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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第五巻
200/314

五章 千の剣(1)

 壊せ。

 壊してしまえ。

 切り刻め、捻じり切れ、蹴り倒せ、縊り殺せ、呑み込め、薙ぎ払え、焼き尽くせ、踏み砕け、吹き飛ばせ、磨り潰せ。

 山も、川も、海も、森も、街も、敵も、味方も、ありとあらゆる生物も――世界の全てを!

 相手が魔王だろうと守護者だろうと関係ない。俺の前に立ちはだかる万物を、破壊の剣で斬り伏せてやる。

 そうだ壊す!

 壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊す!

 なぜなら、俺は魔王。

 破壊し滅ぼすことこそ、俺の存在意義だからだ。





          ――本当に?





 本当にそれが、『俺』なのか?

 俺は今までそうやって生きてきたのか? いや違う。俺は今ここで降誕した魔王だ。人間だった時の過去など知らん。関係もない。


 ()()()()()時?


 そうだ。『俺』は人間だ。なにもかも壊しちまう魔王なんかじゃない。

 いや、『俺』は魔王だ。世界を喰らい、滅ぼし尽す破壊の権化だ。

 違う! 人間だ!

 違わない! 魔王だ!


「これは驚いた。まだ人間としての自我が残っているとはな」


 俺じゃない声が聞こえた。

 刹那、俺は一点の光すらない闇の中に立っていた。

「ここは……?」

 現実じゃない。心の中……精神世界ってやつだろう。え? 俺の精神ってこんななんにもねえ真っ暗闇なわけ? 心が擦り切れ過ぎてなにもかもなくなっちまったってことか?

 いやいやいやちょっと待て、それはおかしい。今こうして物を考えている『俺』がいる。

 しかも、()()()()()()()だ。破壊衝動もない。混ざってもいない。俺は俺――純正な白峰零児としてこの闇に存在している。

「ほう、もう気づいたか。流石だな。我が魔力の衝動に抗えただけのことはある」

 そしてこの場には、俺以外にもう一人存在していた。

「……誰だ?」

 誰何すると、そいつは俺の目の前に闇から滲み出るように現れた。

「つれないことを言う。我はあの日から常にお前に中にいて、語りかけていたのだがな」

 目を瞠るような美男子だった。光り輝く黄金の長髪に血のように赤い瞳。頭からは二本の太い角が上向きに生え、腰の辺りではスペード型の長い尻尾がくねっている。纏っている黒いローブは闇に溶けるようで目立たないが、代わりに背中から伸びている悪魔のような二対の翼が目を引いた。

 見覚えがある――なんてもんじゃない。

 魔帝化した時のリーゼを大人にして性転換したような姿だ。会ったことはないが、特に悩むこともなく俺は自然とその名前を口にしていた。

「アルゴス・ヴァレファール」

 リーゼロッテ・ヴァレファールの、父親だ。

「いかにも。我は魔王連合〈破滅の導き(アポリュオン)〉が元総帥――〝魔帝〟こと『黒き劫火の魔王』アルゴス・ヴァレファールである」

 大層な肩書だ。

「こうして直接面と向かって〝対話〟するのは初めてかな、白峰零児」

「そうだな。あんたの『声』だけは死ぬほど聞かされた」

 何度も何度も何度も壊せだのなんだと耳にタコができるくらいやかましかった。一時は抑えつけていたってのに、もう出て来るなって言いたいぜ。

 アルゴスは肩を竦めて溜息を吐いた。

「それは単に我が魔力に宿った破壊衝動に過ぎん。我が意思としての『声』が届いたのは、彼の冥竜王が討たれた時以来だろう」

「冥竜王?」

「『冥竜の魔王』――お前たちが『竜王』と呼んでいた黒きドラゴンのことだ」

 言われて思い出す。あのドラゴンも『魔王』だと教えてくれた『声』は明確な意思を持っていた。つまり俺やリーゼが聞き続けていた『声』と、今目の前にいるこいつとは同一だが別物ってわけか。ややこしいな。

「さて、お前の人間としての自我を切り取り、この場へ導いたことには理由がある」

「なんだ? 寂しいから話し相手になってほしかったのか?」

「それもなくはないが」

「あるのかよ」

 そういや、この人の本体は食中毒で死んでるんだった。やたらと偉そうな喋り方だが、どこかマヌケなような気もしてきたぞ。

「お前は我が娘の恩人だ。今までは我が衝動を抑えつけていたのだが、お前はアレが望まない魔道を完全に断ち切ってくれた。感謝している」

 軽く頭を下げられた。角の先端が向けられてそのまま突進してくるんじゃないかと身構えた俺だったが、アルゴスは頭を上げ……穏やかな、万斛の破壊を撒き散らす魔王とは思えない微笑みを浮かべていた。

