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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第五巻
205/314

終章

 時間が巻き戻るようにして破壊された街や自然や人々が元通りになっていく光景は壮観の一言だった。

 ほとんど俺の中にいるアルゴスがやってくれたようなもんだが、事情をなにも知らない連中はそりゃあもう驚いていたもんだ。武具を作るか魔力を奪うことしかできなかった俺が、まるで神にでもなったかのような力を振るったんだからな。

 まあ、神じゃなくて魔王だけど。

 なにもかも元通りと言えば元通りなのだが、〈異端の教理(ペイガン)〉が発動する前のパニックから収拾させることになって監査局はてんてこ舞いだった。逸早く事情を呑み込んだ誘波が指揮を執ってくれなかったらちょっとやばかったかもな。

 情報操作が完了し、街が落ち着くまで数日かかっちまったよ。

 体育祭はというと、一般人の認識だと突然の豪雨で中止になっている。勝敗は最終得点の差で紅組の勝利だ。

 要するに――

「レージ、肩揉みなさい」

「かしこまりました、リーゼお嬢様」

「零児、焼きそばパン。ダッシュで」

「かしこまりました、悠里お嬢様」

「白峰君、ちょっとかるーく投薬実験に付き合ってくれないかい?」

「かしこま――ってそれ危険はないんだろうな郷野!?」

 (まけ)組は一週間の奴隷(いぬ)が確定したってわけです。あのまま流れてくれたらみんなハッピーだったってのに、そうは問屋が卸さんぞとばかりに休みなく命令が飛んで来やがる。ちくせう。

 あっちもこっちも勝ち組が負け組をこき使っているな。セレスは女子たちに着せ替え人形にされて羞恥で死にそうになってるし、桜居なんて教室の後ろで十字架に磔られてるぞ。しかも半裸。

「零児、コーヒー牛乳。兎跳びで」

「さっき焼きそばパンと一緒に頼んでくれませんかねぇ!?」

 パシリはいいけど一個ずつ命令されるとかどんな鬼畜だ! この鬼畜勇者め!

「最強の魔王が形無しね」

 命令通り兎跳びでコーヒー牛乳を買ってくると、悠里は疲労と羞恥で床に這い蹲った俺を嘲笑の視線で見下してきた。

 悠里はなにかを隠している。

 リーゼの言葉じゃないが、俺も最近はそう感じ始めていた。

 あれはネクロスを斃し、捕らえられたセレスたちを解放した直後だ。ネクロスと戦っていた部屋の方向から爆撃音が聞こえたんだ。

 何事かと思って戻ってみれば、そこに悠里がいた。普段通りの悠里だった。どうやらバフォメットと戦っていたらしく、ネクロスの部屋まで天井を突き破って飛んできたらしい。

 まだ生きていたネクロスにもトドメを刺したと悠里は言った。

 だが、俺が感じた力の爆発は死にかけのネクロスにトドメを刺すだけだと過剰過ぎるし、悠里の魔力とも少し違っていたような気がした。

 問いかけてもはぐらかされる。

 今は話せない、ということなら……俺は待つよ。いつか、お前が背負っているなにもかもを吐露してくれるその時をな。

「次はなにをどういう方法でパシって来てもらおうかしら?」

「お、お手柔らかにお願いします」

 なんか当分、その時は来そうにないぞ。

「ねえ、リーゼちゃんはどんなのが面白そう?」

「う~ん、逆立ち?」

「白峰君なら余裕だろう。全裸で亀甲縛り状態からの匍匐前進とかどうかな?」

「それね!」

「やめろください!?」

 誰だ一週間無制限に命令できるようにした奴は! ああ、そこで磔になってる奴だったな!

「でしたらぁ、女性用の下着を頭に被せて白鳥パンツを穿かせるのはいかがですかぁ? 校内一周で速攻生徒指導ですねぇ」

 気づけば、どこからともなく現れていた十二単が姦しく会話に加わっていた。おい理事長、自分の学園で生徒になにさせるつもりだ?

