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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第五巻
169/314

一章 勇者の凱旋(5)

「死ぬかと思った……」

「死んでないから万事オーケーでしょ?」

 件の強盗が立て籠もっている銀行を見下ろせるビルの屋上に俺たちは到着していた。一瞬だった。いや、亜光速で飛んできたんだ。『一瞬』という表現ですら生温い。ほとんど瞬間転移だ。

 俺なんて景色を見る余裕も暇もなかったってのに、悠里は迷わずこの屋上に着地した。悠里には下で起こっている騒ぎを目視できたのか、それとも直感か。まあ、たぶん前者だろうな。移動系の異能者が能力発動中に盲目になっちゃ一発で自滅してしまう。

「ていうか、悠里、他人と一緒に光速移動できるようになったんだな」

「昔のアタシはできなかったの?」

「ああ、自分以外のモノ――服とか小物とか質量の軽い物なら大丈夫だったが、人間一人は流石に無理だったぞ」

「ふぅん、五人くらい一気に運んだことあるけどなぁ」

「……」

 悠里のやつ、異世界でどんなことやってきたんだよ? 魔王退治とかは昨日の夜に聞いたけど、まさかそれでレベルアップして能力のリミッターが解除されたのか?

 ……いや。

 悠里の口振りからすると記憶を失ってからは当たり前のようにできていたって感じだった。記憶を失う前、もしくは失ったことでなにかが起こったのかもしれない。


『あらあら、結局来てしまったのですねぇ』


 ヒュウゥ、と風が俺たちの周りを取り巻き、おっとりした声が耳に入ってきた。誘波の風に音を乗せて運ぶ術だ。昔はそうでもなかったが、今は普通に電話並みの速度と精度で会話できる便利スキル。……毎度思うが、これあるなら電話いらなくね?

「悪い、やっぱり俺らで対処する。今、どういう状況なんだ?」

『警察及び一般人の野次馬を人払いしているところですねぇ。銀行強盗ちゃんは逃走用の車を要求しているので、それには人払い後に応じるつもりです。のこのこ出てきたところをレイちゃんたちに叩いてもらいます』

 銀行強盗ちゃんて……気が抜ける。まあいいけどさ。

 今回は監査局も普通の事件だと思っていたから対処が少し遅れたようだな。いつもならニュースになる前にどうにかしているはずだが、歪みを検知できるわけじゃないから仕方ないんだろうけど。

「強盗の中に異世界人がいるんだよな? どんなやつだ?」

『香港の監査局の所属していた元監査官です。名前はウン・リョーク。監査局に隠れてマフィアと麻薬の取引をしていたようで、先日事件を起こして捕まったのですがぁ、なんか脱走されたみたいですねぇ』

