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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第五巻
171/314

一章 勇者の凱旋(7)

 事は落ち着き、銀行前の通りでは監査局の『事後処理』が始まっていた。

「セレス、こいつらのこと頼んでもいいか?」

「ああ、任せてくれ」

 捕えたウン・リョーク一味の身柄をセレスとレランジェに預ける。たぶん近日中に香港の異界監査局に引き渡すことになるだろう。人質として関わってしまった一般人には監査局が『適切な処置』でケアしている。これで特に大きな問題にはならないはずだ。

「零児たちはこれからどうするのだ?」

「一度、悠里の家に戻ろうと思う。もうちょっとでなにか思い出せそうだったからな」

 またあの頭痛に襲われるなら少し慎重になった方がいいのかもしれないが、これからあの部屋で悠里は暮らすことになるんだ。記憶が戻るにせよ戻らないにせよ、早めに克服しておくべきだろう。

「そうか。ふむ、悠里殿の家で二人きり……ぐ、私も同行したい」

「ん? 遊びに来たいのなら後で来ればいいんじゃないか? 悠里も別にいいだろ?」

「ええ、構わないわ。あの部屋、アタシたちだけだと広過ぎるし」

 悠里も特に問題なく頷くと、セレスはどこか悔しそうに口元をモゴモゴさせて、

「そ、そういうことではないのだが……いや、いい。この件が片づいたら寄らせてもらおう」

 なにかを諦めたようにそう言った。どういうことだったんだ? まあ、セレスがいいならいいや。俺は追及しない。

「あれ? そういえば、リーゼは一緒じゃないのか?」

 魔力を失ってもリーゼのことだから面白全部でついて来ていると思ったが、右を向けど左を向けど金髪黒衣の少女なんて見当たらない。レランジェはいるのにな。誘波がストップをかけたのか? リーゼの身体能力なら黒炎がなくても充分に戦えると思うが……。

「マスターは二日酔い安定です」

「飲ませ過ぎだ!?」

 誘波のやつ未成年になにやってんの! ……あれ? 未成年、だよな? リーゼの見た目も中身も子供だけど正確な年齢とか知らないし、そもそも異世界人ってその辺どうなんだ?

 よし、よくわからないことは、よくわからないことだ。考えないようにしよう。二日酔いに効くのは柿だったかな。後で持っていってやるか。

「じゃあ、セレス。また後で」

「ああ、終わったら連絡する。私は悠里殿の家を知らないからな」

「つまり迎えに来いってことか。俺の家はわかるよな? 近くだから俺んちで待ち合わせってことで」

「うむ、了解した」

 そうしてセレスとレランジェがウン・リョーク一味を連行するのを見送り、俺と悠里も帰路についた。流石に光速移動はしない。悠里に街並みを見せるためにも徒歩だ。

 歩き始めた途端にきゅるると腹が鳴る。そういえば昼飯がまだだった。ちょっと遠回りになるけど、俺の心の安寧所――喫茶店『オストリッチ』に案内するのもアリだな。なにせ今は毒殺メイドウェイトレスがいないからな!

 もしくは思い切ってどこかに行ってみるとか? いつぞや四条に偽デートさせられた遊園地とかどうだろう? いやでもあそこは悠里の記憶とはあんまり関係ないか。やっぱり『オストリッチ』だな。久々にゆったりとマスターのカフェオレが飲めるなら至高のひと時です。そっちも記憶と関係ないって? いいんだよ俺の平穏がそこにあるんだから。

 とかなんとか歩きながら考えていると、先に悠里の方から話しかけてきた。

「ねえ、零児はさっきの人のこと、どう見えた?」

 一瞬、悠里が誰について訊いてきたのか理解できなかった。

「さっきの人って、ウン・リョークのことか?」

「ええ。あなたの目にはどんな風に映った?」

「どんな風って言われてもな……」

 曖昧過ぎてよくわからん。見た目だけならガタイのいい大男だったが……。

「アタシには自分の欲求を満たすために悪事に手を染めて、結局追い詰められて我武者羅にもがいてるように見えたわ」

「あー、そういうこと。俺はそこまで具体的には見てなかったけど、性根が腐ってたってのはわかるぜ」

 悠里が言いたいのは『どんな人物に感じたか』ってことだろう。真面目に監査官をやってれば凄く頼れそうなやつではあったけど、俺を甚振っていた時の下衆な部分が本性だな。間違いなく。