「うわぁ……変態ね、零児」

「変態はそこのエセ天女の頭だ!? てか誘波! お前は俺に命令できる権限はねえぞ!?」

「あら? 私はレイちゃんの上司のはずですがぁ?」

「それとこれとが同じだと思うなよ!?」

 よし、逃げよう。

 このままだと俺が間違いなく社会的に終わる。だが物理的に逃げても誘波や悠里を撒けるとは思えん。となると小槌でも生成して自分の頭をガツンと一発夢の国……。

「まあ、冗談は置いて、レイちゃんとユウリちゃんとリーゼちゃんはちょっと一緒に来ていただけませんかぁ?」

 俺が意識だけを幸せなところに逃がそうと行動し始めようとした時、いつものようにニコニコと微笑みながら誘波はそう告げてきた。

 そうだよな。こいつが無意味に現れることって滅多にないんだった。

「ん? わたしも?」

「じゃあ零児で遊ぶのはまた今度になるわね」

 リーゼが小首を傾げ、悠里が残念そうに席を立つ。今度っていつだろうなぁ。百年後とかだったらいいなぁ。

 などと内心でビクビクしつつ、俺たちは誘波の屋敷まで案内された。大学部の一号館屋上に建てられた立派な庭園を持つ日本屋敷だ。

 客間に通されると、誘波は振り返りもせず――

「――ッ!?」

 風の槍を、俺の眉間目がけて飛ばしてきた。

 咄嗟に顔の前に大剣を生成する。不思議な金属音を響かせて風が霧散し、大剣も空気に溶けて消えた。

「おいコラ、いきなりなにしやがる?」

 誘波が唐突に奇襲してきたことは初めてではないが、今の風は明らかに俺を殺すつもりで急所を狙っていやがった。

 誘波は改めて振り返ると、たった今攻撃を仕掛けたとは思えない笑顔で口を開く。

「今のレイちゃんの実力を測ってみたのですぅ。空中生成、ちゃんとできるようですねぇ。一時の夢じゃなくてよかったです」

「反撃していいのか?」

「できるものなら」

 俺は自分の足元に多種雑多な刀剣を同時に生成する。それらは斜め四十五度の角度で誘波をロックオンし――一斉に射出された。

「ちょっと零児!?」

「あはは! いいわよレージ! もっと派手にやっちゃいなさい!」

 外野が叫んでいるが無視だ。今日ばかりは誘波に一発お返ししてやらないとな。ずっとやられっぱなしだった鬱憤、ここで晴らしてやんよ!

 飛ばした刀剣は風によって軌道を変えられ、明後日の方向に突き刺さっていく。俺自身も畳を踏み込んで突撃し、両手に生成した日本刀で風の防御を断ち切った。

 刀の切っ先を翳す。


 魔剣砲!


 莫大な魔力の込められた刀剣の奔流が至近距離から誘波を呑み込む。が、これをまともにくらうほどこいつは弱くない。

 ほら、転移した。空振った魔剣砲は誘波の屋敷の屋根を食い破って大穴を開ける。非難の声は聞こえません。こいつが何度俺んちをぶっ壊したと思ってやがる。

 つまるところ、俺はここで暴れることになんの遠慮もないんだ。

 俺の背後で風が舞う。鮮やかな十二単がはためく。

「黒炎も、出せるんでしたっけ?」

「ああ、火傷すんなよ?」

 見せろと言うなら見せてやる。俺が今使える力の全てをな。

「待ちなさい零児! それ以上、魔王(あなた)守護者(かのじょ)と戦うなら勇者(アタシ)も黙ってはいられないわ!」

 悠里が間に割って入った。誘波の方から仕掛けて来たってのに、その敵意は俺に向いているね。このまま守護者と魔王の戦争が始まるとでも思ったんだろうか?

「そういうんじゃねえよ、悠里。これは今までだってあったことだ」

「そうですねぇ。今までなら、レイちゃんは瞬殺されていましたが」

 そういう意味では俺ってかなり成長してね? いつもなら〈圧風〉一発で床に沈んでいた俺が、誘波とここまで戦えてるんだからな。

 両者合意の上での試合。そう理解してくれた悠里は渋々といった様子で引き下がってくれた。

「行くぞ」

 握った日本刀に意識を集中させる。

 俺の中で荒ぶる魔力に炎のイメージを乗せて流し込む。万斛を焼き尽くす黒き炎を、この刀身に顕現させる。

 しかし――

「……あれ?」

 炎は、現れなかった。

 なぜだ? ネクロスと戦った時はこんな感覚で使えてたはずなのに……。

「どうしたの、レージ?」

 アクションを起こさない俺にリーゼが不思議そうな顔をする。俺は何度もイメージを乗せた魔力を日本刀に流してみたが、結果はやはり変わらない。

「黒炎が、出ない?」

「隙ありですぅ」

「げぶッ!?」

 真横から風の衝撃をまともにくらっちまった。障子を突き破って中庭まで吹っ飛び、そのまま転がって池にポチャる。水つめてぇ。

「ど、どういうことなんだ……?」

 まさかあの戦いが終わったことで、従来の俺の魔力に完全変換されちまったってことなのか? それなら納得だが、そんな感じはしないんだけどなぁ。

 と――

 ――……ああ、すまない。我が眠っていた。

「アルゴス?」

 頭の中に直接声が響く。最近喋って来ないと思ったら、寝てたのかよ。〈異端の教理〉の後片付けで力尽きて消えたのかと思ったぞ。

 ――黒炎だったな。零児、もう一度やってみよ。

 言われ、俺は先程と同じイメージを日本刀に流す。すると、今度はきちんと刀身が黒く燃え上がった。

「あ、出た」

 ――どうやら、我が目覚めていないと『黒き劫火』は出せぬようだ。当然と言えば当然か。お前には我の血が混じっているわけでもなければ、そもそも『黒き劫火の魔王』でもないのだから。

 そうか、俺の魔王としての本質は『千の剣』――〈魔武具生成〉の方だからな。

「つまり俺は今まで〈魔武具生成〉で使えなかった空中生成と思念操作ができるようになったってだけか?」

 それだけでも充分な進歩だ。母さんならもっと上手く器用に使ってるだろうけど、俺には圧倒的な物量がある。もう引けは取らないんじゃないかな?

