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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第五巻
185/315

三章 競い合う紅白(6)

「これは……っ!?」

 突然の大きな揺れに俺も悠里も競技のことなど頭から吹っ飛んで立ち止まった。周りを見ればリーゼやセレス、他にも何人も揺れに気づいて混乱したように立ち尽くしている。

 と――パシュッ! パシュッ!

 立ち止まった俺たちにそれぞれ敵チームの玉が被弾した。白組と紅組の双方から「討ち取ったりーっ!!」と戦国武将のような叫びと鬨の声が上がっているが、もうそれどころじゃねえんだよ。

 揺れに気づいていないやつらがいる。桜居や郷野は、こんな下手すると立っていられない揺れの中でも平然とした顔で競技を続けてやがるぞ。

 つまり――

「歪震か」

 歪震――唐突な次空の歪みによって世界の『元に戻る』力が働くことで生じる空間振動のことだ。歪みを知覚できる俺たちは地震のように錯覚するが、桜居や郷野みたいな純粋な現世界人には揺れていることすら感知できない。

 普通、自然には起こり得ない現象だ。

 嫌な予感がし、空を見上げ、

「なん……だ……?」

 絶句した。

 そこには海の真ん中に隕石でも落ちたような、超ドでかい波紋が広がっていたんだ。あの波紋こそ歪み。自然発生したものじゃなく、なにかとんでもないものがやってくる前触れだ。

「――来る!」

 波紋の中心から――出てきたぞ。とてつもなく巨大な物体が、這い出てくるように姿を現しやがった。

 全体的に灰色の、先鋭で無骨で攻撃的な刺々しさを感じるそれは――

「ふ、船?」

 だった。

 海に浮かぶような大型船じゃない。どちらかと言えば、SF映画とかで見る宇宙船に近いフォルムをしている。いくつもの砲身で身を固めたそれは、どう見たって『戦艦』だ。

 まずい。

 まずいぞ。

 流石にこれに関しては地球人・異世界人に拘わらず視認できてしまうわけで――

「な、なんだアレ!?」「きゃあああああっ!?」「空から船が!?」「でけえ!?」「うわぁあああっ!?」「宇宙船!?」「宇宙人がワープして来たのか!?」「おい、これ夢だよな?」「に、逃げた方がいいわよね!?」「皆さん落ち着いてください!」

 歪震に気づかず競技を続けていた連中も、パニックに陥るまで数秒とかからなかった。


【あ、あああアレは一体なんでしょうか!? 突然上空に謎の巨大船舶……船、ですよね? が出現しました!? こ、これもどちらかが用意した仕掛けでしょうか!? 今度は何部が携わったんですか!? ボート部ですか!? ボート部すげーっ!? いやいや卑怯なんてレベルじゃありませんよ!? ねえ、理事長先生!?】

【体育祭は中止ですぅ! 皆さん、指示に従って速やかに避難してください!】

【あれぇ!? 実は真面目にヤバ気な感じですか!?】


 体育祭の競技なんて即中断。監査局所属の教員たちが生徒たちの避難誘導を始めている。いつの間にかグラウンドには俺たち監査官せんとういんだけが残されていた。

「零児、アレは一体なんなのだ?」

「俺に聞くなよ」

 セレスが混乱した様子で訊ねて来るが、そんなもん俺が知りたいくらいだ。空中の船はようやく半分ほど出てきたところで、その天辺にはヒラヒラとはためく二本の旗が見えた。


 一つは、黒地にクロスされた棺桶を背負う山羊の頭蓋が描かれた旗。

 もう一つは、赤地に三日月状に欠けた黒い太陽のようなマークを中心に置いた旗。


「海賊旗……かな? はは、まさか、次元海賊だなんて言い出すんじゃねえだろうな?」

 冗談でも口にしていないと正気を持って行かれそうだ。

「海賊なんかよりもっとやばいわ」

 同じように船の旗を見上げた悠里が、俺と再会した時よりも遥かに強い敵意を込めて言う。


「アレは、魔王の次空艦よ」


「なんだって?」

 と、難聴してる場合じゃねえな。冗談抜きで理解したくないが、しないとヤバイことになる。いや、もう既にヤバイことにはなってるか。

 悠里は今、確かに『魔王』と言った。

 誘波、お前の嫌な予感は当たっちまったみたいだ。くそっ、よりにもよって今かよ! もう大丈夫なんじゃなかったのかよ!