「アレが望む道は『人』の道。魔王として我が閉ざしてしまったその道を、お前が開いた。だが、代わりにお前が望まぬ道を歩もうとしている。それを正せる存在は今や我しかおるまい」

「俺を救ってくれるってか? あんた、本当に魔王かよ?」

「魔王ではなく一人の親として、アレには望む通りの生を謳歌してほしいのだよ。そのために、お前を破壊するしか能のない劣悪な魔王にするわけにはいかん」

「魔王に劣悪もなにもないだろ」

「そうでもない。少なくとも『柩の魔王』は衝動を自我で抑制できている。無論、そこに人の心はないがね」

 確かにネクロスは衝動に従順だが、それに意識を支配されているようには見えなかった。リーゼなんかは自我を失って獣みたいになってたしな。

「お前もこのままではただ破壊の限りを尽くす存在となってしまうだろう。目の前の敵は倒せるだろうが、その後はどうなる? 確実に世界へ牙を剥く。幾度も魔王を退けている世界だ。我が力を宿したお前とて、力を完全に使いこなせない状態では間違いなく討ち取られる」

 そうか。俺もつまり、やがてはあんな感じになっちまうってわけだな。今こうして物を考えている意識なんて消滅して、敵も味方も区別できず食らい尽す獣に……。

 そんなのはごめんだ。

「なら、俺はどうすればいい? どうすれば人間に戻れる?」

「人間に戻ることは諦めるがよい」

「なっ!?」

 こいつ、ハッキリ言いやがった。

「あんた、俺を助けてくれるんじゃないのか!?」

「助けるとも。だが、我にできることはお前の意思に助力することだけだ」

「……どういうことだ?」

 俺の意思に助力する? くそっ、アルゴスがなにを言いたいのかイマイチわからない。

 曖昧なまま流されると思ったが、アルゴスは俺を赤い瞳で真っ直ぐ見詰めながら言葉を続けた。

「お前には人間としての自我のまま魔王の衝動に打ち勝ち、力を完全に制御してもらう。さすれば『人間』には戻れぬが、『人』で在り続けることはできよう」

 ……なるほど。

 最初からそう言ってくれればわかりやすいんだ。監査局の定義――一定以上の知力を持つ存在は『人』と看做す。俺に『魔王』という種族の『人』になれってことか。

 だが――

「いや待て! もう打ち勝ってるだろ! あの時、俺はリーゼから奪った魔力を自分の魔力として制御することに成功してるんだぞ!」

 だからクリアしているはずだ。あの時は無我夢中だったし、もう一度やれと言われてもどうすればいいのか正直困る。

 アルゴスは首を横に振った。

「違うな。ならばなぜ、今こうしてお前は魔王化している?」

「それは……」

 痛いところを突かれた。消し去ったと思っていたのに消えていなかった。それはもう認めるしかない。

 でも、どうしてあの時は消えたんだ?

「簡単な話だ。我が抑え込んだ。しかし、それはお前がちょっとした激情に駆られるだけで漏れ出るほど弱く脆い。真の意味で、お前自身の意思で、制御できなければ待っているのは『魔獣』としての人生だ」

 俺の心を読んだかのようにアルゴスは答えた。いや、俺の心の中にいるのだから考えていることなど筒抜けだろうな。

 降参だ。

 俺はこいつに従うしか、今は『俺』を取り戻せる方法がない。

「……わかった。ならもう一度訊く。俺はなにをすればいい?」

 問うと、アルゴスはフッと口の端に笑みを刻んだ。

 次の瞬間、アルゴスの掌から射出された黒い炎が俺の頬を掠めた。

「がぁああああああああああああああああああああっ!?」

 ちょっと掠っただけなのに全身を焼かれたような熱さが襲いかかる。転び回りたいくらいの痛みを気合いで抑えつけ、俺はアルゴスを睥睨した。

「な、なにしやがるッ!?」

「剣を取れ。力を使え。敵と向き合え」

 アルゴスが再び俺に掌を向ける。そこに出現した黒炎が、早く俺を焼き尽くしたいとばかりにメラメラと燃える。


「この場で我を、お前に宿った力の根源――〝魔帝〟アルゴス・ヴァレファールを屈服させてみせよ!!」


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