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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第五巻
204/315

間章(4)

 甘い。

 まったくもって甘過ぎる。

「まさか本当にトドメを刺さないなんてね」

 白峰零児たちが去った後、ネクロスは彼らの愚かさ具合にクスリと笑った。黒い炎は既に体の大部分を喰らい尽くし、後は首と肩周りしか残っていない。

「僕が何度でも復活するのかって問いかけてたけど……ああ、その通りだよ!」

 可笑しそうに叫んだ途端、ネクロスの傍に金縁の棺桶が出現した。

「開け、〝柩〟よ!」

 合図と共に蓋がひとりでにスライドする。その中身は空でもなければ、コレクションのゾンビが入っているわけでもない。いや、ゾンビと言えばゾンビなのだろう。

 そこには死んだように目を閉じて動かない、もう一人のネクロスが収められていた。

「肉体のスペアくらい用意しているさ。多少魔力は落ちるけど、消耗した今のあいつをぶち殺すくらい簡単だ」

 ネクロスの体が黒き劫火によって燃え尽きる。だがその時には既に、ネクロスの魂とでも言うべき意識は棺桶の中に寝かされているもう一つの体へと転移していた。

 傷一つない万全の体がピクリと痙攣し、瞼がゆっくりと開かれる。そこに凶悪な笑みが刻まれる。

「アハハ! 僕にトドメを刺さなかったこと、後悔させてあげるよ!」


「ヒャホホ! アレで滅びないとは驚愕のしぶとさだ、『柩の魔王』ネクロス・ゼフォン!」


 乗ってきた興に水を差す耳障りな笑い声が響いた。

「……」

 誰何はしない。聞き知った声だ。代わりに舌打ちを一つする。

「……覗き見かい? 魔王としても趣味がいいとは言えないね」

 魔王連合〈破滅の導き(アポリュオン)〉の最古参が一人にして、他の魔王たちと積極的に関わろうとする変わり者。

 この場にいるはずのない、しかしどこに現れても不思議はない神出鬼没の大魔王。


「『呪怨の魔王』グロル・ハーメルン」


 名を呼ぶと、ネクロスの目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。次元のゲートが開いたわけではないが、そこにシルクハットを目深に被った道化風の男が出現していた。

 本体ではない。幻、または立体映像とでも言おうか。とにかく奴はここではないどこかの次元から自分の姿を投影しているだけに過ぎない。もっとも、特殊な通信具を使わず自力でそんなことができる魔王は連合の中でも奴くらいだ。

「趣味が悪いのはお互い様だろう? 彼の美しい〝白蟻姫〟なんて君のゾンビコレクションにドン引きしていたぞ」

「ふん、僕の趣味の崇高さを理解できないなんて可愛そうな連中だ」

 鼻で嘲笑すると、ネクロスは鬱陶しそうに目を細めて問う。

「それで、なんの用だい? 見てたならわかると思うけど、僕は忙しいんだ」

「実はとある探し物をしていて偶然君を見つけただけなんだが、これはなかなかどうして愉快なことになっているようだ」

 グロルは煩雑の視線などお構いなしに、あくまで自分のペースでネクロスの琴線に触れかねない言葉を紡ぐ。

「君を一度は討ち破った彼――『黒き劫火』の継承者!」

 それだけでネクロスの額に青筋が浮かぶ。

「ヒャホホホ! 実に素晴らしい力だった! 『黒き劫火』……いや、彼をそう呼ぶには少し違うな。そうだな、我が敬愛する〝魔帝〟アルゴス様ならば『千の剣』とでも称するだろう」