「てか、どうしたんだよ急に?」

 質問の意図がさっぱりわからない。悠里はひょいっと歩車道境界ブロックに飛び乗り、そのままバランスを取るように両腕を広げて歩き続ける。

「もしかしたらあんな人でも、実は異世界にいる家族に会いたくて今回の事件を起こした、みたいな理由があったかもしれないって思ってね」

「え? いや、どうだろ? ウン・リョークはそんなこと一言も言ってねえし。本当に異世界へ高飛びしたかっただけなんじゃねえの?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。もしもなにか大切な理由があったのなら、アタシは一方的な正義でそれを踏み躙ったことになる」

 確かに俺たちは向こうの事情なんて全く知らないわけだが、それでもウン・リョークがやっちゃいけないことをやったのは間違いない事実だ。どんな理由が隠れていようともな。

「今まで何度かあったのよ」

 そう言って悠里は昔を思い出すように天を仰いだ。

「アタシが正義だと思ってやったことが人によっては悪だった、なんてことが。たとえばそうね……村を荒らしていた魔物を倒したことがあるんだけど、実はその魔物が村で神聖視されてて、神殺しだのなんだのって言われてさんざん石を投げられたわ」

「悠里……」

 悠里が経験した、昨日の話には出てこなかった異世界での出来事だ。そりゃ、そんな辛い経験を思い出話として語れるわけないよな。

 人を助けたつもりが、いや実際助かったんだろうけど、その助けた人に石を投げられる。想像するだけでもかなりキツイぞ。

 悠里はどんな顔をして今俺に語ってるんだろうと見てみれば……特に辛そうでも悲しそうでもないな。なんだかどこか吹っ切れた顔をしている。

「だけど、それでも、救われる人がどこかに絶対にいるのなら、アタシはアタシの正義を貫くって決めてるの。あの魔物だって、アタシから見たらどう考えても害悪だったわ。放っといたら絶対に村は全滅してた。本当にアタシのしたことが村にとって最悪だったのなら、村人全員ででもアタシを止めるべきだったのよ」

 いや、光速で動く悠里を止めるなんて普通の村人だと不可能なんじゃ……と思ったが、口には出さないことにした。

「だから――」

 悠里は唐突に足を止め、真剣な顔をして俺を見詰めてくる。


「もしもアタシとあなたの考えが違った場合は、全力でぶつかってほしいの。幼馴染とかそういうことは全部抜きにしてね」


 どうやら悠里は、それが言いたかったみたいだな。なるほど、俺に幼馴染ってだけの理由で無条件に味方になってほしくないってことだ。間違っているならハッキリそう言え。言って聞かなければ実力行使。

「ぷっ、はははははははははは!」

「ちょ、なにがおかしいのよ!?」

 つい笑いが吹き出してしまった俺に悠里は顔を真っ赤に染めて怒鳴った。恥ずかしいことを言ったんだと思ったのか、若干涙目になってるな。

「悪い。でもやっぱり、お前はこの世界にいた記憶をさっぱり忘れてるんだな」

「どういう意味よ?」

「俺たちは幼馴染だけど、今回みたいに共闘するより寧ろぶつかり合ってた方が多いんだよ。周りからは『伊海の紅白殺戮ショー』なんて呼ばれてたんだぜ? 『コンビ』じゃなくてな。同じ仕事するにしても『競争』とか言っていつも対立してた」

 俺が間違った場合は悠里が止め、悠里が間違った場合は俺が止める。そんなこと、以前の俺たちはずっとやってきたことだ。


「つまり、そんなこと『今さら』って話なんだよ」


 ハッキリ言ってやると、悠里は虚を突かれたようにポカンとした。たっぷり五秒ほど経過してから、悠里は薄く微笑んだ。

「……そう、ありがと。異世界で出会った人にも同じこと言ってきたんだけど、最初からそう言ってくれたのはあなただけよ」

 琥珀色の瞳に強い意思を取り戻した悠里は、まるで宣戦布告でもするかのように俺を睨んで指差した。

「アタシも、あなたが魔王の魔力に完全に呑まれた時は容赦しないわ」

「ああ、それでいい。ま、もうさっきみたいにならないがな。なりかけても全力で抑えてやるよ」

 もっとも、睨んでいるって言ってもその顔には笑みが浮かんでいたんだけどな。

「あ、そうだ。魔王の魔力で思い出した」

 歩車道境界ブロックから下り、さっきとは違う真剣さで悠里は告げる。

「これからしばらくは気を引き締めといた方がいいわよ。あなたが奪ったっていう魔王の魔力は、遠く離れた次元にいたアタシにまで届いたんだからね」

「えーと、どういうこと?」

 理解できず訊き返す。すると、悠里は呆れたような溜息をつき、


「あの魔力を感知してやってくるのは、なにも勇者アタシだけじゃないってことよ」


「……へ?」

 この時、俺は悠里の警告が近い未来に恐ろしい現実となるなんて想像もできなかった。


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