからわかんないんだけど……どうやら〝魔帝〟の力が覚醒して、あのお兄さんが引き継いだみたいだよ」

 ピクリ、とその言葉にはカーインも僅かな反応を示した。ゼクンドゥムの言う『お兄さん』が誰なのかは一人しか思い浮かばない。

 彼がより強くなったのであれば一度手合わせしたい気持ちもあるが……逆にその程度の興味でしかなかった。

「〝機奏者〟の狙いが変わるだけだろう」

「〝魔帝〟の力が覚醒したって言ったでしょ? ()()だったみたいだよ、アレ」

「なに?」

 カーインは初めてゼクンドゥムに振り向いた。聊か大胆過ぎるが体形のせいか扇情的には見えない格好をしているゼクンドゥムが『してやった』と言わんばかりの笑みを浮かべている。無論、気にするだけ無駄である。

 それよりも彼女の告げた内容だ。〝魔帝〟の意味は知っている。だが、あの金髪の少女が本当にそうだとはカーインを含めて『王国』の誰もが思っていなかった。内包されている魔力量こそ〝機奏者〟が欲しがるほど凄まじいものだったが、結局そこまでの脅威には見えなかったからだ。

 カーインたちの目が節穴だったわけではない。

 覚醒したということは、それ以前に見て知った判断は全て覆る。あの金髪の少女も、その力を引き継いだらしい少年も、もはやカーインたちの知る存在ではなくなっているはずだ。

「なるほど、だとすれば厄介だな」

 ゼクンドゥムの言葉が本当であれば、近い未来にカーインたちの計画に支障を来す事態が必ず発生する。それはなんとしてでも防がなくてはならない。

「手の空いた執行騎士は現行任務を中断し日本へ。()()()()()第六柱(セクストゥム)を回収し、事態に対処せよ。――だってさ。もちろん、ボクも出るよ。あ、第五柱(クィントゥム)第七柱(セプティウム)にはもう声をかけたから」

「〝虹閃剣〟と〝拳狼〟か。〝機奏者〟はどうする?」

第八柱(オクタウム)――スヴェンはぶっちゃけ足手纏いだね。今回ばかりは。この前もイタリアでこっ酷くやられちゃったんでしょ?」

 異獣の回収をイタリアの元異界監査官に邪魔された件だ。スヴェンが弱いというわけではない。アレは相手が悪かった。割り込んだカーインとて、たとえ万全の状態だったとしてもどうなるかわからないほどの相手だった。

 だが、確かに今回の件についてはスヴェンだと荷が重いだろう。やれたとしても後方支援が関の山だ。

「そうそう、日本には()()()()も到着したみたいだからさ。合流しないとね」

「承知した」

 懐かしい顔ぶれを思い浮かべつつ、カーインは鷹揚に頷いた。

「じゃあ〈夢回廊〉を開くけど、ここの『柱』はもういいの?」

「構わん。この地の小柱は今ので最後だ。残っていてもそちらが最優先であろう?」

「キヒッ、その通り♪」

 楽しそうにそう言うと、ゼクンドゥムは踵を返して片手を翳した。すると彼女の前方の空間が渦を巻くようにして歪み、中央から次第に白みがかっていく。

 ゼクンドゥムが使う一種の空間転送能力――〈夢回廊〉だ。恐らく日本のどこかに繋がっているのだろう。

「ほいっと、完成」

 先にゼクンドゥムが白い歪みに飛び込む。カーインも今さら臆することのない歩みでその後に続いた。


 日本にいる顔を合わせたくない愛弟子のことを、少しだけ頭の片隅で気に留めながら――。


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