 ただでさえ高いテンションをさらに上げるグロルに、ネクロスは苛立ちを抑えながら掌を翳す。

「一つ訊くけど、今の君は()()()なんだい?」

 本体ではないと知っているものの、掌に砂色の魔力を収斂させていくネクロス。それを見てグロルはシルクハットの下で嫌らしく笑った。

「中立だ。少し前までは旧魔帝派だったがな」

「蝙蝠め。ならそいつらに伝えるといい。君たちが必死に守っている空席の椅子に座れるかもしれない『黒き劫火』の後継者は、この僕――『柩の魔王』が殺す、と」

「いいや、それは叶わない」

「なんだと?」

 確かに一度は敗北した。それは認める。だが、新たな肉体に移ったことで現状はネクロスの方が優位になっているはずだ。

 奴が即座に全快しない限り二度目はあり得ない。

 そう思っていたが、グロルは愉快そうに首を横に振った。

「この世界に存在している君に対する脅威は『黒き劫火』……もとい『千の剣の魔王』だけじゃない。『彼女』と、そして『彼ら』もなにかコソコソと企んでいるようだ」

「……」

 グロルがなにを言って誰を示しているのか、ネクロスにはわからなかった。しかし魔王連合の敵という意味では限られてくる。

 もしも『彼女』がそれで、『彼ら』がそうなのだとすれば……確かに魔王単騎で抗うには少々以上に骨が折れるだろう。

「そして君は間もなく『彼女』に討ち取られる。ヒャホホ、それだけ伝えたかったのだ」

 ネクロスは無表情で魔力砲を撃った。グロルの写し身は容易く消し飛び、最初からなにもなかったかのように静かな空間が戻ってくる。

「ふざけるな。この僕が、こんな甘い世界で二度も敗れるわけがないだろう」

 誰が邪魔して来ようが関係ない。とにかく今は『黒き劫火』の継承者を叩き潰したかった。

「ん?」

 と、部屋の中心に何者かが転移してきた。今度はなんだと思いかけたネクロスだが、それが山羊頭の執事だと気づくと警戒を和らげた。

「バフォメットか。丁度いい、今すぐにあいつを――」

「申し訳ございません、ネクロス様」

 バフォメットは主の言葉を遮って片膝をつき、頭を垂れた。それが敬意の行為ではなくダメージによるものだということは、満身創痍の彼を見れば一目瞭然だった。

「〝始まりの勇者〟が……」

 その瞬間、視界を覆い尽くす爆光がバフォメットの足下から放たれた。それはネクロスの次に頑強な身体を持つバフォメットを一瞬にして塵と変え、急激に角度を変えてネクロスにも襲いかかる。

「――ッ!?」

 咄嗟に魔力障壁を張った。が、光の本流は穢れた魔力を浄化するかのように凄まじい速度で障壁を削ってくる。ネクロスは舌打ちして右腕を振るい、光を真横へと弾いた。

「……誰だい?」

 焼け爛れた右腕に魔力を込めて再生させつつ、ネクロスは光の先に出現した襲撃者を睥睨した。

 それは幾重もの光の翼を背負った灼髪の少女だった。彼女が歩く度に底なしかと思われるエネルギーが光となって足元から溢れ、魔王以上の圧倒的な存在感を見せつけてくる。

「なるほど、やはり『彼女』とは〝始まりの勇者〟のことか」

 かつて、一人の魔王を討伐するために立ち上がった勇者は数いれど、魔王連合そのものに噛みつこうとした勇者は存在しなかった。そもそも一つの世界に留まっているだけでは連合の存在すら認知されることはないからだ。たとえ魔王が口を滑らせたとしても、無限にも等しい数がいる魔王たちを殲滅してやろうと誰が考えるだろうか。

 だが、いたのだ。

 自ら次元を渡り、魔王連合の存在を知り、迷わず立ち向かう道を選んだ最初の勇者が。

 故に〝始まりの勇者〟。

 連合内での呼び名は幾多の魔王を滅ぼしてきたその力から『光の勇者』『始まりの光』『世界の敵の天敵』など様々だが――とにかく強い。三下魔王なら『目を合わせる前にプライドを捨てて撤退しろ』とまで言われている。

