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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第五巻
203/314

五章 千の剣(4)

 灰色の空に黒炎の残滓が消えていく。

 戦いが終わり、実に見晴らしがよくなった次空艦の最上階は嘘のような静寂に包まれていた。

 高度云百メートルの冷えた空気が肌に刺さる。疲労がどっと押し寄せてきた。このまま大の字になって倒れたい気分だぜ。

「勝った」

 そう、俺は……勝ったんだ。

 世界を簡単に滅ぼせてしまう力を持った存在――魔王に。

 俺も対抗して魔王の力を習得してしまったが、今は壊せだのなんだのっていう『声』は聞こえないな。俺は俺だ。白峰零児としての意識でこの場に立っている。

「冗談、みたいだったな……」

 なにがと言えば、自分がだ。ついこの間まで力を求めて四苦八苦していたってのに、夏の終わりにようやく二刀流ができるようになったってのに、ここに来て魔王だぞ? この俺が。笑っちまいそうだ。誰か冗談ぽく笑ってくれないかな?

「レージ」

 背中にかけられた声で俺はハッと我に返った。そうだった。この場には俺とネクロスだけじゃない。リーゼやレランジェもいたんだった。情けねえな。力を得て、戦いに意識を向け過ぎたせいで失念していたよ。

 振り向くと、立っているのもやっとといった様子のリーゼが俺を見詰めていた。

「リーゼ、大丈夫か?」

 右手を伸ばす。が、リーゼは拒絶するように一歩下がった。

「……レージから、あいつの力を感じた」

「アルゴスか?」

 流石にもう聞き返す必要はない。リーゼが変態を見るような目で『あいつ』と呼ぶ人物は全次元を探しても父親だけだろう。まあ、その父親の方はドがつくほどの親馬鹿なんだけどな。

 リーゼは小さく頷くと、少し躊躇いながらも前に出て俺の手を取った。

「でも、今は感じない。わたしの知ってるレージよ」

 きゅっと小さな両手で俺の手を握るリーゼは――笑っていた。

 いつもの好戦的なそれじゃない。今まで見せたことのない、他人を慈しむような微笑みがそこに浮かんでいたんだ。

 そんならしくないリーゼを見ていると、どうしても罪悪感が込み上がってきてしまう。

「リーゼ、あの黒炎はお前から奪った力だ。返せって言われたら、返すぞ?」

「いらない」

 即答だった。

「それはレージのよ。わたしの力はわたしの中にあるわ」

「ああ、そうか。ネクロスのせいで魔力が戻っちまったんだったな」

 俺の手を放し、右の掌を上に向けて黒い炎を灯してみせるリーゼ。細胞分裂のように増えていく魔力は既にかなりのところまで回復しているようだな。

「リーゼはそれでいいのか?」

「魔力が空っぽになってた感覚は新鮮だったけど、もう飽きた。やっぱりあった方が落ち着く」

「そうか」

 リーゼがそれでいいのなら、俺からはもうなにも言うまい。

「だからわたしは〝魔帝〟で最強のままよ! レージ、勝負しなさい!」

 リーゼは掌の黒炎を握り消してビシッと俺の顔を力強く指差した。いつもの好戦的な笑みだ。まあ、リーゼを打ち負かしたネクロスを斃した俺に勝てれば……うん、確かに最強かもな。

