五章 千の剣(3)
意識が戻った。
現実世界の光景は、『人間』としての俺が最後に見たものと大した変化はないな。体中から大量の刀剣を生やしたネクロスが床に倒れ伏している。もうほとんど決着がついているように見えるが、ネクロスはまだ死んでいない。こんな状態なのに全次元を呪ってやると言わんばかりの殺意を俺に向けてやがるよ。
「終わりにする? この僕を? 君が?」
フラリとした危なげな足取りでネクロスが立ち上がった。どうやら俺はそんなことを言っていたらしいな。そこの記憶がないってことは、やっぱり数秒ほどは経過していたんじゃないかと思う。
「そうだな。終わりにしよう。もうこんな戦いを続ける価値はない」
「?」
俺が右手に握っていた日本刀を振り上げると、ネクロスはなにか違和感を覚えたように眉を顰めた。
それからなにかを悟ったように、唇を吊り上げて酷薄な笑みを浮かべ――
「ああ、君、戻っているな?」
バレた。
たった一言交わしただけで。
「そうか……そうかそうか! アハハ! まさか時間切れとはね! そうだよ。たかが人間が人間のまま魔王の力なんて扱えるはずがないんだ!」
そんなに今の俺とさっきまでの俺は雰囲気が違うのか? どっちも同じ俺だし、精神世界に行く前までの記憶はちゃんとあるんだけどな。
まあ、どうだっていいさ。
ネクロスがまだやる気だってんなら、俺が何度も消滅してまで身につけた力も無駄じゃなくなる。
「あの糞ムカつく君を殺せないのは残念だけど、へなちょこの今の君じゃ僕に掠り傷をつけることすら――」
斬ッ!
俺は静かに一歩踏み込んで日本刀を一閃。ネクロスの右腕を肩口から斬り飛ばした。
「掠り傷がなんだって?」
「貴様……」
屈辱をこれでもかと表した顔で俺を睨むネクロス。『魔王』の俺との戦いで弱っていたこともあるだろうけど、最初の俺だったら逆に刀が折れてたね。
「今の俺が前の俺だと思うなよ。お前を斃して、リーゼを、みんなを、この世界を守る」
奇しくも稲葉と同じ目に遭わせてやったよ。これで可愛い後輩を傷つけてくれやがった仇は取れたかな?
「アハッ」
傷口を左手で抑えて俯いていたネクロスから笑いが零れた。
「そんなに死にたいなら、望み通りぶち殺してあげるよッ!!」
叫んだと同時に、斬り飛ばしたはずの腕が映像を逆再生するように戻ってきた。それを左手でキャッチし、傷口に捻じ込むようにくっつける。
体中に突き刺さっていた刀剣もポロポロと抜け落ちたぞ。
「あれだけの傷が一瞬で……」
「僕は死に関連する想念の魔王だよ? つまり不死者だ。斬った突いたで殺せるわけがないだろう? この程度の肉体的損傷なんてちょっと魔力を使えばすぐ修復できる」
不死者……ネクロス自身もゾンビってことか。それもこいつの悪趣味なコレクションにしている英雄たちのように首を斬っても無駄だろうな。
ダメージはあるだろうが、致命傷にはならない。
どうする? どうすれば斃せる?
――たかが不死なる者になにを悩む。
頭の中に声が聞こえた。
――そんなもの、我が劫火で喰らってしまえばよい。
そうだ、今の俺は武器だけが力じゃない。
「その余裕が気に食わない」
禍々しい魔力が高まっていく。
「少しは魔力の質が上がったことは認めるよ。でも、所詮はそこまでだ!」
砂色の魔力が砲撃となって俺を襲う。
「悪いが、それはもう何度も見た」
俺は日本刀を翳し、その切っ先を砲身に見立てて撃ち出すようなイメージで魔力を流す。高密度の魔力で生成された刀剣の群れが奔流となって射出される。
俺の〈魔武具生成〉と魔王の魔力砲が合わさった技だ。適当に『魔剣砲』とでも名づけてみるかな。昔の俺だと考えられない火力の異能だよ、まったく。
「こいつ、また魔王の真似事を……ッ」
相殺された力の衝撃に堪えながらネクロスは奥歯を噛み締めた。
「来い! 〈冥王の大戦斧〉!!」
呼び出された大戦斧を振り翳してネクロスは俺に突撃してくる。上段から星すら砕き割りそうな勢いで振り下ろされた巨大な刃を俺は日本刀で受け止めた。
ぶわっと。
大戦斧からドス黒い霧が溢れた。
「くッ、死の瘴気か」
魔王の力を得た俺には効き目が薄いようだが、それでも吸い続けたら流石に死ねる。ネクロスの大戦斧と競り合うのは得策じゃないな。
ならば――押し潰しにかかってきている大戦斧を受け流し、二歩ほど後ろへ下がる。
〈魔武具生成〉――蛇矛。
日本刀を捨て、俺は新しく生成した武器で大戦斧を絡め取って弾き飛ばした。
「なッ!?」
三国志の程普や張飛が愛用していた、柄が長く刃の部分が蛇のようにくねっと曲がっている矛だ。今やったように相手の武器を絡め取ることのできるしなやかな構造になっている。
「も、戻れ! 〈冥王の――」
「回収はさせないぞ!」
