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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第五巻
168/314

一章 勇者の凱旋(4)

 悠里の住んでいた家は、俺の家から然程離れていない七階建てマンションの一室にある。

 そこは監査局が経営しているマンションだ。住人の大半は異世界人だけど、一応は表向きの顔として経営しているので一般人も割と住んでいるらしい。

 ここに来るのも久々だな。悠里が異世界に消えた後で誘波から合鍵を預かっていたけど、今まで使うことはなかった。鍵がなくなったり錆びついてなくてよかったよ。

 マンションの管理人のお爺ちゃんに軽く会釈をして、エレベーターで最上階の七階まで登る。そこの隅部屋が紅楼家の部屋だ。

「ここがアタシの家……?」

「なんか思い出せそうか?」

 表札に書かれてある自分の名前を凝視していた悠里は、ふるふると首を横に振った。ダメっぽいな。まあ、外だけじゃ刺激は弱いか。

 合鍵を鍵穴に挿して回す。ガチャリと音がした。ふう、これで開かなかったら俺は偽物を掴まされていたことになるわけであのエセ天女に怒鳴り声でTELしてるとこだったぜ。

 さて――

「今さらだけど、入っていいよな?」

「あなたが連れてきたのでしょう?」

 部屋主に確認を取ると呆れ顔が返ってきた。そんなチキン野郎を見るような目で俺を見ないでください。

「じゃあ遠慮なく……お邪魔します」

「お邪魔しまーす」

「いやお前の家だからね?」

「……そうだったわね」

 記憶喪失の天然ボケ(?)に軽くツッコミを入れてから、俺たちは部屋の中へと足を踏み入れた。

 4LDKの豪華な部屋は……うん、流石に一年以上放置しちゃってるから埃塗れだった。けどまあ、ちゃんと電気も水道もガスも通っているっぽいし、これなら掃除さえすれば問題なく暮らせそうだ。

「こんな広い部屋にアタシは一人で住んでたの?」

「あー、まあ、そうだな……」

「?」

 俺の曖昧な言葉に疑問符を浮かべた悠里は、テレビのリモコンを見つけて自分で電源を入れた。朝のニュース番組を眺めつつ「この映像機、なんか懐かしい」とか言っている。地球の文明に対してあまり驚きはないから、やっぱり完全になにもかも忘れたわけじゃないんだろう。

 リビングを歩き回って「へえ」「ほう」「ふぅん」となんかよくわからん感嘆の声を漏らす悠里。反応は上々だな。

「お前の部屋はこっちだ」

「アタシの部屋?」

 リビングにあるドアの一つに『悠里の部屋 零児は進入禁止』と書かれたプラカードの提げられた部屋がある。注意書き通り、俺は一度も見たことすらないんだよな。でも、今はいいよな? 記憶喪失の悠里だけ入れるのも心配だからな! 気になってるとかじゃないよ!

「ねえ、そこあなたは進入禁止って……」

「入らなければセーフ」

 ドアの外から部屋を見る分にはなんの法律にも触れない。進入してないもん。てことで、なにを隠してるのか知らんが、悠里のことだ。どうせたいしたことはないに決まって――

「……へ?」

 ファンタジーがそこにあった。

 悠里の部屋は全体的にピンク色をしていた。それは別にいいんだ。似合わないけど。

 問題は……イヌ、ネコ、ネズミ、ウサギ、クマ、ペンギン、アザラシ、ゾウ、ライオン、トラ、ゴリラ、エトセトラエトセトラ……。デフォルメされたファンシーなぬいぐるみたちが空間全域を埋め尽くす勢いでお行儀よく鎮座していたのだ。

 右を見ても左を見てもついでに上を見てもぬいぐるみぬいぐるみぬいぐるみ。

 え? これ、誰の趣味?

 いやここには悠里しか暮らしていなかったわけで……。

「なんなのよ、これ……」

 呟いた悠里は、顔に影を落としてわなわなと震えていた。うん、わかるぞ。このぬいぐるみ好きの女の子すら引くレベルの部屋を見せられて「お前の部屋だ」なんて言われたら誰だって怒る。俺ならキレる。どうせこれはアレだ。誘波が勝手にまた余計なことをしたに違いな――

「キュートなもふもふがこんなにいっぱい!? なんなのここ天国!?」

「ええっ!?」

 急にテンションを跳ね上げてぬいぐるみの海にダイブした悠里。もふぼわっと埃が盛大に巻き上がって激しく噎せ返ってるけど、その表情はこの世界に帰ってきてから始めて見せた満面の笑顔だった。

 かき集めたぬいぐるみに埋もれて顔だけをポコンと出した悠里はとろけそうな声で、

「うぇへへ~、かわいい、幸せ♪ 決めた! アタシ今日からここに住む!」

「お、おう。いやまあ、お前の部屋だから」

「そうだったわね。流石アタシ、いい趣味してるわ♪」

「……さいですか。あ、俺、あっちの部屋掃除してきます」

 なんかもう直視できなかった。まさか悠里にこんな趣味があったとは。そりゃ俺を進入禁止にするわ。閉ざされたドアの向こうから「うぇへへ❤」とか「きゃー❤」とかピンク色の声が聞こえる。いつもの悠里ちゃんじゃない……。

