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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第四巻
159/315

五章 異空間戦線(6)

 リーゼと誘波の戦いは激化していた。

 荒れ狂う風圧と熱量がここにまで届いてくる。

 急がねえと。なのに、俺は走っているはずの足を止めていた。

「どういうことだ、母さん?」

 俺がリスクを負う覚悟があればリーゼを救えるかもしれない。つまり母さんはそう言った。けど、あの超災害級の戦闘の中に飛び込むんだぞ。リスクなんて最初から背負っている。

「……愚問でしたわね」

 俺の反応から覚悟を読み取ったのか、母さんは少し躊躇うように間を空けてから口を開いた。

「説明する前に訊ねますが、零くんにはリーゼさんを救う具体的な方法についてなにかお考えがあるのですの?」

 リーゼを救う具体的な方法?

「……とりあえず、リーゼに語りかけることから始めようかと」

「ほとんど無策ですわね」

 母さんは小さく溜息を吐く。し、仕方ないだろ。行き当たりばったりで状況に合わせて臨機応変に対応。それくらいしかないと思うが……。

 心の中の反論をぐっと抑え込んでいると、母さんは不意にアーティを向いた。

「アーティさん、リーゼさんは確か、魔力そのものが細胞分裂をするように増幅する形で、魔力を生成しているのでしたわね?」

 なにを訊いてるんだ母さん? そんなこと、今は関係ないだろ。

「あー、そうだ。私が調べたから間違いあるまい。だが待て明乃、お前はまさか」

「ええ、察しの通りですわ」

 アーティにはなにか思い当たる節があるようだが、俺にはさっぱりだ。グレアムなんて腕組みして首を傾げてるぞ。

 母さんは俺に向き直ると、より一層表情を真剣にさせて――


「零くんが、リーゼさんの魔力を根こそぎ奪い取ってしまうのですわ」


 冗談めいたとんでもない発言をした。

「む、無茶苦茶言うなよ母さん! わかるだろ、リーゼの魔力がどれだけあるか」

 リーゼの魔力の許容量はほとんど底なしに近い。それでも器から漏れて魔力疾患を発症させるほどの魔力を秘めているんだ。定期的に魔力を貰っている俺にはわかる。俺やレランジェに分け与えている魔力なんて全体の数パーセントでしかない。

「俺的にも、そいつは無茶な話だと思うぜ。零児的に〝魔帝〟の嬢ちゃんの魔力を吸い尽くす前に消し炭だ」

「ああ、母さんならできるかもしれないけど、俺の〈吸力〉じゃ数時間かけてもリーゼの魔力を底まで浚えない」

 とりあえず内容を理解したらしいグレアムの言う通り、やってる間に殺されちまう。そもそも、その作戦は俺の許容量がリーゼを上回ってないと成り立たない。そんなことは母さんだってわかっているはずだ。

 なのに、母さんは提案した。つまりなにか俺の知らない手段があるってことだ。

「リーゼさんは魔力を失くしても死ぬことはありませんわ。だからこそ、彼女を生かしたまま戦闘力を完全に奪い去るにはそれしか方法はありませんの」

 理屈はわかる。生命力を魔力に変換しているような異能者にとっては致命的だが、魔力から魔力を生み出しているリーゼなら問題ないってことだ。

「今から零くんに教えることは『吸魔の禁じ手』ですわ。無闇矢鱈と……いえ、今まで一度もやらかさなかったので大丈夫とは思いますが、おいそれと行ってはいけないと心に留めておいてくださいませ」

 ゴクリ、と俺は生唾を飲む。『禁じ手』などと言われるほどの大技が俺にも備わっているなんて、ちょっと信じられないな。

 風圧の熱波が勢いを増す。まだ少し遠いが、脆くなった建物があの二人の戦いに堪えられず崩壊する音が響いてくる。

 騒音の中、緊張の面持ちの俺に母さんがしてくれた説明は、驚愕というよりは唖然とするものだった。

「本当に、そんなことでリーゼの魔力を全部奪えるのか?」

「可能ですわ。ですが、最悪の場合は零くんもリーゼさんも死んでしまいますの。魔力の許容量についてはもはや賭けですわ。ハーフの器を信じて、実行するかどうかは零くんが決めなさい」

 正直、少し躊躇いがある。でも、他に方法がないならやらないといけない。

 覚悟はあるか?