 待て、冷静になるんだ。まだ『そう』と決まったわけじゃない。

「悠里、本当に魔王なのか? もしかしたら友好的ななにかかも」

「見間違えるわけないわ。あの旗――欠けた黒い太陽の方は何度もこの目で見ているもの」

 一縷の望みを賭けて問うてみたが、悠里はきっぱりと否定した。悠里は異世界で数々の魔王を討ち滅ぼしてきたんだ。その悠里が言うのだから、残念ながら間違いなさそうだ。

「あの旗はなんなんだ?」

「アレは連合旗安定です、ゴミ虫様」

 答えたのは悠里ではなく、いつの間にか駆けつけていたレランジェだった。レランジェは無表情な顔で、しかしどこか懐かしいものでも見るように旗を見上げる。

 悠里はレランジェが答えたことに怪訝そうな顔を向けるが、今は気にしている場合じゃないと悟ったのかすぐに視線を上空に戻す。

「そう、あの旗はかつての〝魔帝〟が数々の魔王をまとめ上げて作った組織――」

 悠里はそこで一旦ゴクリと唾を呑み、


「魔王連合――〈破滅の導きアポリュオン〉の連合旗よ」


 繋げて口にしたその言葉に、俺は背筋がゾッとした。

「魔王連合だと……?」

 俺はリーゼを見た。〝魔帝〟によってまとめ上げられた魔王たちの組織――それってつまり、リーゼの親父さんが作った組織ってことじゃないか。

「そういえば、お城の倉庫にあんな感じのあったわね」

 当のリーゼお嬢様にとっては、見覚えはあるが特に思い入れはなさそうだった。

「待ってくれ、悠里殿。連合ということは、まさかあの船に魔王が何人も乗っているのだろうか?」

 最悪の可能性に顔を青くするセレスに、悠里は次空艦を睨み続けながら――静かに首を横に振った。

「それはたぶん、ないわ。連合と言っても二人以上の魔王が行動を共にしているケースは稀だったし、もう一方の旗が魔王一人だって証明しているもの」

「もう一方の旗? あの山羊の骸骨と棺桶のか? アレはなんなんだ?」


「僕のシンボルさ。下等な人間ごときがアレ呼ばわりしていいものじゃないよ」


 ――ッ!?

 どこからともなく聞こえてきた声に、俺たちは反射的に身構えて周囲を探った。

 異常はすぐに見つかった。グラウンドの中心に、今の今まで存在していなかった物体が置かれていたんだ。

 棺桶。

 中でドラキュラでも眠っていそうな装飾過多の大きな棺桶が、地面から生えるように垂直に立っていた。

 ギギギギギギ。

 古びた機械が擦れながら稼働しているような嫌な音を響かせて、グラウンドに突き立った謎の棺桶が――開く!

 中身は、真っ白だった。

 渦巻く光が押し込められているように見えるが、アレは恐らく転送術だ。棺桶がゲートの役割を果たし、あの光の向こうはどこかに繋がっている。

 どこか?

 疑問に思うまでもない。上空に浮かぶ巨大戦艦だ。


「へえ、立ち向かおうとする者が意外と多いね」

「どうやら、世界は本当に侵略されていないようですね」


 渦巻く真っ白な光を通り、そいつらは棺桶から出て来た。

 人数は、たった二人だ。

 一人は、燕尾服を纏った背の高い山羊頭。低い声からして恐らく男だ。

 一人は、サンドブロンドの短髪に青紫色の瞳、ディーラーのような恰好をした少年。

 相対しただけで、感じる魔力の密度・大きさ・質からこいつらが化け物だとわかる。わかってしまう。

 特に――

「やあ、この世界の人間たち。初めに名乗っておくよ。僕は魔王――『柩の魔王』ネクロス・ゼフォン。こっちは僕の側近のバフォメット。この名を恐怖と共に刻み込むといい」

 バフォメットとかいう山羊頭もかなりヤバい魔力をしているが――

 魔王を名乗った、あの少年の方は桁違いだ。

「魔王……本当に……」

 避難は……く、まだ全員は終わってないぞ。突然現れた棺桶と、その中から出てきた謎の人物に注目して立ち止まっているやつらまでいる。

「名乗っておいて申し訳ないが、君たちに用はない。僕の用事が終わるまで黙っていてもらうよ」

 すっとネクロスと名乗った少年魔王が右手を挙げる。

「いけないッ!?」

 なにかに気づいた悠里が飛び出そうとしたが――遅かった。

 パチン! と。

 ネクロスが指を鳴らした瞬間。


 世界が、灰色に染まった。


「……なんだ?」

 驚き、咄嗟に防御態勢を取った俺だったが、特に体に異常はない。見える世界の全てがモノクロになっただけで……いや、俺自身はちゃんとカラーだ。隣のリーゼも、レランジェも、セレスも、悠里もなにも変わっちゃいない。

 一般人を巻き込まないように結界でも張ったのか?

「……やられたわ」

 苦虫を噛み潰したような顔をする悠里を見て、俺は事態の深刻さと現象に気づいた。

 俺たち以外――見る限り、異世界人以外・・・・・・の人間は漏れなく全員灰色に染まっていた。

「どういうことだ?」

 逃げようとせず、興味ありげにこちらの様子を窺っていたらしい桜居と郷野を見つける。二人は好奇心旺盛な表情そのままに、時が止まったかのように停止していた。

 なんだこれ?