 俺は今の光景を見なかったことにして、悠里が満足して出てくるまで部屋の大掃除を始めるのだった。


 たっぷり五時間ほどかけて掃除を終え、近くのコンビニでアイスコーヒーを買って戻ってくると、ようやく悠里が部屋から出てきたところだった。心なしか、埃塗れの部屋にいたはずなのはお肌がツヤツヤしているように見える。

「満足したか?」

「なにが?」

 買ってきたアイスコーヒーを手渡すと、悠里はいつもの悠里の顔と声で素っ気なく答えた。もはや別人のレベル。……別人じゃないよね?

「お前の部屋だけはお前が掃除しろよ。俺は絶対やらないからな」

「当たり前よ。あなたの汚れた手であの子たちに触れたら跡形もなく消滅させてやるわ」

 よかった本人だ。

「あ、そうだ」

 リビングのソファに座ってコーヒーをストローでちゅるちゅる飲んでいた悠里は、不意になにかを思い出したようにテーブルを挟んだ対面に座る俺を見た。

「これ、アタシの部屋で見つけたんだけど」

 そう言ってテーブルに一枚の写真を置く。

 その写真に写っていたのは、幼い悠里を抱っこした綺麗な黒髪の女性だった。どことなく悠里に似た顔立ちの女性は――

「この人、もしかしてアタシのお母さん?」

「ああ。その人は紅楼朱音くろうあかねさん。正真正銘、悠里の母さんだよ」

 肯定する。ここで嘘をつく意味はあるが、悠里がそれを許さないだろう。違うと言っても絶対に嘘だとバレる。悠里の目は既に確信しているようだからな。

 母親の存在が発覚すると、当然、次の疑問が出てくる。

「アタシ、本当はお母さんと一緒に暮らしてたんでしょ?」

「……昔はな。俺らが小学二年生、七歳くらいの時までだ」

「なんで今はいないの? 隠さなくていいわ。亡くなったのならハッキリそう言って。……覚悟は、できてるから」

 テーブルに身を乗り出して俺に詰め寄る悠里は、これ以上ないくらい真剣な顔をしていた。そんな顔をされちゃ誤魔化そうにも誤魔化せない。本当のことを話すしかなくなる。

「朱音さんが今どうなってるのかは俺もわからないんだが……あまり、いい話じゃないぞ?」

「聞くわ。聞かせて」

「わかったよ」

 悠里の本気を受け取り、俺はコーヒーをテーブルに置いて言葉を紡ぐ。

「攫われたんだ。お前の、実の父親にな」

「え?」

 流石に悠里は衝撃的な顔をした。亡くなっていた方が、と言うと不謹慎だが、それなら覚悟していただけ流せたかもしれない。

「俺はお前の父親の名前も知らないんだけど、『悪党』だったってことは聞かされていた。お前の光速移動は父親譲りなんだが、その能力を使って泥棒というか怪盗をしてたらしいんだ」

「怪盗……? 悪? アタシのお父さんが……? 嘘でしょ?」

「残念ながら事実だ」

 漫画とかに出てくるカッコイイ怪盗みたいな義賊ならよかったが、そうじゃない。悠里の父親は正真正銘私欲のために盗みを働いていたと聞いた。それも、どんな手を使ってでも。

「で、この世界に目ぼしいものがなくなったからって理由で、お前の父親は朱音さんを攫う形で異世界に渡っちまったんだ。お前だけ置き去りにしてな」

 丁度、俺と悠里が公園で遊んでいた時、あの男は突然現れたんだ。

『俺の物は全て持っていく。お前は俺の物だが、お前が勝手に産んだそのガキは違う』

 そんなわけのわからないことを口にして、あの男は朱音さんを連れ去った。俺と悠里も抵抗したが、なんせ七歳だったからな。文字通り赤子の手を捻るように蹴散らされちまったよ。

「あなたの言う通り、あまり聞きたくない話だったわね……」

 正義に拘る悠里にとって、その事実はとてもショックだったようだ。警察官を親に持つ子供が正義心を宿すものとは逆で、悠里のそれは片親が悪党だったせいだと思う。

「それからは知っての通り、俺んちや誘波が幼いお前の面倒を見てたって感じだな」

「……そうだったのね」

 悠里は脱力したようにソファに凭れかかると、大きく息を吐いて俯いた。

「正直アタシは覚えてないから、自分のことなのに他人事って感じもしてなんか複雑。お母さんに会えればいろいろ思い出すかもしれないと思ったけど、異世界に連れ去られたんじゃ捜しようがな……うっ!」