 この問いを幾度言われてきただろう? 今までは即答できた。でも、これは、この行為は……。

「……ふふっ。とっても面白そうな話になっているわね」

 ふわっと、俺の腕から重量が消えた。抱えていた望月が意識を取り戻し、自力で器用に飛び降りたのだ。

「もっとも、わんこさんにそれを行える度胸があるかは疑問だけれど」

 無邪気なようでいて含みのある笑顔を向ける望月。どうもこいつは話を全部理解しているようだが――

「望月、お前いつから気がついてたんだよ?」

「『望月絵理香ちゃんの生太股マジやーらけーうひょひょ役得役得』ってところから」

「言ってねえよ変態か!?」

「零くん、そんなことをいつ」

「言ってねえよ!?」

 軽いとか柔らかいとか思わなかったと言えば嘘だけども、断じてそんな変態発言はしていません! だから母さんとアーティはジト目で引かないでくれませんかね!

「まあいい、いやよくないけど、話を聞いてたのなら説明しなくていいよな?」

「ええ、私の役目はわんこさんを〝魔帝〟さんの下へ届ける翼になること。そこは変わらないわ」

 結果的にリーゼが弱ってくれるなら攫いやすい、望月の不敵な笑顔は言外にそう告げていた。絶対に攫わせやしないけどな。

 と――

「あー、これは少々、よろしくない」

 アーティが眠そうな半眼で遠くの空を見詰めながら呟いた。なにがよろしくないのか俺が確認するよりも早く、グレアムが少し焦ったように叫ぶ。

「お前ら的に伏せろ!」

「――ッ!?」

 意味もわからずほとんど条件反射で俺たちは地面に伏した。刹那、激しい爆音を轟かせて黒い炎風が頭上を駆け抜ける。

 じゅわっという蒸発音に続いて、建物が瓦解する衝撃と振動が伏した体を打つ。

 気づいた時には周囲の建物はごっそりと刈り取られ、溶解しかけた瓦礫の山が広がっていた。

「なんっ……」

 ずいぶんと見晴らしがよくなった街並みに絶句する。開けた場所にいたから助かったものの、もしどこかの建物の上階だったらと思うとゾッとして鳥肌が立った。

「あー、わかるか白峰零児」アーティが研究衣の汚れをはたきつつ、「これが戦闘を続ける誘波と〝魔帝〟が上空を通過しただけ・・・・・・の被害だ」

「ここまで……」

 一瞬で焼け野原じゃないか。俺と望月は今から、この暴力って言葉が可愛く思える状況の中に飛び込まないといけないんだよな? 自殺にも等しいぞ。

 だが決意も覚悟も揺るがない。揺らいじゃいけない。

「行くぞ、望月」

「正気? わんこさん?」

「たぶん、常時こんな状態ってわけじゃない。必ず割って入れるタイミングがあるはずだ」

 なければ、どうにかして作るだけだ。

「わたくしたちが援護しますわ」

『殺害派』だった母さんも今は味方だ。心強い。

「おいおい、零児の母ちゃん的に俺様との喧嘩はどうなるんだ?」

「申し訳ありませんが、今は保留にさせていただきますわ。この戦いが終わってから決着をつける形でもよろしくて?」

「チッ、まあ、俺的に仕方ねェか。零児的に早く終わらせろよ」

 相変わらず喧嘩のことしか頭にないな、この戦闘狂は。けど、それはグレアムなりの激励とでもとっておくよ。

「じゃあ、わんこさん、全力で飛ぶわよ」

 影翼を出現させた望月が俺の両脇に手を突っ込んで抱え上げる。この体勢どうにかならんのかな? なんか背中に柔らかいものがあたってるんですけど……。

 い、いかんいかん。余計なことは考えず、頭を振って天を仰ぐ。

 たった今この上空を通過したリーゼと誘波、あとついでに〝竜王〟との距離は近い。目視できる距離で戦闘が繰り広げられている。

〝竜王〟の特大ブレスを誘波は風で打ち消しているが、そこにリーゼが数多の黒炎の奔流をぶち込んでくる。誘波はそれすらも同時に風で捌く。防戦一方かと思いきや、炎の隙間を縫うようにして風刃を滑り込ませているようだ。だが、その風刃もリーゼに届く前に焼き消される。

 アレに割って入るんだ。

 やってやる!

「零くん、道はわたくしたちが開きますわ。ですが、もし失敗すればわたくしはリーゼさんを撃ちます。わたくしも将来の娘を狙撃したくはありませんの。どうか、必ず成功させてください」

「ああ、当たり前だ」

 気になるフレーズがあったけど時間がないのでスルーする。だからそれだけ言うと、俺と望月は今度こそ本当の意味での死地へと飛び立った。


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