四章 柩の魔王(5)
階段はどう見ても巨人用だった。
一段一段が見上げるほど高いぞ。なんとか全力でジャンプすれば飛び越えられるが、もっと普通の人間サイズの通路があったんじゃないかこれ? そもそも正しい道なのか?
いや、少なくとも道は正しいかな。
ここまで来れば嫌でもわかる。俺たちが進む方角に、ネクロスの嫌らしくも禍々しい、馬鹿みたいに巨大な魔力を感じるからだ。
愚痴は全部終わってからぶちまけるとして、今はとにかく前に進むしかない。
レランジェの姿は見えない。あいつ、飛んで行きやがったな。ここぞとばかりに飛行能力を活用しやがって、くそう。
階段を登るだけで足がくたくたになりながらも、俺たちはさっきと同じくらい大きい広間へと出た。
さっきと違う点は、この部屋にはけっこう物が置いてあるところだな。
無数の蔵書。絵画。調度品。どれもこれも異世界の、それも一つじゃなくいろんな世界の物品が無造作に飾ってある。
「これ、全部あの野郎が侵略した世界の戦利品なのか?」
「どうだろう。いい趣味をしていないことは確かだ」
セレスは壁に飾ってあった地獄絵図のような絵画を見ながら言う。どの絵も人々がもがき苦しみ蹂躙されていく様子が描かれていた。
絵の中で人々を襲っているのは、骸骨だったり巨人だったり……棺桶が人を呑み込んでいたり……ゾンビみたいになった人が同じ世界の人を襲っていたり……。
「侵略の様子?」
「絵に残すなど、やはり悪趣味極まる」
セレスは反吐が出るとでも言いたげに顔を顰めていた。
「でもこれ、探せばネクロスの弱点に繋がるなにかがあるんじゃないか?」
「この部屋を全部探す時間はないと思うが」
「そうだな……」
あからさまに弱点ですって感じの物を置いているはずがないな。あったとしてもこの部屋を探すだけで数日はかかりそうだ。
先へ進もう。
向こうには階段と……ってやっぱまだ天辺じゃないのかよ! しかもまた巨人用じゃないか。あの階段、体力的にもきついし、なんかぴょんぴょん飛び跳ねる俺らがノミみたいに思えてしまうから精神的にもよろしくないんだよ!
ん? 待てよ……階段の横にある人間サイズの扉、もしかして昇降機か!
「やった、これで一気に登れるぞ!」
「! 止まれ零児!」
駆け出そうとした俺をセレスが制す。俺もすぐに気づいた。無数の気配がこちらに近づいて来ている。
「上だ!」
叫ぶと同時、俺たちは後ろに飛んだ。
瞬間、頭上から巨大な棺桶が次々と降ってきた。棺桶は倒れることなく突き刺さるように床に立ち――当然、中から出て来るよな。
巨人兵が十体、骸骨兵は……数えるのも面倒だ。
「零児、私が道を切り開く。階段か昇降機まで一気に走れ」
「セレス!?」
聖剣ラハイアンを構えたセレスは、俺の声など無視して光の斬撃で昇降機までの道を塞いでいた骸骨兵を薙ぎ払った。
「この数だ。二人で相手している暇はないだろう。完全に取り囲まれる前に早く!」
「だが……」
俺は躊躇った。迫間に任せた時とは敵の数と質が全く違う。正直、二人で戦っても勝てるかどうかだぞ!
「急げ零児! それとも一人じゃ魔王と戦えないのか!」
俺を煽ってくるセレスの瞳には決意が宿っていた。ここで二人が一緒に戦えば……たぶん、詰む。確信があるわけじゃないが、嫌な予感ってのは往々にして当たるもんだ。
割り切れ。
セレスを切り捨てるんじゃない。ネクロスの野郎を速攻でぶっ倒して助けに戻るんだ。
それに悠里や迫間たちも後から来るはず。俺がやるべきこと。なによりもやらないといけないことをやるんだ。
道はセレスが開いた。
「必ず戻る」
俺はそう言い残して走った。
襲いかかってくる骸骨兵どもは無視する。俺が対応しなくても、白い光がその前に敵を焼いてくれる。
「貴様らの相手は私だ! 纏めてかかって来い!」
後ろは振り向かず昇降機に乗り込む。扉が閉まる直前に見たものは、白光の爆発が数多の骸骨兵と巨人兵を吹き飛ばしている光景だった。
「……」
これ、俺がいたら逆に全力出せなかったんじゃないか?
心配はいらなかったな。セレスなら大丈夫だ。
昇降機が昇っていく。異世界の文字は読めなかったが、とりあえず一番上のボタンを押してみた。
できればこのままラスボスの間へと到達したいな。
そんな俺の希望は、珍しいことに叶ってしまった。
チン! と間の抜けた音と共に扉が開く。
真っ先に目に入ったのは、玉座に頬杖をついて腰かけるサンドブロンドの少年――『柩の魔王』ネクロス・ゼフォンの嫌らしい笑みだった。
玉座の隣には磔にされたリーゼ。
それだけで、俺は怒りに我を忘れそうだった。
「てめえ――」
リーゼを放せ! そう言おうとした瞬間、昇降機の両脇の壁に何かが激突する音が響いた。
「なっ」
ネクロスの攻撃かと思ったが……違う。
右はゴスロリのメイド服を纏った魔工機械人形――その腰から上。
左は、腰から下だった。
「レ……ランジェ……?」
文字通り真っ二つにされたリーゼの従者が、毎日のように俺に毒を呑ませようと仕掛けてくるポンコツメイドが、まるでゴミのように投げ捨てられたのだ。
「不覚……不安定です……」
弱々しく呟いたレランジェは、機能が停止したかのように瞼を閉じた。
「たかが下僕風情が無謀にも僕に挑んできたからね。思い知らせてあげたんだ」
玉座に座ったまま、ネクロスがクツクツと嗤う。
「余興にもならなかったよ」
聞いた瞬間、俺は考えるよりも先に足が動いていた。