 動けるのは、異世界人おれたちだけ……?

「あれ? 変だね。〈異端の教理ペイガン〉を発動したのに、動いてるやつらがなんか多くない?」

「ネクロス様、どうやら彼らは現世界人ではないようです。異世界人、もしくは混ざり者かと思われます」

「うぇ~、マジで? なんのために時間かけてこの世界の情報を抽出したのさ」

「〈異端の教理〉の使用は厄介そうな守護者がいたため、急遽決まったことでございます。守護者以外の有象無象が何人いたところで、ネクロス様の敵ではないかと」

 俺たちを無視して話し始めるネクロスとバフォメット。どうもすぐには危害を加えないようだ。もしかしたら話せばわかるタイプだったりするのかも。

「気をつけて、零児。監査官のマニュアル通りに対話から始めようなんて馬鹿な真似はしないでよ? あいつらが隙を見せたら一気に攻撃を仕掛けるわ」

「待て悠里、今の俺たちは力が使えない。対話でもして誰かがカギを持ってきてくれるのを待った方がいい」

 そうだ。体育祭に参加していた俺たちは封印具で能力はもちろん、身体能力まで制限されている。そんな状態で戦えるわけがない。

「持ってきてくれるといいわね」

「どういうことだ?」

「この灰色の世界――〈異端の教理ペイガン〉は、最高位の魔王が使う対守護者用の封絶結界よ。この中では『純粋なその世界の物質』が強制的に停止させられるの。人間含めた動植物も例外なく、ね」

「なっ!?」

 予想はしていた。見ての通りだった。

 だけど、改めてはっきり口で説明されると驚きを禁じ得ない。だってこの灰色の世界の中じゃ、異世界人以外誰も魔王に抵抗すらできないってことだぞ。この世界はたまたま異世界人を戦力として雇っていたが、もしそうじゃなかったら無抵抗のまま蹂躙されちまう。

「悠里殿、私も零児に賛成だ。監査官は我々だけではない。生徒は力を制限されているが、教師の監査官はそうではないのだろう? 戦える者はいる」

 セレスの言う通り、避難が無意味だと悟った教員監査官たちが一人、また一人と戻ってきてくれていた。既に臨戦態勢で徐々に魔王を取り囲もうとしているな。

 と――

「レランジェ、そこをどきなさい。あいつらが見えないでしょ」

「今回はマスターのご命令でも聞けません。戦えないマスターを、あのような者の前に晒すわけには参りません」

 教員じゃないけど、その戦える監査官の一人であるレランジェは戦る気満々のリーゼを庇うように背中で隠していた。

 それでいい。今のリーゼは封印具がなくても魔力が空っぽだからな、その辺の異獣ならともかく流石にあいつらにはぶつけられない。

「とにかくここは戦える監査官に任せて、俺たちは一時撤退を――」


「虫けらが湧いたみたいだね。少し掃除をしよう」


 ネクロスは蚊が出たから線香でも焚こうかという気軽さでそう言うと、サッと空気を切るように腕を振るった。

 瞬間、どことも知れない空間から五つの棺桶が出現し、ネクロスとバフォメットを囲むように展開される。

 そして――轟ッ!!

 一斉に開かれた棺桶から、目が眩みそうな巨大な光線が射出された。それらはネクロスたちを取り囲もうとしていた監査官五人を呑み込み、爆発し、さらにその周囲一帯を丸ごと吹き飛ばした。

「あいつ、やりやがった!?」

 監査官も雑魚じゃない。なんとか五人とも防御に成功したようだが、それでも爆発で抉られた地面に横たわりピクリとも動かなかった。

 彼らはまだいい、たぶん生きてる。

 だが、逃げ遅れていた一般人も爆発に巻き込まれたことが問題だ。灰色に染まった彼らは、表情をそのままに足が捥げていたり、首が変な方向に曲がっていたり、胴体が分かれていたり…………見てられねえよ。

 全てが止まっている彼らからは血も流れないし、実際死んでいるのかどうかもわからない。

 でも、一般人が巻き込まれた。

 その事実は揺るがない。

 ――くそったれ!

「さてと」

 お片付けは済んだとばかりに、ネクロスは俺たちを――いや違う、レランジェに庇われたリーゼに視線を向けた。

「僕は侵略をしに来たわけじゃない。君を迎えに来たんだ」

「わたしを? 誰よ、お前?」

 リーゼはレランジェが庇うのを無視し、前に出てネクロスを睨みつける。ネクロスはそんなリーゼに口の端を歪め、両手を翼のように広げて告げる。


「僕と共に来て、僕の妻となれ! かつての〝魔帝〟――『黒き劫火の魔王』の娘よ!」


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