 だが――

「また今度な。今は帰って休もう。セレスたちも助けないと」

 今すぐに勝負はちょっと無茶が過ぎる。セレスたちが敵に捕まっていることを考えるとあんまり喋っている時間もなさそうだ。


「警戒安定です、ゴミ虫様。まだ終わっておりません」


 と、足元から機械的に感情のない声が聞こえた。

 視線を落とすと――切断されて上半身だけとなったレランジェが片手で掴んだ下半身を引きずるようにして這っていた。

「うおっ!? レランジェ、なんかそれけっこうキモいことになってるぞ?」

 軽くホラーだった。つい悲鳴を上げちゃったけどしょうがないと思うのこれは。

「レランジェの状態は放置安定です。それより空を、周りを見てください」

「なにが……ッ!?」

 言われてから改めて周囲の景色を見回し、俺はやっとそのことに気がついた。


 灰色だった。


 空も山も街も、全部が灰色。

 つまり、まだ〈異端の教理(ペイガン)〉が解けていないってことだ。


「アハハ、遅いね。気づくのが」


 粘つくような嫌な気配に俺は反射的に振り向いていた。崩れた天井の瓦礫に凭れかかるようにして、サンドブロンドの少年が倒れているのが目に入った。

「ネクロス、まだ生きてやがったのか」

 とはいえ満身創痍。体中が穴だらけな上、手足の先が黒く燃えている。放置してもこのまま黒炎に蝕まれて燃え尽きるだろうな。

 それはネクロス自身もわかっているようだった。

「安心するといいよ。僕はもう直に消滅する。そうなれば〈異端の教理(ペイガン)〉も解けるけど……アハッ、でもそれは君たちにとって都合が悪いんじゃないかなぁ?」

「なんだと?」

 死にかけとは思えないほど嫌らしく嗤ったネクロスに俺は問い返した。だが冷静に考えてみるとそうだ。このまま〈異端の教理(ペイガン)〉が解けてしまえば確実に街は大パニックだ。いや、そんなレベルで済むか? 山とか抉れ飛んでるんだぞ? 人も、大勢死んでる。

 ――聞こえるか、白峰零児。

「アルゴスか?」

 脳内に直接語りかけてくる声に俺は耳を傾けた。いや耳で聞いてるわけじゃないんだけど、なんとなくな。そんで今リーゼが不審な目を俺に向けたけど気にしないでおく。ややこしくなりそうだから。

 ――〈異端の教理(ペイガン)〉とは、発動した世界の純粋な存在を因果から切り離す結界だ。術者の魔力で維持・制御している。このまま解除されれば『壊された』という状態が因果に乗り、結果、破壊は現実のものとなるだろう。

 俺は手で片耳を塞ぎ、疑問符を浮かべるリーゼたちに背を向けて心なし小声で喋る。

「その言い方だと、まだなんとかする手はあるってことか?」

 期待する。こんな糞みたいな状況をなんとかできる手段があるってんなら、俺はなんだってやってやる。

 その期待に応えるように、俺の脳内でアルゴスが鷹揚に頷いたように思えた。

 ――ある。制御している術者ならば〈異端の教理(ペイガン)〉を発動した直後の段階まで状態を復元することが可能だ。

「本当か? ずいぶん詳しいな」

 ――〈異端の教理(ペイガン)〉を編み出したのは我だ。当然だろう。

「お前かよ。てか、魔王的にそんなことできて意味があるとは思えないぞ。〈異端の教理(ペイガン)〉の中なら抵抗されることなく好き放題できるんだろ?」

 ――お前も魔王の片鱗を経験したならばわかるはずだ。なんの恐怖も感じぬ人形を破壊したところで、魔王の欲求は満たされぬ。

 わからない……って言いたいところだが、理解できちまった俺がいる。早い話が嗜虐趣味なんだ、魔王って奴は。弱者を踏み躙り、強者を叩き潰す。それで自分が滅ぼされてしまうことさえ厭わない。卑怯な手を使う奴らよりは考え方がスッキリしてるかもな。

 小さく舌打ちし、倒れているネクロスの下まで歩み寄る。

「ネクロス、消える前に元に戻せ。できるんだろ?」

 言うと、ネクロスは意外そうに目を見開いた。

「へえ、知ってたんだ。せめて最後に希望を与えた上で切り捨ててやろうと思ってたんだけどなぁ」

「やれ」

「やだよ。なんなら今すぐ解除してあげようか?」

 血の気が引いた。そして理解する。俺は今、この街を人質に取られているんだ。

「アハハ、そうだ。その顔。最ッ高だね! ほら、まだ解かないよ! だからもっと希望と絶望に揺れる表情を僕に見せてくれ!」

 まずい。これ以上こいつを刺激して、本当に解除されちまったら大変なことになる。どうにか説得を……できるのか? 相手は魔王だぞ。殺すぞと脅したところでなんの意味もない。いつかの三下魔王なら有効だったかもしれないが、ネクロスはそうじゃないからな。

 だったら、交換条件はどうだ?

 俺が、〝魔帝〟の力を渡して――

 ――その必要はない。

 ()()()のことまで考えていなかった提案を、脳内でアルゴスが否定した。

 ――白峰零児、お前が奴から〈異端の教理(ペイガン)〉の制御を奪うがよい。

 奪う、だって?