俺は即座に蛇が絡みつくような回転をつけて蛇矛を刺突し、ネクロスの胸の中心を抉った。吐血し血飛沫を上げたネクロスだが、その表情は痛みなど感じていないように怒り一色だった。
「こんなもの」
「効かないなら、効くようにするまでだ」
蛇矛に魔力を籠める。武器を強化するわけじゃない。その武器を通じて、俺が取得しているもう一つの力を放出する。
刃が、黒色に発火した。
「黒炎!?」
焦りを覚えたらしいネクロスは、傷口が広がることも厭わず自分から身を引いて蛇矛の刃を抜いた。
黒く燃えるそれを忌々しげに睥睨しつつ、ネクロスは問いを投げる。
「元〝魔帝〟の娘から魔力を奪ったとはいえ、なぜ貴様が黒炎を使えるんだ!?」
「さあな。使えるんだからしょうがないだろ」
俺だって不思議なんだ。普通、他人の魔力を奪ってもすぐに俺自身の魔力に変換されちまう。そうなったら俺が本来持っている力しか使えないはずなんだ。今まで黒炎を使ったことはあるが、それは変換される前に出力したからに過ぎない。
だが、今は違う。この黒炎も俺自身の魔力だ。たぶんだけど、俺の中でアルゴスの意思が共存しているからできるんじゃないかと思う。
「大人しく帰るなら今のうちだぞ。いくらお前が魔王でも、俺はやっぱり無駄な殺しはしたくない。この世界を守れればそれでいいんだ」
黒炎を纏った刃を突きつけると、ネクロスは鳩が豆鉄砲でもくらったようにキョトリとした。
「帰れだと? 僕を見逃すって言うのか?」
「ああ、その前に二度と悪さをしないって誓ってもらうけどな」
もちろん、そんな誓いが守られるなんて思っちゃいない。だからと言ってここでネクロスを殺してしまうと、その時点で俺はもう『白峰零児』じゃなくなる気がするんだ。
「クハッ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
ネクロスは、笑った。
大声で、腹まで抱えて。
「守る? 殺したくない? 馬鹿じゃないの? 破壊を求めろよ! 略奪しろ! 踏み躙れ! 仮にも魔王を名乗るなら『悪』であれ!!」
見下すように顔を上げ、嘲りと怒りを込めてネクロスは叫ぶ。
「僕らは世界の『敵』だ! 負の権化だ! 悪さをしない魔王はもはや魔王じゃないんだよ!」
矜持だ。
ネクロスは己がどういう存在なのかを理解した上で、その在り様にプライドを持っているんだ。いや、ネクロスだけじゃない。アルゴスも、きっと他の多くの魔王たちもそうなんだろう。
破壊することが役割。世界の『敵』……か。
ただのバグなのか、それとも必要だから存在しているのか。俺には考えたってわかりそうにないな。
「やっぱり僕は認めない。そんな『人間』みたいなことを口にする『魔王』など」
「『人間』だの『魔王』だの関係ねえよ。俺は『人』だ」
「よくわかったよ。君が世界側だってことはね。なら僕に逃げる理由はない。この身が滅びるまで破壊し続けるまでさ!」
ネクロスが疾走る。落ちていた〈冥王の大戦斧〉を拾い上げ、殺意と戦意を瞳に宿して俺へと迫る。
「やるしかないのかよ」
ネクロスの周囲に砂色の光弾が無数に出現する。対抗して俺も無数の刀剣を空中に生成し、一斉に射出した。
刀剣は光弾を貫き、その先にいるネクロスの肉体も次々と抉っていく。
「そうだ! 戦え! 僕を滅ぼしてみろ! できるものならな!」
それでもネクロスは止まらない。傷口は即座に回復し、横向きに降り注ぐ刀剣の嵐に真正面から突っ込んでくる。
狂気だった。
「消滅させることでしか止まらないのなら――」
俺は蛇矛を捨て、空いた右手に莫大な魔力を注ぎ込む。
〈魔武具生成〉――魔帝剣ヴァレファール。
長く広い、炎のように波打つルビーレッドの剣身。無骨で攻撃的なフォルムの鍔。身の丈ほどもあるその大剣に、轟々と燃える黒き劫火が宿る。
さっき蛇矛と比べると、慣れているせいかこちらの方が黒炎を扱いやすいな。
「恨むなよ」
大上段から振り下ろす。前方に溢れ流れた黒炎の津波が、向かってくるネクロスを魔力の障壁ごと容赦なく呑み込んだ。
「まだだ!! この程度じゃまだ僕を滅ぼすには足りないよ!!」
黒炎の中から砂色の魔力砲が連続で放射される。舌打ちして転がって回避し、俺はさらに魔力を練り上げる。
「だったら、これならどうだ!」
空中に生成した無数の刀剣全てに黒炎を纏わせ、それらを燃え続けるネクロスへと殺到させる。
確かな手応え。どうやらネクロスにはもう避けるだけの力は残っていないらしい。
「まだ、まだ……アハ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
砂色の魔力砲も止み、高らかな哄笑だけが灰色の空に響いた。
勝敗は決した。