「悠里!?」

 唐突に呻いた悠里が頭を抱えてソファに倒れ込んだ。脂汗を掻き、瞼を強く閉じて必死で苦痛に堪えている。

「お母さん……お父さん……悪党……」

「なにか思い出せそうなのか!?」

 悠里の口から譫言のように言葉が呟かれる。簡単にだが、紅楼悠里という少女の人格の基盤となる話をしちまったんだ。悠里の中に眠っているなにかを強引に掬い上げてしまったのかもしれない。

「思い出せそうな……気も……する……」

「無理はするなよ!」

 とは言っても思い出そうとしなければ痛みが引くなんてもんでもないだろう。俺が喋ったせいで勝手に悠里の記憶が掘り起こされたんだ。だから悠里の意志でどうこうできるもんじゃない。

 堪えるしかない。それで記憶が戻っても戻らなくても、今は痛みが引くまで堪えてもらうしかないんだ。

「俺にできることは……氷水でも作った方がいいか? あ、でも氷がねえ。コンビニまで買いに――」


 Trrrrrn! Trrrrrn! Trrrrrn!


 バタバタと慌てているとポケットに入れていた俺の携帯が鳴り始めた。誘波からだ。なんだよこんな時に!

「もしもし今取り込み中なんだけど! 仕事なら他の奴に回してくれ!」

『レイちゃんは今ユウリちゃんのお家ですよねぇ? ユウリちゃんになにかあったのですかぁ?』

 なんで俺が悠里の家にいること知って……いやいいや。だって誘波だから。

「なんか思い出せそうで倒れてるんだ。だから今仕事はやめてくれ。寧ろ救急車とか呼んだ方がいいのかこれ!?」

『落ち着いてください、レイちゃん。わかりました、レイちゃんたちにお願いするのはやめておきます。ですが、余裕があればテレビをつけてみてください。チャンネルは悠里ちゃんのお家だと6番ですねぇ』

 誘波はそう言い残すと、意外と潔く通話を切った。

「テレビ?」

 言われた通りテレビをつけてチャンネルを『6』に合わせる。なんで誘波が悠里んちのテレビチャンネル事情に詳しいのかは考えないようにしておく。

 テレビに映ったのは、『緊急』という文字が目立つニュース番組だった。

『――市の銀行に刃物や拳銃を持った男たちが侵入し、十人以上の人質を取って立て籠もってから一時間が経過しました。警察は一度突入を試みましたが、不思議な力で撃退されたとのことです。この不思議な力とは一体なんなのでしょうか?』

『さあ? 超能力かなんかでしょうか?』

『それは、ちょっと信じられませんね……』

 そのまま銀行強盗ではなく『不思議な力』について議論を始めるニュース番組に、俺は自分の血の気がさっと引いていくのを感じた。

「これ、異世界人が関わってんのか? しかもこの街で、リアルタイムかよ」

 ただの銀行強盗なら監査局は関与しない。それは警察の仕事だからだ。でも、異世界人が関わってるとなれば話は別になる。

「監査局のお膝元で強盗やらかす異世界人ってことは、ハグレか?」

 世界は広いし監査局も万能ではないからな。管理し切れず漏れた異世界人がいてもおかしくない。最初から接触すらできなかった異世界人だって皆無ってわけじゃないだろう。

 銀行の場所はこのマンションからけっこう近い。だから俺に電話がかかってきたのか。

「それ、どこの話?」

 頭を押さえた悠里が苦痛に顔を歪めながら体を起こす。

「強盗が起きてるんでしょ? この近くで」

「ああ、ここからちょっと市街地の方に行ったところにある銀行だな。……まさか、悠里、その状態で行くとか言わないよな?」

「行くわ。そこに悪い奴らがいるのならアタシが叩き潰す」

「頭、大丈夫なのか?」

「アタシが馬鹿みたいな言い方ね。大丈夫、頭痛はニュース聞いてたら収まってきたから」

 実際馬鹿みたいなこと言っているんだけどね。

「お前が行かなくても他の誰かが対処してくれるぞ?」

「そんなことは関係ないわ。アタシにできることなんだから、アタシがやるの」

 悠里は立ち上がると、気持ちを切り替えるように軽く頭を振ってまっすぐ俺を見詰め――

「アタシは覚えてないかもしれないから、案内して。どっち? 直線距離でどのくらい?」

「は? あっちの方に一キロくらいだけど?」

 指を差して言うと、悠里は俺の右手首をがっしりと掴んだ。

「へ?」

 呆けている暇もなく、悠里は俺を掴んだままベランダに出る。

「ちょっと速いけど、アタシに触れてたら大丈夫だから」

「ちょい、待て、まさか……ここ七階だぞ!」

 悠里の体が淡く輝く。ついでに俺の体も淡く輝く。

 ……やばい、死ぬかも。

「行くわよ」

「ちょっと待てぇえええええええあああああああああああッッッ!?」

 渾身の叫びも虚しく、俺と悠里は光の球に包まれてその場から移動した。

 亜光速で。


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