「そんなことできるのか?」

 ――なにを言っている。奪うことはお前の得意分野であろう?

「――ッ!?」

 脳内に閃光が走った。天啓ってのは本当に閃くもんなんだな。

 助かったよ、アルゴス。〈異端の教理(ペイガン)〉の制御が術者の魔力で行われているって話なら――俺は左手でネクロスの頭を掴んだ。

 そう、〈吸力(ドレイン)〉だ。

「? なんの真似――ッ!?」

 瀕死でも魔王。ネクロスの魔力は甚大だった。口づけすりゃ一瞬なんだが……俺にそんな趣味はありません。

 魔力全部とはいかないまでも、〈異端の教理(ペイガン)〉の制御を奪えるほどには吸わせてもらったよ。

「貴様、僕の魔力を……ッ」

 憎しみと屈辱に顔を歪めるネクロスはスルー。相手なんてしてる場合じゃないんだ。なにせ今は俺が制御することになってるんだからな。

 ていうか――

「ど、どうすればいいんだ?」

 俺はこんな『術式の制御』なんてことはやったことないぞ。〈魔武具生成〉は能力みたいに使ってたから勝手が違うし、そもそも奪った魔力のなにがどうで〈異端の教理(ペイガン)〉なのかさっぱりわからないんですけど!

 やべえ。このまま解けちまったら俺のせいじゃねえか!

 ――慌てるな。術式の維持は我が補助しよう。

「た、助かる」

 アルゴス様々だった。

「レージ、さっきからなに一人でぶつぶつ言ってるの?」

 レランジェを抱えたリーゼが怪訝そうに訊いてきた。俺が話してる相手がアルゴスだっていうことは知られない方がいいよな。

「独り言安定ですか? 気持ち悪いですね」

「上半身だけでぬるぬる動いてる今のお前には言われたくねえよ!?」

 これで下半身まで動き始めたらどうしようかと思ったが、そんなことはなさそうでよかった。

「もう帰るぞ。セレスたちはこの下だ」

「そいつは?」

 リーゼがゴミでも見るように倒れているネクロスを指差した。ネクロスは俺に魔力を奪われたことをまだ喚き散らしているほど元気だが、それももう時間の問題だ。

 ネクロスを蝕む黒炎は、もう手足を喰らい尽くして胴体を焼き始めているからな。

「ほっときゃいいだろ」

「わかった。ふふ、わたしが助けたらあの騎士崩れに貸しを作れるわね」

 悪戯を思いついたような顔をしてリーゼはレランジェを抱えたまま回れ右。かろうじて崩壊は免れた階段を掻け下りていった。

 俺も追いかけようとして――

「おい、トドメを刺せよ」

 ネクロスが忌々しそうに吐き捨てた声に足を止めた。

「必要ない。お前はそのまま誰にも見届けられずに燃え尽きろ」

 正直、ネクロスが生きていたことに俺は少しほっとしていた。ここまでやっといて言うのもなんだが、魔王だって意思を持つ『人』だ。それをこの手で殺すことには躊躇いがある。

 甘いとは思う。

 でも、その甘さがあるから俺は俺でいられるんだ。

「なら、最後に魔王らしく不穏な言葉を残そうか」

「なんだ? 何度でも復活するとか言い出すのか?」

 復活したならまた斃すまでだ。ここでトドメを刺さない以上、そういう覚悟は持っていないといけない。次は被害ゼロで食い止めてやるよ。

「いいや」

 ネクロスは不敵に笑って否定した。

「僕クラスの魔王を倒したってことはすぐに他の魔王たちに伝わる。それが勇者なら他の魔王は気にも留めないだろうけど……ククク、『黒き劫火』の継承者が出現した事態をスルーできる魔王が何人いるだろうね?」

「……」

 ネクロスたち魔王にとって、リーゼの父親――『黒き劫火』がどういう存在なのかはある程度察している。こいつが侵略を中断してこの世界まで来るほどだ。他の魔王も「あーそうですか」じゃ済ませてくれないだろうな。

 でも――

 だから、なんだって言うんだ?

「そんなもん、なにが来ようと蹴散らしてやるよ」

 今の俺は無力を嘆いていた頃の俺じゃない。戦闘が終わると消えてしまうような儚い夢とも違う。皆を守るだけの力は、確かにここにあるんだ。


 俺の中に、『千の剣』が――。

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