「しっかりしろよ、香港監査局」

『連行中にそのマフィアに強襲されたようなのですよぅ』

 なんにしてもしっかりしてもらいたい。それ、監査局が一般地球人に後れを取ったってことだろ。向こうにこっちの知識があったとしてもだ。

「つまり、アタシたちの同僚が裏で悪いことしてたってわけね。それで仲間と一緒に今そこでまた悪さをしてる、と」

 悠里はざっくり理解したようだ。

「経緯はなんとなくわかった。その元監査官ってやつは――」

 どんな能力を持ってるんだ? と訊こうとした直前だった。


 ゴアォオオオン!! と銀行の方から雄叫びに似た激しい音が轟いた。


「なんだ今のは!?」

 爆発があったわけじゃない。とてつもない衝撃波が銀行の入口を丸ごと吹っ飛ばしたんだ。

『……困りましたねぇ。警察に偽装した局員は配置していましたが、不自然に人払いしたことを勘づかれたようです。流石は元監査官ですねぇ』

「全然困ってない声で感心するな!?」

 吹き飛んだ銀行の入口から数人の武装した連中が飛び出した。そいつらはサブマシンガンで周囲を牽制しつつ……どうも、一番近くの警察車両を奪って逃走する腹だ。

 やつらの中心にいる長髪の大男がリーダー――元異界監査官のウン・リョークだろう。

「零児、行くわよ!」

 悠里がまたも強引に俺の手を取る。

「待て悠里、まだ相手の能力を聞いてない」

「そんなの見て理解すればいいのよ! なんなら見る前に終わらせればいいの!」

「逞しいなくそっ!?」

 諦めて悪態をつき終わった頃には俺の体は淡く輝き――

 ――瞬きする暇すら与えられず戦場のど真ん中を爆砕して着地した。

 悠里と移動してみてわかった。最初に纏う淡い輝き。アレがビルの屋上から亜光速で飛び降りた衝撃でもほぼ緩和してしまうようだな。

 周囲は俺たちが突然現れたことに動揺している。

 こうなったらもうやるしかない。

「やはり来たな、監査官!」

 大男が怒鳴り散らしながら背負っていた長柄の刀を取り出した。人の眉のような湾曲した刃。その根元には鍵状の突起がある。

 敵を薙ぎ斬ることに特化したシンプルな長柄武器――眉尖刀。

 纏う闘気はカーインにこそ劣るものの、ウン・リョーク、こいつもかなりの実力者だ。

「日本異界監査局のすぐ近くで事件起こしたのが運の尽きだ。大人しく投降しろ」

 俺は一応異世界人相手のマニュアル通り会話を試みてみるが、こんな台詞に『はいわかりました』と素直に従うやつはそもそも強盗なんてしない。

「運の尽きだぁ? ハッ! 馬鹿か! 日本異界監査局。その本局があるからわざわざ騒いでやったんだろうがよ!」

「……どういうことだ?」

 警戒しながら問うと、ウン・リョークは横柄な笑みを浮かべて口を開く。

「ここには人工の『次元の門』ってのがあるそうじゃねえか。どこでもいい、そいつを使って俺はテメエらが追って来れねえ世界にトンズラすんだよ!」

 異世界に高飛び。確かにそうなったら追いかけることは不可能だろう。とはいえ、現状はラ・フェルデにしか繋がっていない。高飛びしたところであっという間にお縄になることは目に見えている。

 それを教えてやる義理はないけどな。諦めて撤退されたらそれこそ面倒臭い。

「さあ、わざわざ能力を使ってテメエらが来るよう仕向けたんだ。ちゃんと俺の『お願い』を聞いてもらうぜ」

「聞いてやるよ。お前を捕まえた後でな!」

 地を蹴り、棍を振るう。

 ウン・リョークは眉尖刀で楽々と棍を受け止めた。発生した衝撃がビリビリと空間を振動させる。

「テメ、ヒョロいくせにやるじゃねえか!」

 顔を顰めたウン・リョークが叫びながら眉尖刀で薙ぎ払った。それを棍で受け流し、大振りの隙を突く。が、ウン・リョークはその巨体に似合わない反応速度で俺の突きを回避した。

 そこに――

「べふっ!?」

 光速で飛来した悠里の拳がウン・リョークの顔面を捉えた。アレを初見で避けられるのはクロウディクスくらいなもんだろう。

「「「――ッ!?」」」

 リーダーが殴り飛ばされたことを理解した仲間たちがサブマシンガンを俺たちに向けてくる。

「零児、しゃがんで!」

 悠里が短く指示を出す。理由を問う必要はない。俺はその声を聞くや否や地面に身を伏せた。

 すると悠里は素早くスカートの内側に仕込んでいた数本の短剣を取り出し、それを光速で一斉に投擲する。短剣は各サブマシンガンを貫いて切断。さらに悠里が手元の鋼糸を操ることで方向転換され、武装した強盗どもを一網打尽に絡め取った。

 文字通りのあっという間。

 異世界で身に着けたらしい悠里の技術に俺は舌を巻くしかなかった。

「テメエら、やってくれるじゃねえか……っ!」

 光速パンチをくらったウン・リョークが鼻血を垂らしつつ立ち上がった。見た目通りタフなやつだな。

 血反吐を吐き捨て、ウン・リョークは俺たちを交互に睨む。

「そっちの女はかなり強えな。野郎の方も感じる魔力が底知れねえ。こりゃ確かに、まともに戦り合っちゃ勝てる気がしねえな」

 脳筋かと思えば冷静に分析もしているようだ。監査局を出し抜いてマフィアと取引するだけのことはある。自他の実力も理解しているし、犯罪に走らなければいい監査官だったろうに。

「投降する気になったのか?」

「まさか。ここからが『交渉』だ」

 下卑た笑みでウン・リョークが言う。すると……なんだ? 破壊された銀行の入口から人がぞろぞろと出てきたぞ。数は十人以上。服装からして銀行の職員や一般の来客みたいだな。