 見る者が灰になりそうな強烈な光を放ちながら、勇者――紅楼悠里はネクロスに問いを投げる。

「あなたがまだ生きてるってことは、零児は見逃したの? それとも、結託したの?」

 口調は静かだが、そこに込められた敵意は並ではない。ネクロスを持ってすら冷や汗を掻いてしまうその圧力は、成ったばかりの『黒き劫火』の後継者ごとき比ではないだろう。

「どちらでもないよ。前者に近いと言えば近いけど、奴はキッチリ僕を討ち倒した。詰めが甘かっただけさ」

「そう、よかった。彼はまだ〝人〟なのね」

 敵意が半分ほど減った。それでも気を抜けば殺気だけで物理的に刺殺されそうな気配にネクロスは息を飲む。

 ――この僕が気圧されているだと? ありえない。

「そこをどいてくれないか? 君と戦ってもいいけど、僕は先にあの忌々しい『黒き劫火』……いや、ここは『呪怨』の言葉を借りて『千の剣の魔王』と呼ぼうか。奴に本当の地獄を見せてあげ――」


 じゅっ。


 今度は障壁を張る暇すらなかった。

 ネクロスの左肩から先が、奴の翼から放出された光線によって蒸発した。そう理解すると同時に戦慄もする。文字通り光の速度。いや、それ以上だ。ただの光速程度ならばネクロスほどの魔王であれば余裕で対処できたはずである。

「問答は無用よ。アタシは彼ほど甘くない」

「……死にたいらしいね」

 傷を癒す前に、『死』を呼ぶ。

「来い、〈冥王の――」

 呼びかけは最後まで続かなかった。続けられなかった。

 その前に幾本もの細い光がネクロスの体をパーツごとに解体したからだ。

「光の、糸……?」

 まるで生物のように蠢く光糸の群れ。バラバラにされた程度では死ぬことのないネクロスだが、再生しようとすると光糸が一つに集まり首以外のパーツを焼き消した。

 輝く翼をゆっくりと羽ばたかせ、紅楼悠里はネクロスの首の前に舞い降りる。

「アハハ、凄まじい『正』の気だ。連合に盾突くだけのことはある」

 ここまで圧倒的だと逆に爽快だった。

「『守護者』の力だね。それも、一つ二つじゃない」

「ええ、アタシはあなたたちに滅ぼされた数多くの世界の無念を背負ってるわ。この翼一枚一枚が世界の『守護者』そのものとも言える力。もう自分たちのような世界を生み出さないために、魔王の脅威からみんなを救うために、彼らはアタシに力を預けてくれた」

 納得した。

 これほどに『守護者』の力が集結しているのであれば相手が悪過ぎる。まともに戦える魔王は片手の指で数えるほどもいないかもしれない。

 しかしそれ故に、解せない。

「『千の剣』もそうだけど、たかが人間が許容できる力の量だとは思えないね」

「そうね。アタシと彼が共通してるところって言えば、地球人と異世界人のハーフってことかしら」

 ネクロスには意味がわからない回答だったが、もはや文字通り手も足も出ないのであれば受け入れる他ない。

「殺せ。どうせ死ぬからトドメは刺さない、なんて腑抜けたことは言うなよ?」

 悔しさはある。

 だが、白峰零児――『千の剣の魔王』に敗北した時ほどではない。

「ええ、そうさせてもらうわ。ここで散りなさい、『柩の魔王』ネクロス・ゼフォン!」

 やはり魔王とは、最後には勇者の手によって滅ぼされることが理想なのだ。


        ※※※


 伊海学園高等部校舎――屋上。

 灰色の世界の中、水平線の彼方に沈んでいく次空艦を眺める一人の少女がいた。黒いセーラー服を風にはためかせ、彼女は口元に不敵な笑みを刻む。

「ふふっ、これは大変。そろそろ迎えに来てくれるかしら♪」

 愛おしそうにそう言うと、望月絵理香は踵を返し、影の中へと消えていった。


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