 いや、それは自惚れか。

 ――魔王の魔力から生成されるそれらは敵にとっては脅威に違いなかろう。ただ、我が目覚めている時は好きなだけ黒炎を使えばよい。

「お前はどのくらい起きていられるんだ?」

 ――お前の魔力がある一定以上の高まりに達していなければ無理のようだ。平時の我は常に眠っている。あまりあてにしてくれるな。

「……わかった。なるべく〈魔武具生成(おれのちから)〉だけで対処するように心がけるよ」

 ならば今までと特に変わらない。それに黒炎を使っちまうとリーゼの専売特許を奪うみたいで気分が悪いしな。これでよかったんだ。

 ――お前の〈魔武具生成〉にはまだ相当な可能性が残っている。やがて黒炎どころか、他の異能すら扱えるようになるやもしれん。

「だといいな」

 満足するな。俺はまだ強くなれる。ネクロスの言い残した言葉は忘れていない。たぶん、いや間違いなく、これまで以上の戦いがこの先にやってくる。

 だから、まだまだ精進だ。

「レージがまた一人でぶつぶつ言ってる……」

「頭でも打ったのかしら?」

 縁側で俺の様子を見ていたリーゼと悠里が気持ち悪いものでも見るように眉を顰めていた。慣れないとな、思念会話。

「レイちゃんの黒炎は安定しないようですねぇ」

 誘波が中庭に、俺とリーゼたちとの丁度中間くらいに舞い降りる。

「では、次はユウリちゃんとリーゼちゃんの実力を見せていただきましょう。ユウリちゃんは守護者の力を解放してくれても構いませんよぅ」

「なっ!?」

 ん? なんか悠里が驚いているな。守護者の力を解放? どういうことだ?

「……ははは、やっぱり守護者には見抜かれちゃうよね。でも、これは魔王や魔族以外との戦いには使わないって決めてるの」

「そうですかぁ。なら仕方ありませんねぇ。そのままで、かかってきてください」

 くいっと手で挑発する誘波。悠里は苦笑から好戦的な笑みにシフトし、その体を光で包んで突進した。

 池から這い出て二人の試合を眺めていると――

 ――零児よ、もっと我が娘に近づくのだ。

「あ?」

 まだ起きていたアルゴスがなんか言ってきたぞ。

 ――よく見せよ。成長した我が娘を。ふむ、背は生前から然程伸びてはいないようだが、母に似て美しくなっている。

「はあ」

 言われるままにリーゼの隣に並ぶ。俺の中にいるアルゴスは――な、なんか鼻息が荒くなってないか?

 ――ああ、愛しの娘だ。リーゼロッテ……ああ、リーゼロッテ! パパはここだよ!

「誰だお前!?」

「突然叫んでどうしたの、レージ?」

「い、いや、なんでもない」

 俺の中でお前の親父さんが親馬鹿全開にしてるぞーって言ったら殺されるのかな? 俺ごと。

 ――レージ、ハグだ! ハグをせよ!

「勘弁してくれ!? てか俺は一応他の男だぞ!? いいのかよお父さん!?」

 ――貴様にお義父さんと言われる筋合いはない!

「そういう意味で言ってねえよ!?」

 てかどこで覚えたその台詞!? それとも娘を持つ父親は全次元共通なの?

 ――だが、お前の体は我の体だ。故にお前の行動は我の行動。さあ娘を抱け! 頭を撫でよ! ほっぺにキスまでならば許す!

「待て待て待て!?」

「レージが待ちなさいよ。なんなの? さっきから一人で勝手に楽しそうなんだけど?」

「膨れっ面してるとこ悪いけど俺全然楽しくない!? 親馬鹿に迫られて超困ってるなう!?」

 俺の体をアルゴスが乗っ取れなくて本当によかった! いや待て、本当に乗っ取れないのかな? もう少し魔力が高まっちゃったりするとアルゴスの覚醒率も上がっていろいろできたりしないよな? どうしよう、戦うの怖くなってきた……。

 リーゼから距離を取ったことで、アルゴスはようやく落ち着いたようだ。

 ――見苦しいだろう? これが親というものだ。

 まったくだ。ここまで親馬鹿だったとは思わなかったよ。

「ったく、お前本当に〝魔帝〟だったのかよ」

 同じ魔王でもネクロスなんかとは全然違う。人としての温もりや思いやり、破壊衝動より先にそういった感情がアルゴスからは感じられた。

 全く魔王らしくない。

 まあ、それは俺もだけどな。

 ――そうだな。あの時、あの感情を知ってから、我はもう魔王ではなくなったのかもしれぬな。

 黄昏るように、アルゴスはしんみりとした声を脳内に響かせた。

「なんだよ、あの感情って?」

 わけがわからず問いかける俺に、アルゴスは恥ずかしげもなく、俺の中で穏やかに微笑んでこう答えるのだった。


 ――『愛』だ。


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