 全員、一箇所に固められ、武装した強盗たちに銃を向けられているが……。

「く、まだ仲間がいたのかよ」

「せっかく確保した人質だ。管理させる人材は残しておくのが普通だろ? こいつらを解放してほしけりゃ『門』まで案内しろ。ああ、妙な真似をする度に一人ずつ殺していくからな」

「お前……」

 ウン・リョーク。もはや無関係な一般人を巻き込むことになんの躊躇いもないらしい。捕らわれた一般人たちは突然戦争の只中に放り出されたように怯えきって震えている。

 そんな彼らの様子を見て、悠里が忌々しく歯軋りした。

「人質なんて下衆がする考えよ」

「だが、有効な手段だ。俺たちが本気かどうか示すために適当なやつの足でも撃ってやろうか?」

「……あなたがアタシと同じ異界監査官だったなんて虫唾が走るわ」

「テメエの好悪の問題だ。俺が知るかよ」

 下手に動けないでいる俺たちを嘲笑うように、ウン・リョーク。と、なにかを思いついたように俺たちに向ける笑みを一層下卑させた。

「ああ、そうだ。案内する前に、テメエらには一回ぶっ飛ばされた借りがあったな。そいつを返しておくぜ」

 言うと――すぅうう。

 ウン・リョークは深呼吸でもするように息を吸い――


《ゴォアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!》


 周囲の空間を根こそぎ吹っ飛ばすような大音響の咆哮を放った。

「ぐっ!?」

「きゃっ!?」

 音波が衝撃波となって俺と悠里を紙切れのように吹っ飛ばした。俺は背後にあった警察車両に激突し、悠里は道路を何十メートルも転がっていった。

 こ、声の衝撃波だと……?

 これがあいつの能力か。

 警察車両を使い物にならなくなるレベルで陥没させた俺だったが、なんとか立ち上がる。悠里に殴られて壁を貫通した時の方が百倍痛かったね。

「俺のいた世界じゃ、一部の狩猟民族は自分の声を極大化する術を持ってんだ。その力で獲物を誘導したり仕留めたりしてたんだよ。俺もそこの出でね」

 ウン・リョークは自分の出自を語りながらゆっくりと俺に歩み寄ってくる。

「おっと、動くなよ? 人質が死ぬぜ?」

 棍を構えようとした俺にウン・リョークは釘を刺す。

「別に案内役は一人でいいよなぁ。だからそいつはあの女にやらせるとして、テメエはここで嬲り殺してやんよ! ハハッ!」

 眉尖刀が横薙ぎに振るわれ、その柄が俺の脇腹にヒットした。

「がっ!?」

「楽には死なせねえぞ。俺はテメエみてえな粋がったガキの監査官を見てると腹が立ってしょうがねえんだ。どうしても俺を一度捕まえやがったあの野郎のことを思い出しちまう」

「か、完全に八つ当たりだろ」

「いいだろ? 八つ当たらせろよ。まあ、安心しろ。テメエが大人しくしてりゃ人質には手出ししねえからよぉ!」

 愉しそうに叫びながらウン・リョークは眉尖刀で俺をぶん殴り、切り刻み、倒れたところを足蹴にして言い捨てる。

「たぶん、な」

 こいつ……ッ!

 絶対的な余裕。勝ち誇った顔。他人を甚振って喜ぶ嗜虐性。薬で頭がぶっ飛んでるんじゃないかって疑いたくなる。

 こんなやつのせいで関係ない人間まで巻き込まれたのか。

 こんなやつになにもできずただ嬲られるだけなのか。

 こんなやつに、俺は殺されてしまうのか。

「ふざ、けんな……」

 ドクン!

 形容できない怒りと共に体の奥底から魔力が溢れてくるのを感じる。それは今まで経験したことのない感覚だった。魔力を自分で生成できない俺が、自分の中から溢れ出してくるっていう感覚は。

 ドクン! ドクン!

 心臓が大きく脈打つ。魔力が高まる。

 俺を踏みつけるこの足。目の前の下衆を。敵を。全てを。踏み潰してやりたい。足掻く余力すら残させず、圧倒的に蹂躙してやりたい。

 ドクン! ドクン! ドクン!

 血流が変わる。魔力が全身に満ちていく。

『声』が、聞こえる。


 ――壊せ――


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